交わる運命(下)

 どん、とお腹から伝わる衝撃が身体を揺さぶる。あたしはそこで、今しがた鮮明に見ていた光景が自分のプロットに沿った白昼夢だったことに気がついた。


(そうだ。あたし、りょーちんと合流して――小林くんと三人で〈モートレス〉から逃げてるんだった!)


 ここ、どこだろ? ケヤキの木があったさっきの場所とは違う、低木と小さな花壇を備えた中庭に見える。渡り廊下の屋根を越え、何度かバウンドしながらその隅に着地したあたしたちは、勢いをつけて隣のスペースに滑り込んだ。

 生タンサーフボードから降り立ってまず目についたのは、綺麗な赤レンガ張りの床。白い柱に囲まれた、大きな広場ピロティの中心にあたしたちは居た。

 中庭を挟んで正面に位置する図書室も「聖域」のひとつだ。窓際で心配そうにこっちを見つめる人だかりの後ろに、たくさんの本棚が見える。

 森を背にして左を見ると、どこかへ続く階段が上に向かって伸びていた。そして右側、短い階段を下った先には――


「澪! こっちだ、早く!」

「鈴歌!」


 頑丈そうな窓と三つのガラス扉を備えた、目的地の大講堂。その前で、大勢の生徒と教職員数名に囲まれた鈴歌が大手おおでを広げてあたしたちを待っていた。

 その後ろでは工藤さんが「ヘイ、コバっち! カモン!」と手招きしている。よかった、二人とも無事だったんだ!

 存在が示されたわりに、道中で一人も見かけなかった有志の防衛隊はここにいた。チェックポイントを死守するために集結し、あたしの到着を心待ちにしていたらしい。


「大講堂には二人で行け。俺はここで見張ってる」

「りょーちん!」


 地面に降ろしたあたしたちの背中を、りょーちんが軽く叩いて送り出す。その拍子に小林くんがうっかり名前を口にしちゃって、集まった人々の目が一斉にこっちを向いた。


「えっ? ウソでしょ、あれりょーちんじゃない!?」

「うわ、マジだ! 本人じゃん!」

【ちょっと宮城行ってくる】

「あちゃ~……バレたか。緊急事態なんで、サインはまた今度な!」

「ギャアァァァァ――ッ!」


 男子も女子も、先生までも、黄色い悲鳴で大騒ぎ。からの、弾幕コメントも加わってりょーちんコールの大合唱。そりゃまあ、知ってる有名人が目の前に現れたら多少は色めき立つでしょうけど、熱量おかしくない?

 ほらぁ、鈴歌もドン引きしてる。サッカーもイケメンも興味ないからね、あの子。この大声でムカデが目覚めませんように!


『おおっと、ここで大きな動きがありました! 保健室及び職員室、昇降口エリアで防衛作戦にあたっていた生徒会執行部が、当該施設を制圧した模様です!』

「一ノ瀬か。あいつ、強いな」

【りょーちんの知り合い?】

【男子(DK)か女子(JK)か それが問題だ】


 あたしたちを追って飛んできたドローンから吉報がもたらされ、再びわっと歓声が上がる。クエスト完了は目前だ、あたしがゴールにたどり着ければ。

 いつしか、全員が「頑張れ、新入生!」とあたしを鼓舞し、応援していた。体育祭のリレーで、アンカー同士の激しいデッドヒートでも見ているかのように。


『市川さん、ほかの現場はどうなっていますか?』

『B棟に突っ込んだ〈モートレス〉に、まだ動きは見られません。二ブロック先の中庭では、この個体と交戦した自衛官の女性が行方不明との情報があります』

『一番場慣れした奴が最初にオチる。ホラゲーあるあるだな』

「セナさ、それ本人の前でも言えんの?」

『……と見せかけてどこかに潜伏しているんだろう』

【りょーちんの威を借るテッシー(フラグ)】


 でも、できない。。主人公は得体の知れない不安を覚えて立ち止まるんだけど、あたしも今、まったく同じものを体感している。


文化班やくたたずは黙って退避しろ! 運動班は所定の配置に就け! 何をしている月代つきしろ、さっさと後輩を回収しないか!」

「小林! ゴールはこっちだ、その子を連れて走れ!」

「キャプテン!」


 青とグレーのサッカーユニフォームを着た男子生徒が、小林くんを呼んだ。左の肩口には黒の腕章。班長キャプテンって言ってたから、新三年生の先輩かな。

 ところで……さっきから指揮官がやけに上から目線で威張ってるように聞こえるんだけど、気のせいですかね。あたし、この口調でわめく約一名知ってるぞ。


「口だけで人を動かせるものか、バカめ! 回収しろと言ったら、普通は自ら出向いて連れ帰るものだろうが!」

【お 前 が 言 う な】

「そうですか。では、まず葉山先生が御自おんみずから手本を示されては?」

「へえ? テクニカルトラップからのオウンゴール誘発か。手堅く戦略的な戦い方をするディフェンダーとみた。できれば敵に回したくはないかな」

「! なぜそれを――いや、プロならお見通しか」

【プロだからじゃない りょーちんだからだよ】

「か、カッコいい……二人ともカッコよすぎて永遠に推せる!」


 やっぱり。トップが情緒不安定かつ暴走してるって最悪のパターンじゃん!

 もうちょいまともな先生いないの? あ、出てきたところでコイツ止められる保証ないか。こんな時、唯一対抗できそうなのは……

 ああもう、いっそりょーちんが先生だったらなー!


「うるさ――い! ラグビー・アメフト班、外に出ろ!」

「はい出た~、スクラム組ませて肉の盾にしようとするヤツ~。普通に嫌っス」

「弓道班、アーチェリー班、構え!」

「はぁい。差し当たって、先生の頭で試し射ちしてよろしおすか?」

【葉山全員から嫌われてて泣ける】


 すると、小さく白い光の粒が目の前をすうっと横切った。最初は気のせいかと思ったけど、数を増しながら空中を飛んでいるとなれば無視はできない。

 加えて、地面が小刻みに揺れ始めたことで一人、また一人と異変に気がつき、じわじわと気味悪さが場を支配していく。

 みんなは現物を知らずに怖がっている。だけど、原作者のあたしと白昼夢にいたメンバーはその逆だ。知っているからこそ恐れている。

 この光が集まりきって、ファイナルステージが始まることを。


「九時の方向だ! 川岸、撃て!」

「はっ、はい!」


 りょーちんの指示が飛ぶ。無駄だとわかっていても、撃たずにはいられない。

 これは銃だ、とあたしは自分に言い聞かせる。引き金を引けば、圧縮された高出力レーザーが標的を貫く。電磁砲レールガンと似たような原理だ。

 ……よし、自己暗示完了。落ち着けあたし、きっと大丈夫。


『ムカデ型〈モートレス〉が目を覚ましました! ゆっくりと体を起こし、大講堂のほうを見ています!』


 白い光は夢に見た球状じゃなく、ヒトの形をとっていく。背は低く髪の長い、スカートを身に着けた小さな子どものシルエットだ。

 両手で構え、狙いを定めて――。初めて撃った銃からは、電子スターティングピストルの音がした。

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