12話 あなたが思っているよりも心に残る朝

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 翌朝、頭痛と気怠さを伴ってエドワードは目を醒ました。ようやく空が白んできたような早い時間である。

 まるで風邪を引いたかのような体調をエドワードはいぶかしんだ。しかし、用意されていた井戸水で顔を洗うと、ようやく昨日の夜のことが脳内で輪郭を成してきた。

 昨夜はカザーニィの人々を歓迎する大規模なパーティーが王邸で開かれたのだ。この国での来賓歓迎は、豪華な食事と自慢のワインで行われる。もちろん、国王自慢の大きな王邸の広間を会場として、様々な国民が招かれることになる。

 昨日は急に開催が決まったパーティーだったので、国民の大多数は参加することが出来ず、代わりに多くの兵士たちが参加を許された。兵士長を務める程になると、若くても多くのパーティーに出席した経験があり、エドワードはいつもと変わらず紳士的な立ち居振る舞いが可能だった。しかし兵士の中には警護でしか王邸に入ったことのない者も多くおり、彼らは不慣れなタキシードに身を包んで落ち着かない様子が目立っていた。

 どうもそれがいけなかったらしい。会が進むに連れ兵士たちにはワインが効き始めるし、カザーニィの隊員たちは余り飲まないワインを珍しがってあおるので、徐々にパーティーは宴会の様相を呈してきたのだ。

 しかしここは紳士と淑女の国。カズハはすぐに隊員たちを王邸内から追い出し、エドワードも兵士たちを一人ずつ外へと運び出した。そして彼らを街の酒場へと移動させた。

 エドワードはすぐに王邸へと戻るつもりだったが、数多の酔っ払いに囲まれた状態では簡単なことではなかった。国が認めたお客様だからと、飯もお酒も次々に運ばれてくる。酒場にいた人々は兵士たちを囲んで日頃の感謝の盃を交わすし、エドワードは最年少で兵士長を務め上げる英雄として中心に座らされた。街の人々も普段はもっと落ち着いているのだが、この日は国から来賓歓迎のお告げもあって無礼講だった。そこからエドワードの記憶はない。

 誰かが運んでくれたようで、彼は王邸内の兵士長部屋のベッドいた。ローテーション制の警護兵士と、常駐する兵士長には王邸内に部屋を与えられている。もっとも、兵士たちと比べるとエドワードの部屋は数倍も豪華だ。

 紳士としての昨晩の体たらくを恥じながら、酔いを醒ます為に窓を開けて外を眺める。この部屋からは屋上ほどではなくとも街中を眺めることが出来るのだ。国を護る兵士長への褒美と戒めを兼ねた贈り物だ。

 しばらくして部屋を出ると、王妃が階段を降りてくるところに遭遇した。エドワードはすぐに背筋を伸ばすと、エイ国式のマナーを持って深々と頭を下げた。

「お早いお目醒めで、王妃様」

「貴方もね、エドワード。昨日は随分と飲んだようなのに。貴方を運び入れてくれたお姫様は屋上でまだ寝てるわよ。キスでもして起こしてきたら」

「キス?」

 王妃からすれば、カズハと同い年のエドワードなどまだまだ子どもだ。上品な素振りで早朝から彼をからかって、王妃は下へと降りていった。エドワードは恥ずかしいような呆気に取られたような気でいたが、すぐに屋上へと上がることにした。本当に豪華なこの王邸には、屋上の温室内に王妃様のお昼寝用ベッドが置かれているのだ。

 朝から気品のある香りが漂う屋上庭園には、はたして本当にカズハが眠っていた。水気をたっぷり含んだ温室の空気の中で、王妃から借りたのであろう衣服を身に付けて、王妃の言葉通りにお姫様のようなカズハが寝息を立てていた。ベッドの傍らには昨晩のドレスが置いてある。十九歳にぴったりなエレガンスさと少女性を兼ね備えた赤いドレスだった。エドワードは急にこの空間が夢の中であるような気分が起こった。

 彼は少し気後れしながらも、なるべく邪魔にならないよう静かにベッド脇の椅子に腰掛けた。こうして健やかに眠る姿を見ると、彼女が戦闘の鬼として名を馳せているなど信じ難いことだった。豊かに蓄えられた睫毛まつげを眺め、不意に昨日の橋の上での彼女の姿を思い出してしまい、彼は赤面して己を戒めた。平常心を何度も己に言い聞かせ、兵士長としての風格を取り戻した頃にもう一度カズハに目を向け、口に入りかけていた髪をそっと払いのけてやった。するとカズハはうっすらと瞳を開いた。

「……ああ、エドね。おはよう。もう元気?」

「おはよう、カズハ。君のおかげでよく眠れたよ。ありがとう。昨日のドレスはよく似合ってた」

「ええ、あなたも、いいドレスだったわ……」

 そう言い残してカズハはまた目を閉じた。寝ぼけている様子で何を言われたかもわかっていなさそうだ。エドワードは、とりあえずドレス姿を褒めることは出来た、続きはまた今度だと自分に言い聞かせた。そして音を立てないようにゆっくりと立ち上がり、静かに温室の中を出ていった。

 屋上を見渡すと、北にはネトエル山がそびえ立っている。山頂を見つめるが、そこに争いのない平和な町が存在しているようには思えない。しかし行くしかないのだ。そしてカズハの命を一番近い所で守るのだ。エドワードは今一度、不屈の心に刻み込んだ。東からは太陽が近付いてくる気配があり、それでもまだ〝戦乙女〟には一時間ほどの休息が残されているのだった。

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