第20話 これから 二人で

 シュヴァリエがこの屋敷に来てから初めて入った彼女の部屋は意外にもぬいぐるみなどであちらこちらがきれいに装飾されていた。


「私なんかがぬいぐるみを飾ってて悪いですか」

「いやいや、そういうわけじゃなくて」


 ただ意外に思っていただけなのだ。


 さっきの好意がらみの話と言いここまで少女らしいとは思っていなかった。

 俺への態度といい貴族や自分自身の役割に対する生真面目さといい、言ってしまえばお堅い性格だと思っていた。


 そういえばシナリオ中でも勇者にはデレデレだったっけ。

 でもここまで乙女ってのは知らなかった。


「人の部屋をそんなにじろじろ見ていないでなんか言ったらどうなんですか」

「あ、ああごめん」

「やっぱり、私みたいな人間がこんな部屋に住んでいるのは変ですか……?」


 不安げに目をそらしながらシュヴァリエは聞いてくる。


「いや、ただ女子の部屋に入るってことに緊張してんのと……あと、純粋に可愛いところあるな、って」


 俺も目をそらし、なんとも言えない空間が出来上がった。


 さーて、気まずいぞぉ。

 俺がキス未遂なんてするから余計気まずい。


「そ、それで俺に伝えたいことって?」

「え、と、まずは座ってください。立ち話もなんですから」


 ベッドに座ったシュヴァリエに促されるまま、俺も隣に座る。

 正面を向いていて顏こそ見えていないものの明かりの元、二人の顔が赤く染まっていることは感じ取れていた。


「まず、お詫びです」


 そう言うとシュヴァリエは俺の前に立ち目礼した。


「あなたの気持ちを疑っていました。ごめんなさい」

「いや、いいって。婚約した経緯が最悪に近かったから疑うのも無理ない」


 堅苦しい。けどこれで彼女の気持ちが整理されるんだったら受け入れよう。


 閉じていた眼を開くとまた彼女と目線が合わなくなってしまった。


「そこまで、私のこと……いえすいません。今のなしで」

「そうだよ? 人前でキスしようとするくらいだけど?」

「なっ!? また平気な顔してそういうこと……」


 少しからかってやると耳から蒸気を吹き出す勢いでシュヴァリエの顔は赤く染まって固まってしまったしまった。

 耐性がないのがまた、なんとも愛らしい。


 シュヴァリエは咳払いをして続けた。


「ですが、すみません。私の気持ちはまだわからないです。あ、えと、別にあなたのことが嫌いとかそういうわけではなくてですね……!」


 慌てたようにわたわたと手を動かす。


「大丈夫だから落ち着け」

「うっ、すいません……」


 ぎこちない動きで俺の隣にちょこんと座りシュヴァリエはこちらを見上げた。


「しょ、正直に言うと私はまだ男性経験はありません。舞踏会も貴族の会合にすら父親の反対で行ったことがありません」


 まああの過保護な父親だしな。娘を誰にもとられたくないという怨念めいた意志を感じる。

 それでもシュヴァリエを俺と婚約させたんだ。断腸の思いだっただろうな。


「男性というものがわからなかった。恋愛、お付き合いというものがわからないんです。だからこそ距離を置こうとした」


 シュヴァリエはゆっくりとその手を俺の手と重ねた。

 俺より少し冷たいその手はまだ怯えているかのように小刻みに震えている。


「でも、そんな無知な私を、レグルスさんは粘り強く接してくれました」

「そりゃ婚約者だし? 好きな人と話してるのに萎えるとかないからね」


 事実としてシュヴァリエはゲーム内の推しではない。

 でもこうやってこのゲームの世界で暮らしているうちに好きになっていた。


 身をもって痛感したけど推しと好きな人は分類が違うのだ。


「結論から言います。私はあなたの押しに負けました。どれだけ距離を置こうと思ってもあなたが話しかけてくるたび胸の奥がむずがゆくて……逃げられませんでした」


 突然視界が90度回転した。


 目の前には視界いっぱいのシュヴァリエの照れたようにはにかむ顔。


 彼女の生々しい息遣いに俺はのどを鳴らした。


「これが私の気持ちです。互いの体温を感じるのは……お預けです」


 そう言うとシュヴァリエはいたずらっぽく微笑んだ。


「これが気持ちならさん付けはもうやめてもいいんじゃない?」

「そうですね……じゃあ、私に恋を教えて。レグルス」


 身体は重ねず、ただ手だけは強く重ねてとろけるような時間に沈んでいった。


──────────────────────────────────────


【あとがき】


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