第18話 子煩悩は尋問官としては怖い部類に入る

 紙の中央に堂々と書かれている『転生者』の文字。


 いつばれた?

 転生者だということはデュネブにもシュヴァリエにも明かしていない。

 唯一転生者だと知っているのはレグルスのみ。


 情報が洩れるはずはない。


 性格が変わった、『クジラ』や『エコー』の知識があることが手掛かりになったか?

 だとしてもこの世界の住人に転生という考えは浮かばないはずだ。


「どうしたのかね? 早く答えてくれたまえ。親子水入らずの時間が短くなるじゃないか」


 ルイから催促されるが思考がまとまらない。


 俺を転生させた奴がこの世界にいる可能性もあるか……。

 だとしたら転生者だと明かすメリットは?


 ダメだ手掛かりが少なすぎる。


「そんなもの、初めて聞きましたよ」

「ほう。では性格が変わったのは嘘か」

「どこかの賊に襲われたので自衛するために努力しているだけですよ」


 ここはあくまで現地人の振りで誤魔化そう。

 相手は貴族社会の猛者様だ。一般人だった俺の嘘がどこまで通用するかわからないけど。


 重苦しく立ち込めた空気の中、無言でにらみ合う。


 値踏みするように俺の全身を眺めるとルイの目がほころんだ。


「やはり君にシュヴァリエを嫁がせて正解だった。まだ入学前のお子様のくせして大人に負けない胆力! 努力の跡をにじませる筋肉! 私の思った通りの人材だ!」


 悠然と拍手をしながら俺の目の前に立つ。


「君を襲いに行った奴らが返り討ちに会うのも頷ける。その筋力、精神力だけでなく魔法も使える君に適当な輩が敵うわけがなかったのだよ」

「何が、言いたいんですか」


 俺の目の奥を覗き込むように顔を近づけると踵を返しデスクに戻っていく。


「君がそれだけ優秀な人材になったというわけさ。そんな君に一つ忠告だ」


 デスクの上で組んだ手で表情が見えない。


「シュヴァリエを全力で守れよ。小僧」


 地を這うような低音が腹の底まで響く。


 本気だ……! 本気で子煩悩の父親になってる……! 


「今この会話すら盗聴を疑わなければならない立場なことを自覚してくれたまえ。シュヴァリエだけは守れよ婚約者」

「何をいまさら。そのくらいの覚悟はとっくにできています。賊に詳しいあなたに言われるまでもない」


 ルイは少し眉を顰めてつづけた。


「勇者よりは使えるようだな」

「ゆっ……!」


 思わず引きつってしまった俺の顔を見てルイは満足そうににやりと笑った。


「その顔が見れただけこちらとしても収穫はあったな。もういい。下がりたまえ」


 ルイがそう言うと察知したかのようにドアが開いた。


 確実に使用人にはこの会話が聞こえていたということか。


 一礼して退出すると応接室前の廊下にはなぜかニヤついているオリオンと耳まで赤く染めた顔を両手で多いうずくまっているシュヴァリエの姿があった。


「あそこまで言い切るなんてねぇ。男前ですよぉレグルス君」

「何あの父親……もういや……地下室に籠りたい……」


 なるほどこいつらにも聞かれてたわけだ。


 あっぶねぇぇ!! シュヴァリエは戦力なんで守るわけがないっていうとこだったあっぶねぇ!!


「ま、まあ娘の心配するくらい許してやってよ」

「なんでそこまで寛容なんですかぁ」

「婚約者だし?」


 ぴしりとシュヴァリエの身体が固まる。


「平気でそんなこと言わないでくださいー!!!」


 そう叫ぶとシュヴァリエは廊下の奥へと走って行ってしまった。


「人たらしの才能もありそうですねぇ。俺はシュヴァリエさんを追うのでそこの御仁とお話しなさってください」


 オリオンが目線を向けた先には妙齢の女性がたたずんでいた。


「初めましてレグルス・クレイモアさん。わたくしはシュヴァリエとカールの母、マリー・フォーマルハウトと申します」


 そう言うとマリーと名乗る女性はスカートのすそをつまみ優雅に礼をした。


 確かに大人びてはいるが顔の作りがシュヴァリエと似ている。


 でもこの人の全身から漂う大人の色香と妖艶な笑みはシュヴァリエには合わないだろうな。


「お話といってもたった一つお伝えしたいことがあるだけですのでそう身構えないでください」

「はあ……」


 またシュヴァリエをよろしくだとかそんな話だろうと気の抜けた返事をしてしまった。


 なんとも間抜けな顔をしていたであろう俺にふわりと微笑みを返す。


「あなたの家の牢獄にいる子、元気にしてる?」

「え?」

「あの子も女の子なんだから丁重に扱ってあげてね」


 なんで『エコー』がうちの牢獄にいることを知っているんだ?

 警備隊にスパイ? いやガニメデスのことがあってから身辺調査は全員に行ったはず……。


「なんでって顔してるわね。秘密に決まっているでしょう。あの子だってまだまだ前途有用な子なんだから匿ってるだけじゃ取られちゃうわよ?」

「なんでそこまで胡散臭いんですかね」


 情報の出し方下手くそじゃない?

 これでこの家が元凶だってばらしてるようなもんなんだけど。


「あなたじゃ何も成せないからよ。実際、あなたは守ることしかできないでしょう?」


 唇をかみしめることすらできない。

 確かに守ることに目を向けてきて攻めることなんてはなっからあきらめてた。


 けど……!


「防御は最大の攻撃なんですよ。攻めてくるならさっさと来いよ。俺が全て守り通してやる……!」

「ふふっ、せいぜい守り続けてみなさいな。それだけしかできないのだから」


 嘲るような、背伸びする子供をあざ笑うかのような笑みを残してマリーは廊下の奥へと帰っていった。


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【あとがき】


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