side:公望 その3

 ショーケース前から廊下を左に進むと、丁字路の突き当たりに事務室が見えた。ここは学校を運営する職員が集まる部屋で、先生方は別のところにいるらしい。そこを右折した先には、ARの案内表示によれば保健室と宿直室、校長先生の部屋がある。

 おいおい……まさかこいつ、入学式前になんかやらかす気じゃないだろうな。


「よし、ここならいいだろう」

「待てよ、水原! 一体何を――うわっと!?」


 天才は呼びかけを無視して先頭をずんずん歩き続け、向かって右手の一番手前にあった引き戸の取っ手をつかむと、ノックもなしに扉を開けた。オレと川岸も引っ張り込まれる形で中に入る。


「声が大きいぞ大林。澪、戸を閉めろ」

「うっ、うん」

「だから小林だって!」


 ガラガラ、と音を立てて木製のドアが閉まった。その内側には【ちゃんと確認しましたか? 戸締まり 火の元 防災結界】と標語じみた張り紙がしてある。


「……ここは?」

「ARの案内によると宿直室だ。多くの学校には初めから無いか、倉庫や別の部屋に改装されるなどして廃止されている」

「でも、この部屋すっごい生活感あるよ。なおさら入っちゃダメじゃん!」

「人の気配を感じるということは、まだ誰かが使っていることの証左だ。その性質上、校内で何かあれば生徒が駆け込むことも想定しているはず。入って何が悪い」

「だとしても、せめてノックはしろよ。奥に誰かいるかもしれないだろ」


 そう言って、オレは部屋を見回した。入ってすぐ、オレたち三人が今いる空間にはガラス天板の長机を挟んで、向かい合わせにソファーが二台。ブラインドの下ろされた窓際に、大きめのデスクトップモニタ一台を置いた事務机と椅子が置かれていた。

 半分から奥のスペースは高い壁で仕切られ、いくつかの個室に分けられている。大きな部屋を仮設の資材で区分けするこのスタイルが、オレは苦手だ。右も左も分からぬまま、災害真っただ中の「被災地」に住む「被災者」扱いされていることをイヤでも思い出させられるから。

 そばにあった移動式のホワイトボードには、学校の行事予定表が貼られている。ここでも部屋の主につながる情報は見つからなかった。


「いたら、すぐさま奥の個室から出てきて『勝手に入るな!』と怒られるはずだ。それがないのなら、誰もいないと判断するのが自然だと思わないか?」

「あのなあ……」

「とにかく、どこか落ち着いた人のいない場所にお前を連れてくるという目的は達した。想定と順番は前後するが仕方ない」


 水原は相方と目を合わせ、静かにうなずいた。ヤツの視線で援護をもらって、川岸がオレに向き直る。

 自慢じゃないけど、こういうシチュエーションは何度となく経験済みだ。小学校から中学校にかけて、運動ができるヤツがやたらカッコ良く見える時期、あったろ? あのキラキラパワーのせいで、オレはこの手のイベントでまあまあ場数を踏まされている。

 え? そこんトコもうちょい詳しく? い、言えるかよそんなの! 後学のためだからって、なんで人のプライベートまで詳細に記録する必要があるんですかねえ!


「小林くん」

「な、なんだよ改まって」


 マジで? やっぱそういうこと? 立会人がつくパターンは新しいな……。

 オレにとってこの二人は、サッカー抜きでつき合える女友達の枠だ。特に意識することもなく、会ったら話す程度でちょうど良くて、それ以上でもそれ以下でもない。


『今度の試合、見に来てくれよな。お前のためにゴール決めてみせるからさ』


 なーんてセリフ、マンガとアニメではよく見るけど現実にはねーよそんなの。頑張るのはチームのため、みんなで勝って喜ぶため。特定の他人、それも女子にキャーキャー言われたいから本気出すって動機が不純すぎるだろ。


「突然こんなこと言われても、困ると思うけど」


 よし、決めた。どう反応して何と言おうが、泣かれるか殺されるのはほぼ確定。なら、後腐れなくはっきり断ろう。友達でいられなくなったら、その時はその時だ。

 初めて見つめた川岸の目は、思ったよりもずっとキレイだった。相手がまた顔を赤らめて息を吸い込み、口を開く。

 えーい、こうなったらどうにでもなれ――!


「あたしたちと一緒に、りょーちんを捜して!」

「ごめん川岸、気持ちだけもらっとく! ありがとう!」


 沈黙。なんだこれ、めちゃくちゃ気まずい。しかも話がまったく噛み合ってない。もしかしてオレ、なんか勘違いしてた?


「気持ち? もらっとく? ……何の話?」

「……あれ?」


 それは相手も同じだったようで、川岸は「何言ってんだこいつ」って顔をしている。水原に至っては頭を抱え、盛大にため息をつきやがった。


「今はサッカーに集中したい、って話なんだけど。違った?」

「小林くんはそのためにスポーツ推薦でここへ来てるんでしょ? だったら望みどおりに過ごせばよくない?」

「それはそうだけど、川岸こそ何言ってんだよ! 一緒に、その……誰を、捜すって?」

「お前の最推しだ。会いたくないのか?」


 天才少女が横から口を挟む。こいつ、いつも最悪のタイミングで邪魔してくるな。オレが川岸としゃべるのが気に入らないなら、最初から近づけなきゃいいのに。ほんっと意味分かんねーわ。


「私たちは今、あのたい焼き男を捜している。町内に居るのは確実だが、あてもなく捜し回るのは効率が悪い。そこでお前の力を借りようと思い至った」

「お前、さっきからおかしいぞ。あの人が何したっていうんだよ。手に〈五葉紋〉が現れたから? 人類史上初めて〈特定災害〉と戦い、からか?」

「戦った? あの化け物を倒しただと?」


 今から一年前、この町で起きた大事件を映した青葉放送の中継は、カウントダウンのあとに白い光と花吹雪が吹き荒れたところで切れた。そのあとどうなったのかは動画が一本も残ってないから、本当のことは誰も知らない。

 でも、あの日大幅に遅れて尾上橋に駆けつけた応援の警察と自衛隊、仙南二市六町の消防隊を名乗る人たちは、みんな同じような証言を残している。


『一面に広がる赤い海。その中にただ一人、ゴールパフォーマンスをするかのように、血染めのユニフォーム姿で両手を広げ天を仰ぐりょーちんが立っていた』と。


「どこからその情報を得た。言え、小林!」


 水原はオレの襟首をつかみ、個室の壁に押しつけた。慌てた川岸が「やめて、鈴歌!」と止めに入るが、まったく聞こえていない。

 珍しく正しい名前で呼ばれた気がしたが、今はそんなことどうでもいい。ただ、理由次第ではいちファンとして二人を止めなきゃいけない――。なんとなく、そんな予感がした。

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トワイライト・クライシス 幸田 績 @yuki_tomori

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