第10話 婚約って、なんだっけ?

 翌日、朝の素振りために裏庭に向かうと人影があった。


「もっと……もっと速くならないと……あの極悪人に負けたままではいられません」


 そう呟きながらシュヴァリエは一心不乱に剣を振っている。


 極悪人って言われてるけどお前本当に何したの? 評判最悪じゃない?


『無能な奴にかまっている暇がなかっただけだ。どうせそいつらが不当な解雇だの言いふらしているだけだろう』


 100パーセントお前が悪い。

 その使用人たちの生活を一言で壊していった罪は重い。


 仕事探すの大変なんだぞ!


「独り言を言っていないでこっちにきたらどうですか」


 声に出てたか。変な人じゃん。


「や、やあ。朝早くからだなんて真面目だね」

「あなただって鍛錬しに来たのでしょう。格好を見ればわかります」


 確かに少しゆったりとしたシャツとパンツを着ていた俺の格好からは運動しに来たことがありありと分かる。


 こっちに来いと言われるがままシュヴァリエの隣で木剣を振り始める。


「なんで隣で振り始めるんですか!?」

「いや、こっちに来いって言われたからなんだけど」

「だとしても近すぎませんか!?」

「努力する人の近くにいるとやる気が出るって言うじゃん? そういうことよ」


 シュヴァリエは俺の顔を見つめて、呆れたようにため息をつくとあきらめたように剣を振り始めた。


 細かくステップを踏みながら舞のように斬撃を繰り出していく。

 巫女の神楽のように厳かで、騎士の剣技のように苛烈な攻撃。


 間近で見つめていると吸い込まれるような芸術性があった。


「なに見てるんですか」


 俺の視線に気が付いたのかむすっとした顔でこちらに剣先を向けてきた。


「いやあ、きれいだなぁ、って」


 実際参考にしたいくらい正確な剣筋だ。基本的に我流の俺とは違い一つ一つの動きに意味がある。

 よほどいい環境ですさまじい努力をしてきた痕跡を感じて素直に尊敬してしまう。


 そんな俺の意志とは裏腹にシュヴァリエは耳まで真っ赤に染めて、


「そ、そんなこと言ったって私がっ、なびくと思ったら大間違いですからねっ!!!」


 と言って、照れ隠しのようにまた剣を振り始める。


 邪魔したかなと少し罪悪感を覚えながら俺も素振りを始めた。


 ☆


「あのさ、今更なんだけど今日一緒に出掛けるんだよね?」


 デート当日に朝から二人して汗だくになっている事実に疑問を感じ始めていた。

 匂いや疲労などデートにとってはマイナスになることだらけなのに二人して真面目に日課をこなしてしまったらしい。


「そうですね。あなたが勝手に決めた外出当日ではありますよ。そうです今ここであなたを打ち負かせば出かけなくてよくなるのでは?」

「待て。待てって!! 試合ならするから木剣振り上げるなァ!!」


 俺に届かない脅し目的の一撃。

 彼女もそれをわかって全力で剣を振っていたはずだ。


 だが俺が前に出た。


 ガッという鈍い音と共に俺の命は一瞬で亡くなった。


 当たる間際レグルスが何か叫んでいたようだったけど無視しておく。

 これは俺の意志でやったことだ。誰にも文句を言う権利はない。


「何やってるんですか!? なんで首が折れ曲がったのに生きてるんですか!? あなたは何がしたいんですか!? もう……何もわかりません……!!」


 俺に駆け寄ってシュヴァリエは泣き崩れた。

 さすがに混乱させすぎたか。トラウマになってないといいけど。


「せいっ」

「ぷぎゃっ!?」


 復活のデコピン一発!


 尻餅をついたシュヴァリエは目を白黒させていた。


「え!? ふぇ!? どういうことですか。なんで? 殺してしまったはずじゃ……」

「一度生き返る。それが俺のスキル。これで俺に対する不満を解消できると思ったんだけど」


 堤防決壊秒読みの彼女の目を見る限りそうではなかったみたい……ですね。

 ま、まあ死亡フラグの回収になってればいいかな! 


 何とかごまかしてみても罪悪感と脳内のレグルスからの説教が止まらない。


「なんで……なんで私にそこまでするんですか!? 私たちは親に利用されただけなんですよ!?」

「だからだよ。親の決定だから勝手に分かれることもできないでしょ?」


 俺たちは偶然引き合わされた身だ。その間に恋も愛もあったもんじゃない。

 だからこそシュヴァリエはお互いに気を使わないように離れようとしたのだろう。


 それに親の考えとしてはほぼ人質のような扱いでシュヴァリエを俺と婚約させることでフォーマルハウトからの工作を防ごうとしているはずだ。


 となるとシュヴァリエのスタンスでは根本の解決にはならないし親同士の思惑すら潰してしまう。


「だったら仲良くしといたほうがよくない? 助け合えるんだからさ。その最初の一歩として俺のスキルを見せてあげたってわけなんだけど……」

「だったら先に言ってください!! もう、私の心配した心返して……」

「だって敵でもない人を殺すなんてできる性格じゃないでしょ?」


 そう言うとシュヴァリエは目を真っ赤にしながら屋敷に戻っていってしまった。


「この責任は取ってくださいね!? もう……何もわからないんです……」


 ☆


『貴様、俺の身体をないがしろにするな。なぜなれ合う? 敵の娘だ。利用するだけ利用すればいいだろう』


 そうはいかないんだな。

 こちらに情がない状態で利用していた場合の裏切りが怖い。物理的な死は防げるけど社会的に殺されたら俺はまだ何もできないんだよ。


 それにこのゲームをやりこんだ人間としてメインヒロインは仲間に引き入れたいだろ?


『知らん。色ボケが』


 手あたり次第手を出してたお前よりはマシだろ。


──────────────────────────────────────


【あとがき】


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