第15話 和傘
実家の蔵には非常に古い和傘がある。どれぐらい古いかわからないが、私が子供のころからあった。骨に張られた和紙だけでなく、軸までが赤黒く煤けている。そんな傘が、蔵の壁の高いところにいくつか掛けられていた。
私の実家はかなり古く、台所などの生活にかかわる部分はリフォームされているが、建物自体は築200年ほどだという。和傘が一般的だったのは明治時代までということなので、蔵に掛けられている傘も家と同じぐらい古いのかもしれない。
道具は長いこと使われていると、精霊が宿って
蔵の中にはその傘と同じぐらいに古いものがいくつもしまわれている。夜中の蔵は付喪神の集会場にでもなっているはずだ。うっかり蔵の戸を閉め忘れていれば、外に繰り出して百鬼夜行をやらかすに違いない。
蔵の中に入って古いものを目にするたび、家族の間でそんなジョークが飛ばされた。
就職してからしばらく経ったころ、私は久しぶりに里帰りした。家族が揃ったのですき焼きでもしようということになり、蔵の棚からすき焼き鍋が入った箱を取りに行った。これに関しては骨董品ではなく、ごく普通のすき焼き鍋だった。
ふと和傘の方に目をやると、なんとも懐かしい思いが湧いた。こいつらは私が出て行っても、相変わらずここにかけられたままになっている。多分、この家が存在する限り、この傘はここにあるのだろう。それとも適当なところで飽きて、足を生やして出ていくのだろうか。
すき焼き鍋の箱を持って外に出ようとした私は、何の気なしに再び傘の方を見上げた。すると、傘の内側に何か白いものがあるのが見えた。
目だった。黒い瞳を持つ目が、傘の内側にある暗闇の中からこちらを見ていた。あの狭い空間に顔があるのかどうなのかは見えなかったが、目だけははっきりと見えていた。
そいつと目が合ってしまった私は硬直した。10秒経ったか1分経ったかした時、目の下に指が2本現れ、傘の端――軒の部分をそっと押し広げた。ちょうど、カーテンや暖簾を横にのけ、向こうにある物をもっとよく見ようとするかのように。
あるいはそこから外に出るときのように。
私はそいつから目をそらし、蔵から出て戸を閉め、かっちりと閂をかけた。そして何も言わずに台所へと戻り、夕食のすき焼きを味わった。
あの傘は夜になると蔵の中を跳ねまわるのだろう思っていたが、そうではなかった。中から何かが出てくるようだ。
夜は蔵の扉をきっちり閉めておくべきだろう。
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