第21話 飛蚊症
飛蚊症という言葉を聞いたことがある人はそこそこ多いと思う。何か物や風景を見ているときに、視界の中に浮遊する小さな異物が動いて見える現象のことだ。
見える物は人によって色々で、半透明の糸くずのような物、たばこの煙のような物、虫のようなゴマ粒のような物など色々だ。
はっきりと見えるわけではなく、ちょうど古い映画でフィルムの汚れが一瞬だけ表示されるような具合だ。眼球の動きに従って移動するので、視界の中を横切っているように見える。
正体は眼球の硝子体内にある濁りだ。眼球の中の大半を占めている透明なゼリーのような部分の中に小さな濁りなどがあると、それが視界の中でゴミのように見えてしまう。誰でも20歳を過ぎると硝子体内に小さな濁りが生じるようになる。
中には小さいころから飛蚊症を持つ人もいるが、これは胎児のときに眼球内に存在した血管の痕跡が残っていることが原因らしい。
網膜剥離や目の中の炎症で起きる場合もあるが、そうではない場合は自然な物なので、不安に思う必要もなければ、治療の必要もない。
私は子供のころから飛蚊症を持っている性質で、高校生のころから視界の中に異物を見ていた。晴れた空など、一面に同じ色が広がる景色を見た場合などに、糸くずのような物が視界の端に映ることがある。
以前から飛蚊症については知っていたので、特に気にすることもなかった。
ただ、飛蚊症だと思って見ていた物が、自分の目の中にある物だけだったのかどうかには自信がなくなることがある。
ごくまれにだが、視界の中に浮かんでいる糸くずのような物が、眼球と連動しないことに気づく。普通なら視線を横に動かすと流れるように移動する物が、ずっとその場にとどまっていたり、無関係な方向に動いたりする。
本当に何かが浮かんでいるのかと思って目を凝らそうとすると、いつの間にか見えなくなっている。
原因になる部分の位置によってそういうことも起こるのかもしれないと思っていたが、“それ”が人の頭の方へとすっと移動して入り込むように消えたのを見た時には、自分の認識を疑い出すようになっていた。
眼球の動きに従わない“それ”を見た時、同じ視界の中に人がいれば、“それ”は必ず人の頭の方へと移動して消える。
最初に見たのは高校生のころで、黒板の深緑色のスクリーンの前に見えたと思うと、斜め前の奴の頭の中へと消えていった。そして、体育祭の時の晴天に浮かんだ“それ”は、バトンを受け取ろうとしているリレーのランナーの頭に消えた。
それから今に至るまで、幾度か同じ光景を目にした。
それだけならまだ何ともないと言える。ただ、“それ”が入っていった人を見ていると、後で別の“モノ”が“出ていく”のを目にしてしまったこともある。それもやはり半透明の糸くずのような物だったが、蛇のように長く、奇妙な動きで、それでいて見間違いかと思うような速度で上へと伸びていって抜け出ていく。出ていくときは、決まって屋外だった。
あれが自分の目の中のものが見せているのか、それとも本当に何かが入って出て行っているのか、いまだに判別がつかない。
もしも眼球の外に存在している“何か”なら、人の頭の中で何をして、長くなって飛び出していくのだろうか。あたかも、宿主の体内を食い荒らした後、腹をやぶって出ていく寄生虫のごとく。
自分が何度も目にするということは、それほど珍しくない事なのかもしれない。そして、自分の頭も“糸くず”が入って出て行ったことがあってもおかしくない。
何が起こっているのかは、人は知るべきではないとは思う。その方が平穏を保てるだろう。
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