真相は……

「事件のあと、その証言がネットに挙がってから一気に憶測が広まったんだ。りょーちんが〈モートレス〉を倒したんじゃないか、ってな」

「私ですら記憶にないことだ、でっち上げかもしれないぞ」

「クラブとJリーグ事務局が『ユニフォームを血でけがした』って理由で本人に話を聞いたらしいけど、そのユニが見つからないから嫌疑不十分でおとがめなし。それ以来変わった動きは何もない。なかったんだ」


 にもかかわらず、地元に戻った最推しは猶予期間最終日に記者会見を開き、無期限の謹慎とチーム離脱を表明してこの町にやってきた。

 そりゃあ、あんな目に遭ったら誰だってショックを受けるし、ふさぎ込みもする。サッカーなんてやってられない精神状態なんだって察して、オレは自分事のように心配した。

 だけど――なんで「休養」じゃなく「謹慎」って言い方をしたんだろう。


「そっちこそ何も覚えてないのか? お前とりょーちんのそばにいた、スーツのお姉さんとサムライ男は? はるみんはどうなったんだ」

「知らん。分からん。覚えていない。何度かれても答えは同じだ。皆で何事か叫んで、白い光が視界を塗りつぶしたところで意識を失い、次に目覚めたら病院にいた」

「まったく記憶にござらない? 全然? 一切?」

「しつこいぞ大林、事実だと言っているだろう。私はあの日から半年間眠り続け、じっくり調べることなど不可能だった。ほかに語れることはない」


 こっちの疑問はさておき、水原に別の問いを投げかけてみる。相手は偉そうに腕組みをし、ふんぞり返ってオレをにらみつけた。

 これ以上コイツをつついても、たぶん得るものは何もない。だったら標的を変えるまでだ。向けられた視線に気づき、川岸が慌てて顔を伏せる。


「んじゃ、小林から川岸に質問。りょーちん推しになった動機をお聞かせください」

「えっと、その……そう! 逢桜に来るって聞いたから、一度実物に会ってみたいなと思って。あたし、人に影響されやすいところあるからさ、はは……」


 怪しいな。すげー怪しい。オレは二人と知り合った中二の春からずっと、あの人のすごさを布教し続けていた。それこそ耳タコになるほどに。

 りょーちんは、何度か仙台へ遠征に来てくれたことがある。その時はオレだけじゃなく、大人も子どももみんな凄まじい倍率の抽選に挑んで、観戦チケットを手に入れようと躍起になったもんだ。


「同志になってくれるのはもちろん大歓迎だ。一緒に推そう」

「! それじゃあ……」

「でも、その前にひとつ確認させてくれ」


 だというのに、この二人ときたらいくら打っても響かない。普段はサッカーに興味なさげな人まで大フィーバーしてたのに、そんな騒ぎはどこ吹く風。試合結果ならダイジェスト動画で見ればよくない? って感じでさ。

 そんな連中がある日いきなり、最推しに会いたいと言い出した。何か裏があるとしか思えない。はいそうですか、なんて言えるかよ。

 それに、オレはみんなが訊きたくても訊けずにいる、もう一つのうわさの真偽もはっきりさせたい。疑惑を持たれてる本人の口から、本当のことを聞きたいんだ。


「川岸――ここはマジで、お前の書いた小説の世界なのか?」

「え……っ」


 相手の顔がこわばる。水原が横から「おい、お前!」と怒鳴りつけてきたが、全世界同時生中継でそのネタバレかましたの誰だっけかなあ。


「別に責めてなんかない。ゲームみたいなことが現実に起きたなんて信じられなくて、一年経ったのにまだ夢の中にいるような感覚でさ。だから訊いた」

「……正直に答えたら、どうする?」

「先生に言う? 警察に突き出す? しねーよそんなこと、指名手配犯じゃあるまいし」


 これは本心だ。仮に答えがイエスでも、言いふらすつもりはない。

 だって、オレが「受かった」って言った時、自分事みたいに喜んでくれたじゃん。さすがだね、って。ユニもらったら着て見せて、って言ったじゃん。

 オレには、あの言葉が嘘だったとは思えない。お前は、人の頑張りを嘲笑うようなクズじゃないって信じてる。


「あれから一年経った。もう一年経ったんだよ。それなのに、状況は少しも良くならない。何も変わらない、変えられない大人たちに、本当のことなんて話せるか?」

「……」

「ここが現実かそうじゃないかは、どうでもいいんだ。でも、お前を利用してオレの人生をねじ曲げたヤツは許さない。それだけだ」


 身体に〈五葉紋〉が浮き出たら、二度と町から出られない――。勝手に決められたそのルールが進路を閉ざし、多くの人の希望を殺した。

 冗談じゃない。誰がそんなふざけた決まりを作った? 全部、全部大人が悪い。自分勝手な連中に、友達を売り渡すもんか!


「つーわけで、訊いといてアレだけどやっぱ答えなくていいや!」

「なんだそれは。ふざけているのか?」

「この手のゲームはサバイバルしながら真相を暴いていくのがミソじゃん。謎解きはサバイバルの合間に、ってな」

あきれた。人生をゲーム感覚で生きているとは」

「そういう水原こそ人生何周目?」


 と、ここで予鈴のチャイムが鳴り、オレたちは急いで宿直室を出た。体感よりも長く話し込んじゃってたみたいだな。

 先に外へ出た二人に続いてカバンを背負い直した時、視界の隅できらめくアクリルプレートに目が留まる。星をいただく冠雪した富士山をお茶の枝が囲む丸いエンブレムは、言わずと知れた東海ステラのシンボルだ。


(……そうだな。いつか、会えたらいいな)


 もう一つ、星――七夕つながりで水色の短冊を模したほうには、スタイリッシュな斜体ローマ字でりょーちんの選手登録名と背番号、シュート直前で脚を振りかぶったシルエットがあしらわれている。

 クラブを離れた今はもう売ってないけど、どっちも公式の推し活グッズだったものだ。サッカーは観ないけどりょーちんの名前ぐらいは知ってる、って相手にも共通の話題を提供してくれる便利アイテムなんだぜ。


「小林くん、急ごう!」

「放っておけ。遅れたら奴の自己責任だ」

「おっと、悪い! 今行く!」


 川岸と水原の呼ぶ声が聞こえる。オレは後ろ手で扉を閉め、気持ち新たに駆け出した。

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