第19話 草抜き

 真夏になって学校のグラウンドを見ると思い出すことがある。正しくは、グラウンドの片隅に生えている雑草を見ると、というべきだろうか。


 夏休みになって走り回る子供がいなくなると、端の方にいつの間にか草がちらほらと生えはじめ、いつの間にかパンの表面に生じたカビのようにグラウンドの一角を緑色に変えてしまう。

 夏休み中の登校日や、9月の運動会(私が子供のころは運動会はまだ9月に行われていた)の前あたりになると、放置されてはびこっていた草むしりをやらされることになっていた。


 まだ暑い中で草むしりなど誰もやりたくない。適当にやって時間を潰そうとするか、草抜き自体を遊びにするかのどちらかになる。校庭の端には木が植えてあり、その部分だけが小さな林のようになっているので、そこを担当するようになったグループは草抜きをしながら虫やなんやらの面白い物を見付けて遊ぶことができる。

 運の悪いバッタやカエル、トカゲを捕まえたり、ちょっと大きな草を引っこ抜いて、太い根をねじり鎌でバシバシ叩いて切ったりと、いろいろとやって遊んでいた。

 そうやって草を引っこ抜いて遊んでいると、根に小さな粒が付いている物があることに気が付いた。先生に聞いてみたところ、植物に栄養を与える菌――後で根粒菌というのだと知った――の塊が引っ付いているのだと教えてくれた。今になって思い返してみると、根粒菌が付いていた草はカラスノエンドウやミヤコグサだったのだろう。


 そういう物なのかと思って、根粒菌の存在を知った翌年も草むしりに駆り出された。去年と同じように適当に遊びながら草抜きをしていくと、やけに引き抜きにくい草に行き当たった。それほど大きくはないのに、根を無駄にしっかりと張っている。ねじり鎌で切ってやろうかとも考えたが、それでは面白くないので両手でつかんで思いきり引っこ抜いた。

 根はブチぶちと音をたてながら引き抜かれ、私は尻もちをついた。引き抜くときに聞こえた音は、なんとも耳障りで、人間の喉から出る音のような不快さがあった。

 手に入れた“戦利品”を見てみると、他とはちょっと違っていた。太い根が何本かに枝分かれして、そこから大量のひげ根が伸びている。出来損ないのミニサイズの大根を何本も融合させ、そこから大量にこれまた出来損ないのミニサイズのゴボウが飛び出しているような、なんとも言い難いデザインだった。

 そしていびつな形の根の間には、根粒菌のかたまり――根粒――がいくつも付いている。普通は山椒の小ぶりな粒ほどのサイズなのだが、その倍ぐらいはありそうだった。


 何じゃこらと思って、もっとよく見てみるべく顔を近づけてみた。この根粒はやけに太い勾玉のような、尻尾が切れたオタマジャクシが丸まっているような形をしている。根粒の丸まった内側には、とても小さな突起が4つ付いていた。頭の大きな胎児が、手足を縮めて俯いている姿。

 オタマジャクシの頭に当たる部分の下側には小さな切れ目がある。3つの切れ目。逆三角形に配置されている。

 ふと、その切れ目が開いた。中は白く、中央に黒い点が見える。それがぐるりと動いて、こちらを向いた。根についていたすべての根粒も、同じように、切れ目を開いて私の方を“見た”。

 それぞれの根粒が下側の切れ目を大きく開いた。産声を上げる胎児のごとく。


 その瞬間に私の記憶が途切れ、次の瞬間には保健室のベッドで寝かされていた。先生の話によると、草むしり中に突然ぶっ倒れたらしい。10分ほど前の話だったようだ。熱中症だと思われたらしく、気を付けるように言われて、その日は家に帰った。

 自分が見た物については誰にも言うことはなかった。

 それから草むしりをするときには、引き抜いた物をしげしげと見ることはしないでいることにしている。


マンドラゴラ

 別名「マンドレイク」。ナス科マンドラゴラ属の植物。地中海から中国西部にかけて自生する。根に有毒アルカロイドを数種類含有しており、かつては薬用にもされたが、毒性が強く死に至る危険性も高いために現代では使われていない。

 薬効・毒性を持つことから魔術の原料とされて、さまざまな伝承が残されている。根がニンジンやショウガのように太く複雑な形になり、それが2本の足を持つようにも見えたことから、完全に成熟すると自分で地中から出て歩き始めるという話が有名。

 また、地面から引き抜くときにこの根がすさまじい悲鳴を上げ、それを聞いた者は気絶する、正気を失う、または死ぬという話もある。

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