第16話 美食
近所に小さな牧場がある。そこでは牛や馬、ヒツジ、ヤギの他、ウサギやモルモットなどの小動物も飼っている。
そうやって飼われているウサギの中に、1匹だけ他とは離されているウサギがいる。
普通よりちょっと体格が大きく、漆黒でビロードの様に滑らかな毛並みという、なかなか目立つ外見をしたウサギだった。
ウサギは仲間と毛づくろいをしあうので、仲が良いようなら複数を一緒に飼育するほうが健康状態が良くなるらしい。
なのでその牧場でも、ウサギたちは仲良くできる子たちをいくつかのグループにまとめて飼育しているが、そのウサギだけは常に1匹で飼われている。
ウサギはすぐに増えるので、群れにされているウサギたちは、オスとメスを分けるか、避妊や去勢をされていた。
ただ、その1匹だけで飼われている真っ黒なウサギは少し珍しい品種ということで、避妊手術は受けていない。
群れにされないのはそのせいかと思ったが、子供が埋めるウサギでもメス同士のグループで元気に生活している。
それなら気が荒かったり、逆にいじめられたりする性質なのかというと、別にそうでもないらしい。
人に対しても慣れているようで、牧場に見学に行ったときには抱っこしてやってエサをあげられた。
神経質になることもなく、むしろ泰然としている印象を受けた。
では何故1匹だけ離して飼われているかというと、どう扱えばいいか判じかねるような出来事が過去にあったからだと、知り合った飼育員から聞かされた。。
普段は全く問題がないし、問題についても過去の話ではあるのだが、念のために普通とは違う扱いをせざるを得なくなっているらしい。
なにやらそのウサギは“子殺し”をする性質を有しているのだという。
子ウサギを食い殺してしまうのだ。
ウサギが子供を殺すというのは、極端におかしい話ではない。
特に別に人間に飼われているウサギは、乳児を育てているときに人間に干渉されすぎると、自分の子供を殺して食べてしまうことがある。
同様の現象はハムスターやモルモット、猫などでも発生する。
野生動物でも、未熟であったり奇形だったりして成長の見込みがない子供、あるいは数が多すぎて面倒を見切れない分の子供を、親が食べて“処分”する事象はしばし発生する。
人間にとっては情緒的に許容しがたいが、それはあくまで人間での話で、他の動物にとっては“そういうこともある”という話に過ぎない。
余裕が無い時代には、人間だって口減らしをしていたのだから。
そのウサギも以前に子供を産んだのだが、産んでから3日と経たないうちに子供を全部食べてしまった。
牧場の方もプロなので構いすぎるようなことはするはずもなく、何か問題があったとしても全部食べてしまうというのは、その時に世話をしていたスタッフからしても衝撃だったようだ。
子供の数は6匹で、ウサギが一度に産む数としては平均的な範囲だった。
育てられない分だけ食べるならわかるが、エサなら十二分にもらえて安全な飼育下ではおかしな話だった。
その時は初産でストレスなどがあったのかと思って、1年後に違うオスと番わせてみた。
問題なく妊娠して6匹の子供を産んだが、今度は産んだ端から食べてしまった。
さすがにこれはおかしいということで検査したのだが、肉体的には異常は無し。
他のウサギと共に生活していいても、以前通り異常行動は無し。
出産直後だけおかしくなるのであれば、残念ながら子供を産ませるのはやめておこうという話になった。
それからしばらくして、同じグループにいた別のメスが出産した。
そのメスはまだ避妊手術をしておらず、職員たちも気づかないうちに、どこかのオスと番ってしまっていたらしい。
ウサギの事は5秒で済んで、30日前後の妊娠期間中にも外見の変化がほぼ無い。
オスメス分けているから大丈夫なはずという先入観もあったので、さすがのプロも子供が生まれるまで気が付かなかったようだ。
職員が子供が生まれているのに気が付いて、巣箱を用意して戻ってきたとき、例の子殺しをしたウサギと子供を産んだウサギが喧嘩をしていた。
8匹生まれていた子供の数は半分になっていた。1匹は体が半分になり、もう半分は子殺しのウサギの口の中に入っていた。
この件があってから職員たちもどうしていいか分からなくなり、このウサギだけを分けて飼うことになった。
子供に関することが無ければごく正常で、人間にもなついているし、大人しくて賢いためにこうやって触れることもできるのだが、他のウサギと一緒にすることだけは、牧場側としても抵抗があったようだ。
一連の話を聞いてからしばらくして、私は再びその牧場へ行った。
例のウサギを抱かせてもらって、職員がいなくなったタイミングで、持ってきた物をウサギに与えた。
ペットの餌用に売られている冷凍マウス。大きさは生まれたばかりのウサギと同じぐらいだ。
例のウサギは食べ物にはがっつかないたちだが、見せたマウスの匂いを嗅ぐと、ものすごい勢いで食らいつき、瞬く間に呑み込んだ。
もう1つやると、それもすぐに胃の中に収めてしまった。
2つしか持ってきていなかったが、もっともっとと言わんばかりにこちらを見て、後ろ足を踏み鳴らした。
元いたところに戻してやっても、立ち去る時までウサギはずっとこちらを見ていた。
美味しい物の味を知ると、何とかしてもう一度味わいたいと思うようになる。ウサギも同じなのだろう。
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