第45話 きれいすぎても疑われるんだよね

【???視点】

 レグルスたちが演習場へ向かった直後──


「あなたは行かなくていいのかしら」


 僕の役割は一旦終わったかな、と事務室のドアノブに手をかけた瞬間、この国では誰もか聞きなじみのある声が降りかかってきた。


 振り返るとそこには案の定アンジェリーナ王女の姿があった。

 なぜかひどく真剣な様子で。


「はい? ああ、アンジェリーナ王女、何か御用ですか?」

「もう一度聞くわ。行かなくていいの?」


 とっさに取り繕ってみたが貴族社会の権謀術数で揉まれてきた王女には効かなかった。


 なんでいるんですか……。あなたレグルスにベタベタ引っ付いてたじゃないですか。


 思いもよらぬ追加タスクでしわが寄りそうになる眉間を何とか伸ばして愛想のよい笑みを浮かべ応対する。


「行くって、私はただの事務員ですからね。ここで皆様のサポートをさせていただくのが仕事です」

「そんな御託はいらないの。質問に答えなさい。あなた、レイトとどういう関係なの?」


 確実にさっきのやり取りを見られてましたよねぇ。

 これは面倒だなあ。


「関係って言ったってただの生徒と事務員の関係ですよ? それ以上もそれ以下もありません」


 ニコニコ愛想よく笑いかけながらのらりくらりと真実を語る。


 これで面倒くさくなって帰ってくれませんかねぇ。


 しかし俺の願いもむなしくアンジェリーナ王女は犯人を追い詰める探偵のように俺のまわりを歩き始めた。


「でもおかしいのよね。そもそも、あなたなぜ学園で働けているの?」

「なぜと言われましても……しっかりと王族が設けているテストには合格してますよ?」

「そう、そこなのよ」


 俺のまわりを一周回り終えるとアンジェリーナは腕を組み正面に仁王立ちした。


「あなたの前職って市場の肉焼きでしょ? 経歴も調べたけどお世辞にもこの学園の職員になれる教養は学んでいないように見えた」


 なに人様の個人情報勝手に調べてるんですかねこの王女。


「でも学校には通ってましたよ?」

「じゃあ、貴族の作法はどこで学んだの?」

「経歴書にも書いてある通り、以前、貴族屋敷の下働きとしても働いていたのでそこで」


 ふうん、とつぶやきながらもまだアンジェリーナ王女は疑いの視線を向けてくる。


「じゃあ、最後の質問。あなたの通っていた学校の名前は?」

「王立プレアデス学園です。貧困者向けの支援が豊富で助かりました」


 アンジェリーナ王女の顔が一歩分近くなる。


「あら? だとしたらおかしいわね? ここ10年の入学者名簿にケプラーなんて名前なかったわ」

「言いがかりはやめてくださいよ。ちゃんと確認したんですか?」

「自分の目で見てみる?」


 いつの間にか彼女の背後に控えていた従者が封筒のような包みを手渡してきた。

 中身はもちろんプレアデス学園の名簿。


 チラリと中身を見るだけでアンジェリーナに封筒を返す。


「このころは名前がハッブルなんですよ。貴族屋敷に働いていたころで、ハッブルって名前も貴族様からつけていただきました。まあもう解雇されたので本名名乗ってますけどね」


 茶化すように笑ってみるが、王女の顔からはまだ疑っていることが計り知れた。


「そう。でもそうするとあなた、レグルスに言っていた年齢と違うわね? 彼には私たちくらいの年齢だって言ってたみたいだけど」

「肉売りは子供の方が有利なんですよ。貧しい子供が懸命に働いている。それだけで上流の方々の同情はもらえますから」

「……」


 アンジェリーナ王女がしかめっ面で押し黙っているのを眺めて、僕は口角を釣り上げた。


 反論できませんよねぇ。プレアデス学園での名前だって肉売りの理論だって何一つ嘘はないんですから。

 質問したところで望む答えが返ってこないことにようやく気付いたんですかあ?


 でもまあ、よくここまで調べましたよね。こんなちょっと怪しいだけのモブのためだけに。

 それだけレグルスの力になりたいってことなんでしょうね。


 青春してますねぇ。


 そうのんきに考えていると、休憩時間は終わりだとでもいうように王女は咳払いをして話し始めた。


「あなたの経歴も言っている内容もきれいすぎるのよ。貴族屋敷から解雇された1週間後には肉焼きの仕事を始めているしこちらの質問にも不自然なほどすらすら答えてくる」

「証拠がなければそれはただの言いがかりと変わりませんよ?」

「そうね。今日は私の負けね。首を洗って待っていなさい。王家の名のもとに必ずあなたを裁くわ。『傍観者』ケプラー」


 そう言い残すと王女はつかつかと立ち去っていった。


「いや、僕ラスボスにはなりたくないんだけどなぁ」


 僕はただレグルスたちが降りかかってくる試練や危機に立ち向かいボロボロになっていく姿を見たいだけ。

 決して自分の手で殺したいだとかあいつらがうざいから嫌がらせしているとかそう言った感情はない。


 どこまで行っても僕は『傍観者』として人間のスペクタクルを見ただけ。


「ちょっと王女の対策しといたほうがいいですかねぇ」


 権力には権力で対抗するとしますかね。


「期待してますよ。フォーマルハウトの皆さん」

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