第20話 雪ウサギ
私は銃を持っている。別に殺し屋というわけではなく、狩猟用の銃だ。自分で食べるために、冬にはカモやヒヨドリを空気銃で撃つ。
それ以外に、イノシシやシカを駆除するために散弾銃を担いで山に入ることもある。駆除すると役所が報奨金をくれるので、ちょっとした副業にもなる。
だが最近になって、いつもイノシシやシカの駆除依頼が来る地域から、ウサギによる被害が異常に増えているという知らせが入るようになった。一昨年の冬から始まって、目に見えて増えているという。特に冬がひどく、対策ができる野菜はともかく、木は植林された物も自生している物も、ことごとく皮をかじられてしまっている。
幸いというべきか、ウサギの被害が広がるのと反比例して、シカやイノシシによる被害は減っているらしい。
数が増えているなら狩りやすいはずだということで、友人に誘われて私もウサギを獲りに行った。12月の山に入ってみると実際にかなり数が多く、糞や足跡、樹皮のかじった後など痕跡がそこら中に見受けられ、ウサギ自体もしょっちゅう見かけた。おかげで予定していた数はすぐに手に入った。
昨年も状況は同じで、雪山に入ってウサギを狩った。ウサギの足跡を追って雪の中を歩いていると、かじられた樹皮や分に混じって、奇妙なものが目に付くようになった。
雪を半球形に固めて、上に葉を2枚、前に南天の実を2つ付けて作る雪像。いわゆる雪ウサギだ。それが山の中で、あちらこちらに作られている。
誰が、何故、こんな雪山の中に、数多くの雪ウサギを作っているのか。皆目見当も付かない。
見た目は何の変哲もない雪ウサギで、大きさはちょっと大きめの30cm程度。デザインというべきか、作り方のクセや大きさは同じなので、同一の人物か、作り方を共有している者たちの手によるものだということが分かる。
ただ、雪ウサギの近くには、ウサギの足跡こそあれ、人間の足跡が無い。あたかも雪ウサギだけが勝手に出現したようにも思える。
「謎の雪ウサギ」の話は他のハンターや地元の人も気づいていたようで、害はないとは言えどもちょっと気味が悪いと思い始めている人もいた。
今年もウサギの被害は多いままで、私もまた山に入ってウサギを追った。雪ウサギも相変わらずそこら中に見られた。ある場所など、1m四方ほどの範囲に20個ほども密集していた。
さすがに気になって、よく見てみようと近づいた。全く同じ形・大きさの雪ウサギが、狭い範囲にびっしりと並んでいるのは、かわいいを通り越して不気味としか思えない。
手が届きそうなところまで近づいた時、何か奇妙なものを踏んだ感触が足の裏から伝わってきた。雪の下に、土とは違う物がある。
足先で雪を払いのけると、茶色い毛皮が見えた。大きなイノシシの死体が、雪の下に埋まっていた。ハンターが撃った物とは思えない。それほど痩せていないので、飢えて死んだとは思えない。病気か、怪我か。雪ウサギを作った者は、供養か何かのつもりだったのだろうか。
色々と気になって雪を払いのけていくと、雪ウサギの1つを壊してしまった。中から赤黒い物がこぼれ出てくる。臓物だった。
消化器官と心臓、肝臓、その他諸々。何度も見たことがある。イノシシの物ではない。ウサギのそれだ。
臓物入り雪ウサギの下は雪が真っ赤になっており、真下にあったイノシシの体には穴が開いていた。
他の雪ウサギを壊すと、それらにもウサギの体の部品が入っていた。骨、内臓、筋組織、毛皮。解体してから入れたような雰囲気ではなかった。
訳が分からないまま、残った雪ウサギを見回す。よく見ると、イノシシの頭の上あたりの雪ウサギは、葉の耳の代わりに本物の耳が突き出ていた。そして、赤い南天の代わりに、真っ黒な目が見えた。
それが動いてこちらを見たのが分かると、私はすぐにそこから立ち去って山を下りた。
シーズンの終わりごろに、同じ山に行った友人から奇妙なうわさがあることを教えられた。人間の指が頭から突き出たウサギを見たという話だ。ウサギの場合、ある種のウイルス性のイボが大きくなって、角のように見える事例が時々あるらしい。
それが原因だと思いたい。雪ウサギの中で「組み立て方」に不備があって、元の「材料」がそのままになってウサギになってしまったのではないと信じたい。
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