第22話 カニバル

 カラスというのは世界中どこにでもいる。実はいくつも種類がいるのだが、共通して“賢い”のはよく知られている。

 頭がいいので社会性もある。言語を使って仲間とエサの場所や危険な存在の特徴といった情報を共有するし、自分に良くしてくれた相手を助けたり贈り物をしたりもする。逆に、嫌いな相手の住む場所を記憶して意地悪をしたりもする。

 群れている場合でも統率された集団となっているわけではないことから“烏合の衆”などと言われるが、社会性そのものはちゃんとある。


 なので彼らの“社会”においても、大きく逸脱した存在は、排除するか恐怖の対象になるかする。それを実感したのは、確かまだ学生の頃だった。

 そのころは春先で、周囲の畑で今年の作付のためにトラクターが地面を耕していた。畑が耕されると、土の中からほじくり出された虫を目当てにして、サギやムクドリなど、たくさんの鳥がやってくる。私がその時見た場所ではトラクターは既に作業を終えており、耕された後の畑にはたくさんのカラスが虫のバイキングを賞味していた。


 その時、何かに感づいたようにカラスたちが警戒の声を上げ、一斉に飛び上がって逃げて行った。カラスは人間がいた程度でビビるタマではないので、もしかしてタカなどの猛禽類が来たのかと思って私は上を見回した。オオタカなどは里山に良く出没し、最近は市街地にも出てくるようになっている。カラスを好んで狩る奴もいるので、そんな天敵が来たのかと思われた。


 だが、やって来たのはカラスだった。

 そのカラスは体が大きく、いかにも強そうな風格をしていた。カラスの群れは烏合の衆だが、一応は上下関係がある。単純に力が強いと大きな顔ができて、他のカラスを押しのけて餌にありつけるという程度のものではあるが。

 それでも、やって来ると群れ全体が一斉にその場からいなくなるというのはおかしい。


 アイツはいったい何だろうと思って見ていると、新しくカラスが一羽やってきた。こちらは普通のサイズで、どうやら先ほど一斉に逃げた連中の中から戻ってきたらしい。

 普通のカラスは大きなカラスの方を少し気にしていたが、相手が虫を食べているのを見て、自分も食事を再開した。仲間が一斉に逃げたので自分もついつい逃げたが、相手が同族、それも一羽だけなのを見て戻ってきたようだ。

 大きいカラスは虫を食べていたが、ややあって新参者の方を気にするようになり、しばらく見ていた後にそいつの方に向けて歩き始めた。人間で言うなら、知り合いを見付けて近づいていくときのような具合だった。

 そして相手が気付いた瞬間、いきなり飛び掛かった。


 カラスのケンカといえば、相手に飛び掛かって蹴っ飛ばすのが基本だが、その時見たのは違った。大きいカラスは相手の首と頭をわしづかみにして、そのまま地面に叩きつけた。そのようなことをするカラスは見たことが無かった。

 まるで自分たちの天敵であるオオタカの狩りのようにも見えた。

 大きなカラスの体と広げた翼の陰になって、押さえつけられた方がどうなったかは見えなかった。ただ、大きいカラスが頭を下げると、今まで聞いたことが無いような、悲鳴としか掲揚できないカラスの鳴き声が響いた。

 大きなカラスが頭を動かすたびに悲鳴が生じ、濁ったような音へと変わり、断ち切られたように聞こえなくなった。


 私はカラスの様子から目をそらすことができず、ずっと見続けることになった。

 大きいカラスは頭を激しく動かし続け、その様子は明らかに小さいカラスを食べていた。やがて、大きいカラスが何かを咥えて横に放り捨てた。ちぎられた翼だった。それからまた、おそらくは食べるところが少ない部位が放り捨てられて、周囲にばらまかれた。


 解体作業と食事がすんだ大きなカラスは、平然とその場から飛び去って行った。後には食い散らかされた残骸だけが残っていた。食べられたのはおそらく若いカラスで、あのカラスが“カニバリスト”だと知らなかったのだろう。


 人間も似たようなことが無いとは限らないので、気を付けた方がいいかもしれない。

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