第23話 濡れ衣のBとL

「予想はしていましたけど、同じクラスになりましたね」


 隣でシュヴァリエが掲示板を眺めながらつぶやいた。


 掲示板には入学試験の結果とクラスを知らせる張り紙があった。

 シュヴァリエと俺はもちろん最上級Sクラスだ。


 これでSクラスにいなかったらレグルスどうなってたんだろうな。

 怒り狂って内側から俺を殺そうとしてくるか?


『そうなったら俺たちの誓約に違反する。即座に身体を返してもらうだけさ。貴様のような腑抜けは俺の慈悲によって成り立っていると思えよ』


 へいへい。そうですかそうですか。まあ俺も望んできたわけじゃないけどね。


 脳内一武闘会が開くか? 


 ひとりでにレグルスと喧嘩する覚悟を決めた矢先、突然真横から襟首をつかまれた。


「シュヴァリエ!? こんなことする子に育てた覚えはありません!!」

「てめぇの婚約者と一緒にすんじゃねえ! なんでてめぇと俺が同じクラスなんだよ!!」


 とわけもなく唾とでたらめをまき散らすレイトの顔が視界を占領していた。


「そうだよな。おかしいよな。俺に負けたあんたと俺が一緒のクラスにいるなんてさ」

「あまり調子に乗ってんじゃねぇよ!! お前こそ不正でSにいるんじゃねえだろうなぁ!?」


 なぜかそう言うとレイトは勝ち誇ったかのようにどや顔を見せびらかした。


 ごめん。何一つわからない。

 レイトが俺に負けたのも事実だし不正の根拠もないだろ。


「そんなに自身があるなら不正の証拠があるんだろうな?」

「レグルスの分際で『勇者』の俺に勝ったことが証拠だよ!! 何をした? ドーピングか? 今からでも学園に訴えてやるよぉ!」


 ただ負けたのが悔しいから取り消してほしいが本音だな。


「訴えたところで濡れ衣だった場合に批判が行くのはお前のとこだぞ?」


 挑発交じりに俺が言い返してもニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながらレイトはさらに顔を近づけてくる。


 なんなのこいつ!? まさかそっち目的で挑発してる!? BでLな感じ?


 なんて考えている馬鹿な部分は放っておいてレイトに負けじと俺も目力を強めた。


 そんな俺を下卑た笑みで楽しそうにしながらレイトは俺の耳元でささやいた。


「なに? 訴えられて退学になるのが怖いか? ならいいぜ。訴えないでおいてやる。ただし交換条件だ」

「交換条件も何もそもそも不正してないけど」

「なぁ……お前の婚約者ってフォーマルハウトの『戦姫』だよなぁ。あいつを、シュヴァリエを俺に譲るなら訴えないでおいてやるよ」

「お前いい加減にっ……!!」


 思わず拳が顔面に向かっていこうとした瞬間、目に見えぬ速さで割り込んできた何かに腕ごと弾かれてしまった。


 間に入ったのはシンプルだが上品な雰囲気を漂わせる少女。

 目にも留まらぬ速度を出していたはずだが黄金に輝く長い髪は少しも乱れた様子はなく、その端正な顔にも汗の一つも浮かんでいない。


「入学早々、身体を密着させるなんて盛ってるのですか?」

「どこ見たらBLになるんだよ!?」

「そうだこんな雑魚とそんな関係になるわけ……って、お前アンジェリーナ・シリウス?」


 レイトが驚愕に目を大きく開く。

 そう、俺たちを止めたのはここシリウス王国第一王女アンジェリーナ・シリウス本人だったのだ。


 シナリオでは主人公をわがままや面倒ごとに巻き込む困った王女ではあるのだがその積極的な性格や男勝りな面がユーザーに受けていたキャラだ。


「ええ、いかにも。わたくしがアンジェリーナ・シリウスよ。ついおもしろそ……いえ見過ごせなかったので間に入らせていただきました。しかし、少し加減を間違ってしまったわ」


 アンジェリーナの指先が俺の腕の上でなまめかしく蠢いているのが見えた。


 だが目では見えているのに肝心の腕の感覚はない。さっきアンジェリーナに弾かれたときにまともに魔法を食らっていたのだ。


「──あなたなら大丈夫そうね。まだ補助器具には慣れてないみたい。またあなたに魔法を食らわせてしまうかもしれないわね」

「勘弁してくれ」


 アンジェリーナは下から覗き込むように俺を見上げると蠱惑的な笑みを浮かべた。


 えーと王女様? シナリオだとレグルス、初っ端から嫌われていたはずなんだけどなんでそんなに顔近いんでしょうかね?


「おい王女様よぉ、結局何しに来たんだよ? 邪魔だけしに来たのならよそでやれや」


 語気を荒げてレイトがアンジェリーナに詰め寄るが彼女はこともなさげに彼に向き直る。


「喧嘩を止めに来ただけ、と言いたいところだけど、本当はあなたに忠告しに来たの」

「忠告ぅ? もうレグルスは退学だからかまう必要ないってか?」


 茶化すレイトに詰め寄ると凛とした声で言った。


「この学園は王国が管理しているの。あまり不正だって騒ぐと王国を相手に戦うことになるわよ。暴力が振るいたいのなら剣術の授業で発散したら?」

「クソっ!! おいクズ!! 覚えとけよ!!」


 挑発的なアンジェリーナの物言いにいらだったように捨て台詞を吐くとレイトは肩をいからせて去っていった。


「収まったことだし私も先に教室にいくわね」

「お、おう……」


 アンジェリーナも我関せずといった表情で去って行ってしまった。


 マジでなんだったんだこの人。単に面白がっているだけか?


 考え込んでいると予鈴が鳴り、俺たちも急いで教室に向かった。

 ちなみにシュヴァリエはこの後数十分口をきいてくれなかった。


 なぜ?


──────────────────────────────────────


【あとがき】


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