第24話 左手

 学生時代に友人から奇妙な相談を受けたことがある。どうも夢遊病か何かにかかっているのか、寝ている間に部屋の中の物の位置が変わっていたり、PCのデータがいじられていたりすることがあるのだと言う話だった。部屋には誰かが入ってきたような雰囲気もないし、PCのパスワードを知っているのは自分だけなので、やったのは自分ということになる。

 病院には行ってみたようだが、危険行動や外出はしておらず、日中の異常な眠気といった症状もないので、生活を規則正しくする形で様子見の段階にとどまっているようだ。夢遊病は本来なら寝ている時間に中途半端に起きている状態になる病気なので、必然的に睡眠不足の症状が出やすくなるのだが、友人の場合はそういうことはなかったらしい。

 その友人はどうも気になったため、寝ている間にどうなっているのかを撮影してやろうとカメラを設置したらしい。だが、何と寝ている友人は、自分が設置したカメラの向きを変えた挙句に、メモリを抜き取って破壊すると言う暴挙に出たという。

 少し信じがたかったが、実際に起こってしまったのだと言うから仕方がない。金のない学生にとってはメモリも安くはないし、撮影ができるカメラの方が破壊されるとダメージが大きすぎる。ぶっ壊すのは自分なので、どうひっくり返っても補償もしてもらえない。

 友人自身がカメラを設置すると、自分は当然ながらその場所を知っているので、寝ている間にどうにかしてしまう。そこで、私が彼の知らない場所にカメラを設置することで、寝ている間に撮影が妨害できないようにするという作戦を思いついたのだと言う。

 本人の依頼で、本人にばれないように隠しカメラを仕掛けると言うのは少し妙な感じだが、対策としては一理あると言える。

 私はウェブ会議用のカメラを持っていたので、それを使うことにした。ワンルームマンションでは設置できる場所も限られるが、少し工夫してベランダに設置し、カーテンの隙間越しに室内を撮影すると言う手を取った。外付けのUSB対応バッテリーとスマートフォンを利用して、私のPCに映像が送信できるようにもした。これで万が一、カメラとスマートフォンがぶっ壊されても、映像の記録だけは保持できるというわけだ。


 早速、その日の夜に録画を開始した。私は不眠症の気があり、ラーメン大盛りのセットと引き換えに、夜通しの監視をすることになった。ただ、私には盗撮の趣味はないし、野郎の寝姿など見ても面白くもなんともないので、カメラの映像に大きな動きがあった時にだけ通知が出るようにしたフリーソフトを仕込んで、後は適当に夜を過ごすことにした。

 自分の部屋で監視を始めてから1時間もしないうちに、画面の中で動きが生じた。友人が掛け布団の下で、腕を大きく動かしている。あれで掛け布団を剥がして、そこからのっそりと起き上がる――かと思ったが、掛け布団ははがされなかった。代わりに端から腕が垂れた。そして、そのまま腕が垂れ下がり続け、あり得ない長さまで下がって、ついに床に肘が付くまでになった。

 腕の持ち主の方は、先ほどとほとんど同じ姿勢で仰向きに寝ている。まるで左腕だけがすっぽ抜けて、ベッドの端から落ちたようなような具合だった。

 だが、正確には「ような」ではなかった。肘から先を床に付けた左腕は、指を足のように動かして「体」を引きずり始めた。腕の残りが布団から出てきて、肩までの部分全体が「本体」から外れていることが分かった。正確には、肩の根元には何か動くものが繋がっていた。もしかしたら心臓なのかもしれない。友人の左腕は、持ち主から臓器の一部を引っこ抜いて、独立して部屋の中を徘徊し始めた。


 左腕は何かを探しているかのように、部屋の中をうろうろしていた。カメラを探しているのだと分かった。

 左腕はカメラを見つけることが出来ず、次にノートを本棚から出し、ペンで何かを書き始めた。そうして書き終えた左腕はノートを掲げ、見せつけるようにして部屋のあちこちに向けた。

ノートがカメラに向けられ、書かれている物が見て取れた。

「次やったら殺す」。

 一通りあたりに見せつけると、左腕はノートを放り出し、また一通り部屋の中をうろうろしてから、「本体」が寝ている布団の中に潜り込んでいった。


 翌日、私は彼に「見ている限りでは何も見えなかった、と報告した。少なくとも自分は異常は確認できなかったこと、明け方になると寝てしまったこと、その頃には連続撮影時間をオーバーして取れていなかったことなど、もっともらしい嘘を言った。

 例の「殺す」のノートも見つけたせいで、友人はぎょっとしたらしいが、それについて私が話そうとした瞬間に、彼の左手が鉛筆を握るのを見て諦めた。「本体」の方は、左腕の勝手な動きを認識できないらしい。

 ひとまず病院通いは続けるようにだけ進言して、その話は無しになった。

 大学を卒業して以降は、彼とは会っていない。

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