side A-2

交わる運命(上)

 ――我ながら、とんでもないプロットを書いたものだと思う。

 爆散とは言ったけど、ホントに爆発したわけじゃなくてさ。こう……投網みたいにぶわーっと広がった肉の膜が、叫ぶ気力すらなくした人間に絡みつく様子を視覚的に表現したかったんだ。

 で、エサを包み込んだ〈モートレス〉は何度も何度も頭を振り上げ、もがく男子生徒を丸呑みしようとするわけですよ。コモドドラゴンの捕食風景、見たことある?


「きゃああああああああ!」

「チッ……七海!」


 工藤さんの絶叫とほぼ同時に、スナイパーライフルが火を噴いた。ガラスが割れるけたたましい音がして、せり上がったムカデの胴体に小さな穴が開く。

 人間でいう頸動脈けいどうみゃくにあたる部位を、高野さんの弾丸は正確に穿うがった。標的に一言も発する余裕を与えず、小さくも致命的な傷口から湧き出る真っ赤な噴水で床に大きな池を作る。

 怪物が獲物を口にくわえたまま床に倒れ伏したのを見て、〈エンプレス〉はようやく鈴歌たちに注意を向けた。


『あら? あらあら? お久しぶりね!』

「高野さん、気づかれた!」

「分かっています!」


 一発。二発。無理やり抑え込まれた発砲音と、次弾を送り込むたびに響くボルトハンドルの機械的な音、赤レンガでできた半屋外の通路にから薬莢やっきょうが落下する軽やかな音が不穏なハーモニーを奏でる。

 ここで少し前のシーンを思い返してほしいんだけど、高野さんのライフルは現実に存在する実銃じゃない。だから当然、実弾なんて込められない。この射撃シーンは全部、〈Psychicサイキック〉とイマーシブMRで現実そっくりに再現された錯覚だ。

 〈エンプレス〉はその仕組みを悪用し、防御手段を編み出した。自身への攻撃はすべて仮想のものと仮定し、それが事実であった場合、相手の攻撃は打ち消される。実質的にほぼ無敵状態――って、何そのチート能力!?


『素敵な祝砲をありがとう、自衛官のお姉さん。この世界には慣れたかしら?』

「やはり着弾ヒットしませんか。のですが」


 うわー……全弾当たってるのにノーダメージだよ。声のトーンだけでナメられてるってわかるのがめちゃくちゃウザい。

 「特殊な空間だからって、実体がないものを撃ち抜けるのか」? そうだね、あたしもそう思うよ。プラズマ現象は元々物理で殴れないもんね。

 でも、やるんだよ。やっちゃうんですよこの人。オカルト一切信じないウーマン、幽霊にもゼロ距離射撃食らわすタイプなんで。


『あなたは高校生になったのね。おめでとう』

「お前に会ってめでたくなくなったよ」


 あとで聞いたら、工藤さんはすっかり戦意喪失した様子で、ガタガタ震えながら鈴歌にしがみついてたんだって。

 廊下のガラス窓をすり抜け、中庭に出て緩やかに明滅しながら近寄ってくる光を、前に立ちふさがった高野さんの背中越しに二人で見つめていたらしい。


『そちらの華やかな方は……ふーん。あのお兄さん、こういう子もお好きなのね』

「なっ、何? こっち来ないで、もうやだぁ……!」


 ふよふよ浮かぶ〈エンプレス〉が意味深なことを言ったその時、二階で窓が開く音がした。見上げた空に人影が飛び出し、軽やかな身のこなしで中庭のケヤキの枝に飛び移る。

 光の玉がそっちに注意を向けた一瞬を突いて、工藤さんが動いた。


「――なーんて、ね」


 鈴歌の陰からぱっと飛び出し、敵に向けて走り出す。完全ノーマークの人間に不意打ちを許した〈エンプレス〉は、持ち前の高速演算で工藤さんの次なる行動を予測した。

 想像力に頼った仮想攻撃は完全に無効化できる。「自分は人類よりはるかに優れた存在である」という理論武装――自己暗示という名の強烈な思い込みを展開している女帝にとって、彼女はただの雑魚。戦力外のはずだった。

 突き出されるまがい物は剣か、ナイフか。やれるものならやってみろ、と挑発するように激しく点滅を繰り返す〈エンプレス〉に向け、工藤さんは――


「食らえ、正義のななみんアッパー!」


 ……ピンクの花柄ネイルで飾った指を握り締め、鉄拳制裁を食らわせた。

 いやいや、あたしが一番びっくりだってば。箇条書きのプロットは「ギャルの機転で〈エンプレス〉の無敵状態解除」って書いてあっただけなんだよ。

 それがグーパン? アッパー? 無敵バリアを物理で殴ったぁぁぁぁぁ!?


『ん? 下が騒がし――ぶごッ!』

「フッ……こうして悪のメスガキは滅び、街に平和が戻ったのであった」

「まだ戻ってないし、流れ弾に俺のマネージャーはねられたんですけど。あ、概念武装を物理攻撃パンチ一発で粉砕したのは純粋にすごいと思う。そして怖い」

『死ぬかと思ったわ! AIだから死にようがないが!』


 光の玉は、大きく広がった木の枝の中に吸い込まれていった。その直後に上から降ってきたド天然のコメントに対して、工藤さんが顔を輝かせる。


「うぇ~い! 待ってたぜりょう、テッシー! イヤッホー!」

『おんしゃーもか工藤! 人のことを何だと……』

「へ? おい、セナ! 待っ――どわぁぁぁぁぁぁ!?」

「あ、落ちた」


 地上に向かった手代木さんを追いかけ、足を滑らせたりょーちんは二メートル超の高さから地面に転落した。

 木の根元に近い土の上で、うまく受け身を取ってケガは防いだみたい。まあ、ここで負傷したらあたしを助けに来られなかったもんね。


「はぁ……一体何をやっているんですかシャルル」

「俺だって木から落ちる時ぐらいあるんですー。つーかシヅ、フランス語かじってたからってミドルネームで呼ぶのやめてくんない?」

「なぜです?」

「俺の彼女じゃないから」


 鈴歌、よくこのくだりでツッコまなかったな。あたしたち、その彼女特権使ってる人と今朝会ったからね。しかも彼「女」じゃないし。


「お~、チャラ男らしからぬエモいお答え~」

めてるのかそれ?」

『そう聞こえるならメディカルチェックを推奨するぞ。それはそうと、そこの元天才中学生にこのパリピギャルとの関係を説明しておかないと、後々面倒に……』


 ――ぱしゃん。


 すっかり磁気嵐警報発令中ってことを忘れてたみんなは、水の跳ねる音で我に返った。初めはかすかに聞こえる程度だった水音が、次第に大きくなっていく。


『! 見ろ、あいつ……!』

「致命傷を負ったはずなのに、まだ立ち上がろうというのですか」


 大きく広がった血の池が、スライムのように波打ちうごめいている。床に手をつき、起き上がった奇怪な生物はそれを取り込みながら食事を再開した。

 力を振り絞って最期の抵抗を見せる男子生徒の身体が、肉でできた筒の中に消えていく。やがて彼を完全に取り込んでしまうと、化け物の先端が変形を始めた。


『こレ……で、フだり……』

「七海の報告では、彼らは三人組だったはず。もう一人の身が危険です」

「そいつはヤバいな。どうする? 自衛官さん」

「シャルルとポンコツAIは引き続き、特別任務の遂行を。自分が捜し出して保護します。七海は彼女と大講堂へ行ってください」


 肉の芽が盛り上がる。目ができ、鼻を形づくり、眉のあるべきところに毛が生える。巨大ムカデはうぞうぞと動き出し、二つに増えたヒトの顔を取り戻した。


「彼女、ではない。水原鈴歌だ」

「だからシャルル呼びはやめろって。それとも――」

「おっと、その先は地獄だぜ良ちゃん」

「ごちゃごちゃ言ってないで散りやがりなさいませ!」


 高野さんのめちゃくちゃな怒号が飛ぶ。その直後、さらに巨大化を果たした〈モートレス〉はガラス戸を突き破って中庭に侵入した。

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