実況解説ライブ配信
「ひっ……!」
情けなく引きつった声が
教室の壁がミシミシときしみ、金属のレールも悲鳴を上げた。コイツら、オレとの再会を喜んでるんじゃない。エサを見つけて喜んでるんだ。
「先生、どうします?」
「これ貸すから、そのスコッチエッグに向けて目を離すな。俺がやれって言ったら撃て。うっかり誤射に気をつけろよ」
「安全装置のないシンプル設計……トカレフかな?」
『電子スターティングピストルです』
なんで銃の名前知ってんの? と若干引いてるテッシーの背後、川岸に迫る巨大な卵が太くてゴツい腕をにょきにょき生やし始めた。こっちも割れた窓から教室に入るつもりらしい。
「りょーちん、オレは――」
「小林は俺の後ろに。行くぞ、セナ」
『コード・セット。チャンネルオープン。生体リンク開始。人機並列演算――始め』
感動の再会からわずか数分後、最推しに死亡フラグが立った。そのAIパートナーも、何やらヤバげな呪文のようなものを早口でまくし立てている。
後ろには窓枠に指をかけた肉の
『思考加速化第一段階、限定解除』
「みんな、伏せろ!」
『窓が閉まりま~す。落とし物にご注意ください!』
前後で同時に悲鳴が上がり、血しぶきが視界を赤く染める。切断された触角が宙を舞い、
「うわぁああああ!」
「言ったそばから落とすなよ、っと!」
りょーちんは、オレが川岸をかばって床に伏せる間に素早く身体を反転。飛来物に対し、振り向きざまに右足を
持ち主に「返却」された手の指は窓を突き破り、持ち主の表面でむき出しになってる目玉へ命中。相手は血の涙と絶叫を
「川岸、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だから、その……離れて、いただけます?」
「わーっ! ご、ごめん! 重かったよな」
「ううん、ただ――ちょっと、ドキドキしちゃった」
ああ、これが吊り橋効果ってやつね。ピンチの時、居合わせた仲間に「異性」を感じるアレ。おおお、落ち着け小林
オレはすぐに飛び起き、りょーちんの背後から様子をうかがった。化け物二匹の絶叫に混じって、スピーカーから男女の声が聞こえてくる。
なんだ? こんな時に校内放送だなんて、重要なメッセージかもしれない。無心になって聞いてみよう。
『さあ始まりました、対〈特定災害〉防衛作戦! 本日はスペシャル版ということで、逢桜高校報道委員会の実況と――』
『バーチャルリポーター、市川晴海の解説でお送りします』
「……は?」
頭が真っ白に塗りつぶされる。考えようとする意志すら失せる、完全な無。聞こえてきた言葉の意味を、オレはすぐに理解できなかった。
市川晴海って、あのはるみんだよな? 完全自律型AI〈エンプレス〉に洗脳され、犯行声明を出した青葉放送の人。
あの人も生きてたのか。洗脳は解けたのか? そもそも、なんでこんなことしてるんだ?
『まずはB棟、第一演習室から。FC逢桜ポラリス・佐々木シャルル良平選手、要保護対象二人を抱えての飛び入りキックオフです!』
『きゃーっ! りょーちーん!』
「なんでプロが高校生より雑なコメントしてんだよ。仕事しろ解説者~」
『まったくだ。おひねりの
解説者? おひねり……って、確か投げ銭のことだよな。まさかこれ、どこかにライブ配信されてるのか!?
混乱するオレの前を【始まったな】と書かれた文字が流れていく。それを皮切りに【くるぞ】【試合開始】【やらまいか佐々木!】みたいに、動画サイトで見るような弾幕が右から左へガンガン飛んできた。
下の方には、ちょっと長めのコメントと投げ銭を知らせる通知がずらり。冗談じゃない、人の生き死にがかかってるんだぞ!
『はっ……! 失礼しました。見事なコンビネーションの先制攻撃でしたね』
【速攻きたああああああ】
『今の一発、市川さんはどう見ましたか?』
『自動開閉装置を使った手代木氏の窓ギロチンから、りょーちんのクロスカウンターミサイル。人とAIのチームワークを感じさせる痛烈な一撃です』
なのにそれを、面白おかしくエンタメ化するなんて……
【窓ギロチンは草 テッシーえげつねえ】
【クロスカウンター……ミサイル……?(困惑)】
『だから、テッシーって呼ぶなァァァ!』
みんな、そんな状況に乗り気だなんて……
『数的には試合より緩い包囲網だが、突破できそうか?』
「
【りょーちんの富士
【これは本気モードですね】
――最ッ高に、テンション上がるじゃねーか!
「【りょーちん! 行けぇぇぇぇぇぇ――!】」
最推しの右手で、空色のしるしが光った。五つ与えられたはずのひし形は、すでに一片が欠けている。
背中に11番と「CHARLES」の名が
【嘘だろ りょーちんの〈五葉紋〉欠けてる】
【
【マジか シャルルってそう書くんだ】
左の肩口に巻かれているのはキャプテンの証、蛍光色の黄色いバンド。紺のハーフパンツには星の図柄と背番号。靴下に黄色い星のワンポイントをあしらう可愛いアイデアは誰が考えたんだろうか。
『敵が鎌首をもたげました。頭突きで壁ごと破る気でしょうか――いや、それよりも森側の化け物のほうが先に入ってきそうです!』
「川岸! 銃を下ろせ!」
【生徒の子? かわいい】
【川岸ちゃん逃げてえええええ】
『窓枠を無理やり押し広げ、今――教室内に侵入しました!』
「さ・せ・る・かぁぁぁぁぁ!」
川岸が構えた銃を引っ込める。もはや夢か
肉でできた卵に向けて黒板消しを放り投げると、机に飛び乗ったりょーちんは飛び石渡りの要領で軽快に助走をつけ、三歩目で踏み切り跳んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます