11話 案内
エイ国王との謁見を経て、カズハたちカザーニィの旅団一行には国内での自由が与えられた。その報せは王邸から国中へと広がることになり、兵士たちを経由してダンゴたちの耳にも届くことになった。
王の間から退出した後、カズハはすぐにダンゴたちと合流して今後の予定を練ろうとしたが、エドワードより王邸内を案内したいとの申し出を受けた。ここまで移動する際の無粋な態度とは大違いだ。不思議な気分になりながらも、カズハは身の振り方を思案する。エデンへ向かうのは早ければ早い方が良いのは間違いないが、旅の疲れを癒して山登りの英気を養うには、どのみち今夜はエイ国に滞在することになる。エドワードは共に旅をする仲間となったのだし、ここに来るまではお喋りも出来なかったのだからとカズハは案内をお願いした。代わりに戦闘部隊のメンバーが王邸に召集を掛けられることとなった。
そしてエドワードによる王邸案内が始まったが、建物の中はとにかく立派だった。国の持てる最高品質の建築物を目指し、床に柱に壁紙や花瓶までもが最高級の一言に尽きる具合だった。エドワード曰く、この世の気品を結集させた邸宅がこの建物であるらしい。
兵士長というのが国王からどの程度の権限を与えられているのかは定かでないが、庭やキッチンにバスルームまでをカズハは案内された。彼女としては何もここまで豪華にしなくてもとは思ったが、その反面ここまで繊細に造り上げる職人たちの腕は素晴らしいとも感じたので、その感想だけをエドワードには伝えた。
「さあ見てくれ。ここからは街の建物の全てを眺めることが出来る」
カズハの背の三倍はあろうかという天井を三階分も登った先で、二人は建物の屋上へと辿り着いた。屋上は王妃専用の庭園となっており、夢が現実に姿を現したような幻想的な空間が広がっていた。可能な限り敷き詰めた花々をどこから見ても隙のないようにガーデニングしており、日光浴を楽しめる広間には林檎の樹までが生えていた。二人はそこまで歩いてようやく腰を下ろした。カズハとしては早朝から十時間ぶりの休憩である。
「気持ちのいい場所。心を静かにできる空間ね。……んんっ。ところでエドワード、本当に護衛までやってもらってもいいの?私たちは何もそこまでしてもらわなくても、こうして国内を自由に歩かせてもらうだけで充分にありがたいわ。もしもその、わたしの事だったら、そんなに気にしなくても大丈夫だから。自分から勝手にやったようなものだし」
「いいや、それでは己の決めた道に反してしまう。国の為とはいえ女性にあのような辱めを受けさせてしまったのだ。隊長としての覚悟とか、過ぎたことだと君は言うかもしれない。しかし私の未熟さが招いた結果だ。そこだけはしっかり償いを果たして進まねば、私はこれ以上の人間にはもう成り得ない。一人の紳士としての責任を取るべきだ。カズハさん、この先もどこかで危機は訪れる。それがいつ、どんな時であろうと、私のこの命を削ってでも君を守らせてほしい」
「……ええと、あの、ええ、そこまで言うなら。私としても別に困るって訳じゃないから、それじゃあお願いするわ。ああそれと、これからはカズハって呼んで。一時的でも仲間なんだし。私もエドって呼びたいわ。構わない?」
「ああ、構わない」
承諾の返事をエドワードはくれたが、何となく浮かない表情にも見えた。しかし、とにかく美青年である。たとえ表情が曇ろうとも顔の輝きが消えることはない。ちょっと時間を置いて、エドワードが照れ臭そうに顔を逸らすのを見て、カズハは自分がエドワードに見惚れてしまっていたことに気が付いた。男とか女とかではなく、一人の人間として素直に感嘆する想いだった。
「ああ、えっと、カズハ。私の覚悟は生半可なものではないと認識してもらいたい。君のあのような姿を見てしまったのだ。それも私の失態が原因となって。そんな君を守るというのだから、この身を生涯ごと捧げても構わないと思っている。これは兵士としての務めではなく、紳士としてこの国に生まれた、一人の男として、生涯懸けての責任だと考えているのだ。しかしそれはその、もし君さえ良ければということであってだな。君の気持ちを無視しては元も子もなく……」
「ええ、だから守ってくれるんでしょ?そこまで大仰じゃなくてもいいけど、折角だから快くお願いしますわ。エド」
にっこりと笑うカズハとは対照的に、エドワードは歯にものが詰まったような顔をしていた。「その、男としてというのが重要であってだな……」と何やら呟いている。
そこに足音が幾つか近付いてきた。カズハが振り向くと一人の兵士がダンゴとキヘイとトシを連れている。ダンゴはカズハを見つけると安心したような素振りを見せた。
「やあ、お元気そうで何より。あのまま捕まって牢屋にでも入れられちまうんじゃないかと考えてましたわい」
「何よそれ。エイ国の人々に失礼だわ。ここから国民全員に謝罪でもしておきなさい。それより他のみんなは?」
「どうやら観光に忙しいらしくて、近くにいたのが我々くらいだったようですぜ。丁度良く国内での自由を許されたんですから、今日一日くらいは甘く見てやってくだせえ」
「まったく」
文句ありげな様子を見せながらもカズハは穏やかな態度だった。隊員たちがのんびりしている事こそが、平和を表す状態なのである。そもそも、ここに集まった四人がいれば部隊の頭脳は機能する。隊長の招集に駆け付けなかったことは不問としておいて、何となく不服そうなエドワードも含めて、庭園で休息も兼ねた作戦会議が行われることになった。カザーニィを出発して以来、初めてカズハの心に平穏が訪れるような時間が過ぎていった。
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