天上の青

「ええええええ――っ!?」

「お約束の反応ありがとう。でも、今はちょ~っと静かにしてもらいたいかな」

「だ、だだだ、だって、りょーちんが! 生で!」

「はいはい、生ものですよっと。選手生命しょうみきげんはおおむね三十代まで、ゴールかアシスト数に応じてたい焼きを与えるとより長持ちしま~す」

『小学生かお前は!』


 佐々木シャルル良平。フランス生まれ、静岡県富士市育ちの二十三歳。

 五歳の時、たまたま知り合った大家さん――羽田選手の誘いでサッカーと運命的な出逢いを果たす。それから間もなく、ド素人とは思えない俊足と小回りの利く技ありプレーで一躍有名になった。

 今のあたしと同じ十六歳の頃には、当時J1の強豪だった東海ステラのA代表(部活でいうレギュラーメンバー)に昇格。日本代表としても数々の大会に出場、ベストイレブンや得点王に輝いたこともあるエースストライカーだ。


『まったく……お前のせいで静岡県人のイメージがおかしくなったらどうする』

「なんないなんない。伊豆と駿河するがと遠州じゃ文化も言葉も大違い、東西混交カオスな価値観、基本的に陽気で穏やか~なお国柄は俺一人程度じゃくつがえらないから」

『富士山、サッカー、お茶、うなぎ、工業(特にバイクと模型と楽器と紙)の話になると目の色変えて食い気味にしゃべり出すのは三国共通だな』

「で、その接頭語に『チャラくてチョロい』が加わるのを心配してると」

『分かっているならぜひ改めてもらいたいね』


 いつも明るく気配り上手、ピッチを出ればノーサイド。基本的には誰にでも好意的かつ穏やかに接する。欧米由来の目立つ容姿と親しみやすさ、日本人の礼儀正しさと寛容さを兼ね備え、よそのサポーターからも愛される選手なんてそういない。

 日本一危険なこの町が人口流出を食い止められている要因は、一説によれば身の危険をかえりみず移住してくる彼の追っかけが絶えないから、ともいわれている――。


『いつまでもおちゃらけてると、ステラの守護神が真っ赤なCBRで浜松から遠路はるばる殺しに来るぞ』

「俺のスズキちゃん、車検と魔か……整備で今週いっぱい留守なんですけど。フルスロットルで追ってくるホンダの四気筒リッターマシンを身体ひとつでけと仰せですかセナさん」

『これは異なことを。バイクが超音速旅客機コンコルドの逃げ足に追いつけるとでも?』

比喩ひゆ表現なんだよなあ!」


 小林くんの熱心な布教によって刷り込まれたりょーちんのプロフィールを頭の中で再生しながら、あたしは二人の様子をうかがった。

 会う前の印象は、完全無欠のハイスペックイケメン。同じく「天才」を幼なじみに持つ身として、何かと比べられがちな大家さんには同情を禁じ得ない。

 で、実物はというと思ったよりもずっと明るく、まぶしく、太陽のようにきらびやかなれ物に――だいぶ俗っぽい人格がインストールされていた。

 ……マジ? これがりょーちんの素顔? ユニフォーム脱いだらただのチャラ男じゃん!


『失礼、申し遅れたな。良平の専属マネージャー、手代木てしろぎ瀬名せなだ。見てのとおりパートナーAIでもある』

「よ、よろしくお願いします」

『さっそくだが、現在の状況を整理したい。ここは宮城県立逢桜高校の保健室、校舎直結の付属施設では最南端に位置する』

「そうなんですか」

『来る時見かけたものはマスターが蹴り飛ばしたから、現在階下を含めた半径五メートル以内に〈モートレス〉の反応はない』

「全部俺のせいにするのやめてね? おまえもアシストしたからね?」


 手代木さんと名乗るりょーちんのパートナーAIは、空中をすいっと滑るように移動してあたしの正面に立った。

 とびきりのイケメンではないけど、人並みに整った風貌だ。信用に足る人物かと問われれば、見た目は別にどこも怪しくない。


『では――単刀直入にこう。お前が〝ミオ〟だな?』

「その前に人の話聞けや根暗」


 でも、この人はAIだ。あたしたちから当たり前の日常を奪った犯人と同じ。悪意がなくても今ひとつ、心のどこかで疑ってしまっている。

 風評被害なのは百も承知だ。AIがみんな人間の敵に回ったワケじゃない。だけど、正直に話すことにどうしても抵抗を覚えてしまう。

 不安に思っていると、あたしの向かいに立つ彼のご主人様と目が合った。言葉はなくとも、澄んだ瞳の輝きが背中を押してくれる。大丈夫だ、俺を信じろと。


「――はい。あたしが、川岸……澪です」

『よろしい。これで第一段階クリアだ』

「第一段階?」

「説明はあとで。その前に言っときたいことがある」


 手代木さんがりょーちんのそばに戻る。二人はあたしを見つめ、それぞれ得意げなキメ顔と屈託のない笑顔を見せた。


『〝トワイライト・クライシス〟原作者、川岸澪。日本国国家安全保障会議、NSCの命により、特務執行官・佐々木と手代木がお前を保護する』

「そういうわけで、ひとつよろしく!」


 彼らがそう口にした途端、場違いなファンファーレが辺りに鳴り響いた。現実とくっついたまま閉じなくなった複合現実の世界に、ゲームのような画面のポップアップが表示される。

 現れた血の色のメッセージウィンドウにはただ一言【任務完了!】とあって、なんか薄気味悪い。


『では、第二段階だ。俺たちと一緒に来てもらうぞ』

「待ってください! さっきから何の話をしてるんですか」

「原作者〝ミオ〟を見つけ出し、大講堂へ避難させろ。成功すれば、その時点で生きている町民全員の生命を保証する――さっき、そんな通知が配信されたんだ」

「でも、あたしそんなの知りませんよ」

『だろうな。この手のクエストは、標的に黙って流されるのが定番だ』


 その言葉であたしは悟った。あたしがターゲットで間違いないことを確認する第一段階が、さっきの質問だったんだと。次はここからの避難を求められる。

 でも、ここはすでに確立された安全地帯。確実に生き残ることだけを考えるなら、保健室を離れる理由がない。三人でここに閉じこもればいい。


「差出人は不明。まあ、眉唾まゆつばものだよな。だから俺はおまえに避難を強制しないし、するつもりもない」

『良平! お前、何を言って――』

「ただ、さ。この提案が本物だったら、多くの人が助かる。おまえは書き手であると同時に、町民みんなの運命を変える主人公ヒロインにもなれるんだ。それって、すごいことだと思わないか?」


 これはルート分岐だ。主人公として、あたしは選択を迫られている。

 そんなこと急に言われても困るよ。重責で息が詰まる。胸が苦しい。助けを求めてすがるように顔を向けると、天才は右手を差し伸べてこう言った。


「俺は、この黄昏たそがれを越えていく。おまえも一緒について来いよ」

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