第14話 狩人バチ

 小学校5年生の夏の話。夏休みの前に、私は学校の校庭を黒い色のハチが何匹もうろついているのを見つけた。時折、バッタのような昆虫を抱えて飛んでいる。

 そのころファーブル昆虫記を呼んでいた私は、そのハチが狩人バチの仲間だと気づいた。子育ての際に、芋虫やクモなどを狩って幼虫の餌にするハチの総称だ。親は毒針で獲物を麻痺させて巣に運び込み、その上に卵を産み付ける。孵化した幼虫は、麻痺させられたままの餌を、殺さないようにしながら少しずつ食べて行って成長する。ずいぶん恐ろしい子育てをするが、成虫は花の蜜を食べるおとなしい性質だ。毒は虫を麻痺させるためのもので、刺されてもちょっと痛いだけで済む。

 その時に私が見つけたのはオオハヤバチという種類で、キリギリスの仲間を狩って、穴を掘って作った巣に子供を産む習性を持つハチだった。

 私はこれを夏休み自由研究のネタにすることに決めた。ファーブルはハチが餌を狩るところから研究を進めていたが、キリギリス(それもメスだけ)と、卵を産みたがっているメスのハチを探すのは大変だったので、すでに作られた巣を掘り返し、中の幼虫が成長する様子を観察することにしたのだ。

 ファーブルの研究では、虫かごに土を敷いて中央をちょっとくぼませ、そこに卵付きキリギリスを置いておくやり方で、成長の様子を観察していた。上が開けている状態でも幼虫は問題なくふ化して成長してくれるようだ。これなら簡単にできそうだ。


 そうと決まれば、私は早速行動することに決めた。のんびりしていると卵が孵って、幼虫が‶食事″を始めてしまう。巣穴は校庭にいくつも作られている。入り口はふさがれているが、よく見れば見つけられる。

 先生に許可を取り、夏休みに入って校庭で遊ぶ子供がいなくなったその日から、スコップを持ってきて穴掘りを始めた。

 ただ、これがなかなかに大変な作業だった。ハチの体長は2cmしかないが、巣穴は工程の固く締まった土を掘り下げて、地下40cmほどのところに作られている。

 トンネルの直径は1cmぐらいしかない。見失わないように長い草を突っ込んで目印にして、大汗を流して穴を掘っていく。小学生にとって、ガチガチの土を掘るのはかなりの重労働だった。

 さらに、獲物が置かれている空間は10cmほどの部屋になっている。掘ったはいいが、これをつぶしてしまっては元も子もない。せっかく掘ったのに、穴が崩れて卵もキリギリスも埋まってしまったり、キリギリスをスコップでつぶしてしまったりしたこともあった。 


 それでも私は2日間通って、良い状態の卵付きキリギリスを3つ確保した。十分な戦果を得たころには夕方になっていたが、日が暮れる前にもう1つと思って穴を掘っていると、ほかの物よりも大きな部屋に行き当たった。

 違う種類のハチならラッキーだと思ったが、出てきたのは奇妙な物だった。何かの紙が一枚。その上にすでにふ化した幼虫が乗っている。よく見ると、紙は写真だった。サイズは小さく、証明写真より少し大きいぐらいだっただろうか。

 部屋の中には他に何も入っていないようだった。食べ物がないにもかかわらず、幼虫はよく育っていた。まるで、その写真がキリギリスであるかのように、しっかりと食いついている。

 私がもう少しよく見ようと穴に顔を近づけ、中をペンライトで照らした。すると、幼虫が頭を起こした。暗闇の中で過ごす幼虫が目など見えているわけがないのだが、無粋な覗きに文句をつけているかの如く、ずっとこちらに頭を向けている。

 幼虫が身を起こしたせいで、写真の半分が見えるようになった。人が一人写っている。女の人で、年は大学生ぐらいだろうか。

 しばしの間、幼虫は私の方を向き続けていたが、やがて元のように写真に食いついた。

 私は開けてしまった天井の穴をふさいで穴を埋め戻し、卵付きキリギリスを手にして家に帰った。


 夏休みの間に、私が回収した卵はみな孵化し、キリギリスを食い尽くして無事にハチとなって飛んで行った。残されたキリギリスは、中身が空っぽの抜け殻のような有様になって死んでいた。

 夏休みが終わりになるころ、近所で葬式があった。その家の娘さんが亡くなったらしい。葬式に出た母から聞いた話によれば、夏休みに入る前に倒れて入院し、そのまま目を覚まさず、弱って息を引き取ったという。まだ大学1年生だったそうだ。

 夏休み明けに提出した自由研究の内容の評価は上々で、県からの表彰も受けた。鼻高々だったが、同じ研究をしようと思う子が、これから出ないかどうかが気になった。

 やるにしても、校庭を掘るのはやめておいた方がいい。

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