第11話 そう。ただのデートだったんだ

 朝の素振りを済ませ身支度を整えて玄関で待っていると以外にも素直にシュヴァリエも出かける準備を整えてやってきた。


 シンプルな柄だが高級感を漂わせているスカートにブラウスで着飾ったシュヴァリエは何歳か大人びて見えた。


「辛辣に断りに来るのかと思ってた」

「フォーマルハウト家の者に二言はないとお伝えしたはずです。行きますよ」


 そう言うとむっすりとした顔のまますたすたと馬車へ乗り込んでしまった。


 服装とか髪型褒めると女子は喜ぶなんて記事をどっかで見た気がする。あとで試してみるか。


 二人で楽しまなくちゃ意味ないからね。


 ちなみに今日のデートの目的地はクレイモア領で最大の商業都市テルミットだ。デュネブによると市場から商店街、冒険者ギルドまで一通りそろっていて買い物ならここ! といった場所なのだそうだ。


 単純に行ってみたかったのもあるけど、何よりシュヴァリエに遠慮しなくていいことを伝えたかった。

 ここに来てからというものの古くなったシャツを新しくしたりだとか何かを買ったりだとかいうことをしているところを全く見ていない。

 本人が倹約家ならいいけど遠慮した結果そうなっているのだとしたら申し訳ない。


 だからこそ是が非でも連れてこさせたかった。

 朝のことは棚上げしとく。完全な出来心です。ハイ。


 馬車の中ではあまり会話することなくテルミットに到着する。


「どこ行く? 行きたいところある?」

「いえ。別にありません。あなたについてきただけですから」

「そう? 遠慮なく言ってよ? 付き合うからさ」


 そんな俺の申し出に対しシュヴァリエは少し考え込むしぐさをすると、


「そうですね。針が欲しいですね。二度と私に話しかけてこないようにその口を縫ってあげます」


 おーう。辛辣ぅ。まあそんなことしてきたら背中のデュランダルで精いっぱい抵抗しますけど。


「その提案は賊のほうに投げといてもらって。そうだな……昼時だし市場で食べ歩きでもする?」

「私はいらないのでどうぞご勝手に──」


 ぐぅー

 盛大にシルヴィアのお腹が鳴る。


「大丈夫。ちゃんと二人分買うから」

「は、恥ずかしい……」


 一向に顔を合わせなくなってしまったシュヴァリエを連れて市場に到着すると人々の熱気と共に道の両端いっぱいに連なった屋台から食欲をそそる匂いが漂ってくる。


「さすがに海鮮はないけどおいしそうなものばっかだな……何食う? やっぱ肉?」

「もう口に入るなら何でもいいです……」


 さっきお腹が鳴ったことをまだ気にしているのかシュヴァリエは急にしおらしくなってしまっていた。


 適当に目についた焼肉の屋台めがけて彼女の手を引いて向かっていこうとした矢先、何者かが正面から勢いよくぶつかってきた。


「わっ!?」

「うおっ、と大丈夫?」


 ぶつかってきたのは歩き売りをしていたらしい少年。

 ぶつかった衝撃で商品の肉の串焼きも無残に地面に散らばってしまっていた。


 少年は俺と目が合うや否や慌ただしく土埃を立てながら跪いた。


「き、貴族様ぁ!? もも、申し訳ございません!!! なんとお詫び申し上げたらよいか……あ、腹切ります!!」

「いやそんな修学旅行の班長決めみたいなノリで死のうとしないでくれる!?」


 この世界の住人はしくじったら死ぬ文化でもあんのかよ。


「ああ、ありがとうございます!!」

「いやいや、気を付けてなかった俺も悪いし、君の商品無駄にしちゃったしね。地面に落ちた分と2つ無事なやつ買うよ」


 お代はいらないとの提案を無視して正規の値段を支払って串焼きを買い、ほおばる。

 さすがに現代日本の肉ほど柔らかくはないが牛や豚とは違ったうまみと脂が噛むたびに口の中に広がって、高級品だと思えるほどだった。


「そういえば君、名前は?」

「ケプラーです。貴族様、この度の寛大な処置心より感謝します」

「貴族様は仰々しいって」

「ではなんとお呼びしたらよろしいのでしょうか?」


 そっか、レグルス引きこもっていたから顔見てもわかんないのか。


「レグルス・クレイモア。よろしく」


 俺が名前を口にした瞬間、その場全てが凍りついた。

 屋台の店主も道行く人も俺の声が届いた範囲にいるすべての人間が一斉にこちらを向いた。


 肉の焼ける音だけが無遠慮に響く。


「あの、レグルス様だ……」

「まずいな。あの少年も殺されるよりも恐ろしいことをさせられるぞ……」

「早く離れよう……命がもったいない」


 硬直がとけた群衆のささやきが大きなどよめきとなって市場に広がっていく。


 呆然としている俺の前にシルヴィアが回り込む。


「あなた、ご自身の身分、評判を忘れていませんか? 今までにご自身がなさってきたことをお忘れなきよう」


 使用人の理不尽な解雇、奴隷ともども処刑した奴もいたはず。

 彼らはただ働きに来てくれた市民だ。そんな人たちをレグルスは手にかけてしまった。


 その悪評と恨みがこの空間を、民衆を支配している。


 ただ俺は違うと伝えたい。


「今ここでも、今後いかなる時でも誰にも手出しはしない! 過去の罪は消えることはないことはもちろん理解している。償いもする! ただここで言わせてほしい! 申し訳ございませんでしたぁ!! もう二度と行わないと誓う!!」


 レグルスの悪行はいまや俺の罪でもある。この身体がある以上俺が償わなければならない。


「口先だけで……」

「大丈夫なの……?」


 信用するわけがないか……。

 なら!


「これでも信用できないか!?」


 背中のデュランダルを引き抜き手首に刃を当てる。


 滝のように赤黒い血液が流れ落ち地面に吸い込まれていった。


「俺は俺の命をもって誓う。これでも信用できないか?」


 ざわめきが広がるだけで返答は聞こえてこなかった。


 これがだめならスキル暴露覚悟で一回死ぬかと首筋に刃を立てようとしたところ、


「僕は、ケプラーは信じます。あなたには落ちている商品の代金までお詫びとして払うまでの良心があると分かりました。僕はその良心を信じます」


 ケプラーの独白で静まり返った場が再びざわめき立つ。

 しかし、そのざわめきの中に否定的な雰囲気はなくなっていた。


 一人、また一人と普段の市場の雰囲気に戻っていく。


「すまない。君に責任を押し付けるような真似をしてしまって。でも助かった!!」

「いえ! でも僕が信じていること忘れないでくださいね? 腹切りますから!」

「だからやめて!?」


 そう言い残してケプラーは去っていった。


「レグルスさんってずるいですね。命かけても生き返るじゃないですか」

「そう? でも命かけてるのには変わりないし、死ぬの結構痛いんだよ?」


 シュヴァリエはそう言いながら俺の真横に立った。

 そう。命かけていることには変わりはないし。


「でも少し見直しました。ちゃんと人に寄り添う姿勢を見せてくれたことはうれしかったですよ」

「ならよかったよ。さて、次だ次! デートなんだから楽しまないと!」

「だからデートじゃないですって」




【???視点】


「いやーびっくり仰天。まさか本人がいるなんて。それもフォーマルハウトの『剣姫』を連れてだなんてねぇ。お熱い」


 じめじめした路地裏の壁にもたれながら僕は思わずつぶやいてしまっていた。


 あのレグルス・クレイモアが、人前に姿を現さない彼が街に出てきているなんて。

 おおかた家の者に外に出ろとか言われてしぶしぶ出てきてさぞかし不機嫌なんだろうな、なんて思っていたけど想定外だった。


「彼、優しかったんですけど、どう思います? 僕的にはもう少し観察していてもいいんですけど『先駆者』スカウト的にはどうします?」


『先駆者』スカウトと呼ばれた彼は僕の目の前の壁にもたれかかりそっと目を閉じたまま動かない。


「あのーなんか言ってください? 一応僕たちにも任務ってものがあるんですよ?」


 全身真っ黒な服を着ているのもあり目を凝らしていないと路地裏の暗がりに溶け込んで見失いそうになる。


 しばらくじっと見つめているとようやく彼が口を開いた。


「『クジラ』と『エコー』を向かわす。帰るぞ」

「僕は彼女たちにレグルスの位置を伝えに行くので先帰っててください。あ、焼肉の串いります? 転んだ時奇跡的に残ってたやつですけど」


 彼は僕のやさしさまでも無視して街に消えていった。


──────────────────────────────────────


【あとがき】


少しでも「面白そう!」「続きが気になる!」「期待できる!」と思っていただけましたら


広告下から作品のフォローと星を入れていただけますとうれしいです。

是非作者のフォローもお願いします!!


読者の皆様からの応援が執筆の何よりのモチベーションになります。


なにとぞ、よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る