再会は突然に(下)

『解析終了。小林公望きみたか、お前はシロだ』

「小林くん!」

『記憶の混濁は、強い精神的ショックによるものと推察される。無理にでも忘れたくなるようなものを見たんだろうよ』


 やがて、手代木さんの報告を聞いた川岸の表情が和らぐ。自分も目が覚めたばかりでまだ混乱してるはずなのに、オレのこと気にしてくれてたのか。


『逆に言えば、ここにはついさっきまで〈モートレス〉のハツをえぐり出した者……俺たち以外の第三者がいたと考えられる』

「その誰かが小林くんを助けようとして、あんなことを?」

『そうとは言い切れない。相手の目的がたまたまこちらの利害と一致して、結果的に助けられただけという可能性もある』

「敵対はしてないけど、味方かはわからないってことですね」


 川岸の問いにAIはうなずき、指でメガネをずり上げた。


『ともかく、安全性の観点からここに長くとどまるのはよろしくない。迅速な避難を強く推奨する』

「おおお……AIパートナーって、そんなことまで言ってくれるんだ!」

『目の前の彼女は口が堅いか、ハニートラップ仕掛けてないか――アウェイでお忍び歓楽街まち歩きをする時の地雷探知パッシブスキルとしても使えるぞ』

「応用、もとい悪用の手本を示すなド変態!」


 マネージャーにツッコんだりょーちんはオレの手を離すと、「荒っぽいやり方してごめん」と頭を下げた。なんだこの状況? 最推しがオレに謝ってる?

 いやいや、なんでこんなことになってんの? 今、不可抗力っていうか、成り行きとはいえとんでもないことになってないか!?


「ちょちょちょ、何してるんですか! オレは大丈夫ですよ!」

「おまえは良くても、俺の気が済まないの。いいからおとなしく謝られとけって」

『良平が自分から〝ごめん〟だと? 今夜は街に桜エビが降るな』

「セナ、そのご当地ネタ返しは静岡限定だぞ。北限のしらすにアップデートしとけ」

『ツッコミどころそこなの!?』


 大人二人がわちゃわちゃしてる間に、川岸がポケットから取り出したハンカチでオレの涙と汚れた口元をぬぐってくれた。その仕草に細やかな気配りと優しさを感じて、ちょっとドキッとする。

 オレとしたことが……女子にカッコ悪いところ見せたうえ、汚い後始末までさせちゃったな。今度、新しいの買って返そう。


「少し、落ち着いた?」

「どうにか。出るもの出したら少し楽になった」

「小林くんも一緒に避難しよう。大丈夫、あたしたちは――」

「ここでは死なない、死なせない。なんだろ?」


 川岸が目を見開く。今朝の話、やっぱりマジだったんだな。

 あの時も言ったと思うけど、オレは自分が置かれた状況をうらんじゃいない。理不尽に立ち向かわない、変えられない、あきらめてばかりの大人に腹が立つんだ。

 オレは、あんな風にはならないと決めた。手近にあった机の脚をつかみ、天板へ手をつき、両腕に力を込める。

 高校一年、十五歳にしてちょうど一八〇センチに達したオレの身体は、一度動き出してしまえば思いのほか簡単に立ち上がった。


「ご心配をおかけしました。オレは大丈夫です」

「……おまえ、ホントに高一? なんかデカくない? デカすぎない?」

「りょーちんと五センチしか違いませんよ」

「その差がデカいんだっての。の座高から見上げたら巨人だろこれ」

「ショウ?」

「ん? ああ、俺の。サッカーファミリーってやつだよ」


 何か言いたそうな顔をしながらも、川岸は黙って話を聞いている。言葉をかけるべきか迷っていると、突然明るく場違いな校内放送のチャイムが鳴り響いた。

 状況が状況なだけに、鐘の音は新たな試合展開を予感させる。これから何がどうなるってんだ?


『ただいまより、宮城県立逢桜高校生徒及び教職員有志による、対〈特定災害〉防衛作戦を開始します』


 これ、磁気嵐警報や防災無線のサイレンと同じやつだ。何かとてつもなくヤバいことが起きようとしている。

 防衛作戦? 生徒と先生の共同戦線? 〈特定災害〉って、確か〈モートレス〉の別名だったよな。みんなで災害と戦おうってこと?


、構えてください。二方向から来ます」

「ずいぶん作家らしい面構つらがまえになったな、川岸先生。ちなみにこれ、時計の針に例えて『十時と四時の方向から来る』って表現するとよりわかりやすいぞ」

「おお、これまでで一番作家っぽいアドバイス……!」

「文系要素皆無のアクティブチャラ男が先輩風吹かしてすいませんね」


 おかしなことに、校内放送が始まってからりょーちんと川岸は急に意気投合しだした。この二人、なんでお互いを「先生」呼びしてるんだ?

 スポーツ系の専門書を中心に、りょーちん関連・特集の本は結構ある。そこに本人も何か出す感じ? 教えてくれたら予約しますよ!


手代木テッシーさん、テッシーさん。りょーちん、何か本書いたんですか?」

『浜名湖のヌシか俺は! そんなことより声を抑えろ』

「え~っ、教えてくれてもいいじゃないですか。自伝? 対談? 自炊レシピ?」

『聞こえなかったか? 騒ぐな、黙れ』


 最初は、あだ名が嫌で答えを拒否されたと思ってた。でも、女友達と黒板消しを持った最推しも「ちょっと静かにしろ」って顔してる。オレは何かほかに理由があるんだ、って悟った。

 二人はオレを挟んで背中合わせに立ち、目の前のガラス窓をじっと見つめている。ちょうどりょーちんが言っていた、十時と四時の方角だ。


「なんだよ、あれ……!」


 連絡通路に面した窓から、巨大な顔が迫ってくる。三つあるそのすべてが知ってる顔だ。なんで、どうして――。人面ムカデを前に、オレは言葉を失った。

 川岸が向き合う反対側、深い森のほうを向いた窓には、人間を何人も溶かして固めたような卵型の何かが張りついた。耳も目も鼻も本来あるべき場所になく、一つ一つのパーツのサイズもおかしい。

 こういうのはフィクションだからこそ刺激の強い楽しみになるのであって、実際に遭ったら恐怖以外の何物でもない。オレは身をもってそのことを実感した。


「そん、な――!」


 さっきはパニックで何も覚えてなかったけど、今は意識がはっきりしている。これは現実だ。ゲームみたいだけど、現実の出来事なんだ。

 こいつらが〈モートレス〉。オレの人生とこの町を台無しにしたヤツらか! 少し後ろに退がろうとした瞬間、よろけた足が近くの椅子に当たってがたんと音を立てた。

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