第21話 えっと、風呂?
「ねえ振り向きたいんだけど……」
「ダメです。変態」
むき出しの背中に痛身を感じるほど鋭い視線が刺さる。
「……何が欲しいんですか」
「自由に動き回る権利──じゃなくてシャンプーとってください」
「その頭切り落としますよ? ほら取ってあげますから絶対に動かないでください」
ペタペタとこちらに向かう足音がかすかに響く。
シュヴァリエとの添い寝をした翌日、起こしに来たデュネブによって俺たちはそのまま風呂場に放り込まれた。
あの執事曰く──
「もはや愛し合う二人なのですから腹を割って話あう場も必要じゃないですか? だったら裸の付き合いでしょう!!」
エロおやじ並みに気持ちの悪い鼻息だった。
「日本人でも男女で風呂に入ることは通常ありえないんだって。あのエロ執事、あとで縛り上げるぞ……」
「なんか言いましたか?」
「いや、何でもない。ありがと」
真後ろから差し出されたシャンプーの瓶を手に取り、顔を上げた。
そう、これは偶然だったのだ。決して今なら見れるかもとかそんな邪な思いはなく賢者の時間ではあった。
「あっ」
「えっ?」
きめ細かく磨かれたタイル越しにシュヴァリエの肢体があらわになっていたのだ。
タイル越しに目が合い二人して固まってしまう。
その間にも俺の目からはシュヴァリエのすらりと伸びた脚、バスタオル越しでもわかるほどメリハリのついた体つき、年相応よりは豊かな双丘を捉え続けてしまう。
もちろんのぼせた以外の理由で真っ赤に染まった顔も。
「早く頭下げてください!!」
本能的に危険を感じて頭を下げた俺のすぐ上を桶が通り過ぎ、壁に当たるとそのまま俺の頭に当たる。
「見ました? 見ましたよね?」
底冷えのするような声でシュヴァリエが静かに聞いてくる。
いや、と答えようと思ったけど余計怒らせそうなので正直に謝ろう。
「すまん。見えた」
俺にとっては時限爆弾を前に拘束されているときのような緊張感のある沈黙が続く。
「あのー、シュヴァリエさん? 返事くれません?」
呆れたようなため息とともに返事が返ってくる。
「怒ってないですよ。こんな状況にしたのはデュネブさんですし。それに」
「それに?」
ペタペタと足踏みする音が数回響く。
「それに、婚約者ですから……やましいことはないでしょう?」
そう言うと俺の頭を掴み後ろを向かせる。
互いの息遣いが聞こえるほどの至近距離から見つめるシュヴァリエの顔はゆでだこのようになっていた。
多分だけど俺も同じ顔してるなコレ。
「でもだからと言っていやらしいのはナシですからね」
とは言われつつも俺の目線はほんのり赤く染まった胸元に吸い込まれていき──
「どこ見てるんですか」
「い、いや男子の本能というか30歳で魔法使いになりたくない願望というか」
わたわたと言い訳を始めた俺に再度ため息をついてシュヴァリエは湯船の方に歩いて行ってしまう。
「そうですねあなたの才能なら魔法が使えるまでにそれくらいの時間はかかりそうですね。ですけどそれとあなたがいやらしいことに何の関係があるんですか?」
「いや、まあ忘れてくれ」
桶に溜めた湯で全身を洗い流し、俺も湯船へと向かう。
「っあああ~生き返るぅ」
「あなたが言うと嘘に聞こえないのが不思議ですね」
まあ、今のところ戦闘のたびに生き返ってるからね。
全身を包み込む温かさに身体の芯まで溶けていきそうになる。
チラリと横を見ると恍惚とした表情で堪能しているようだった。
「レグルスさん?」
やっべ、見てたのバレた。
「そうではなくて、その……レグルスさんはそういうこと、したいですか?」
夜の話はシュヴァリエがちゃんと俺のこと知ってからでいいんじゃない?
「めっちゃしたい」
「ふえっ!? え、ちょ、えぇ?」
本音と建前が反転したわ。えー、社会的に死ぬかもです……。
シュヴァリエも突然の告白に金魚みたいに口をパクパクさせているだけで声を発せていない。
「えーっと……そういうのはシュヴァリエがしたいときに、ね?」
「今更取り繕ったって遅いですよ!! でも本音が聞けたのはよかったです。どうしようもなく変態だと分かったので」
くっそ、今のキモかったなって自覚してる分反論しづらい……!!
シュヴァリエは胸元のバスタオルをキュッとつかむとそっぽを向いて、
「でも、女として見てくれていたのは、少し……いえ、何でもありません!! さ、先出てますねっ!!」
そう言うと水を滴らせながらいそいそと風呂場から出て行ってしまった。
突然挙動不審になった彼女にあっけにとられた脳を落ち着かせるように肩まで湯に沈める。
このエロゲの世界には一つ欠陥があるかもしれないな。
「まじで好感度がわかんねぇ……」
もう、学園の入学試験も始まる。
シュヴァリエと険悪ムードで入学は……しなくないな。
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【あとがき】
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