まさかの同業者
これも、りょーちんが持つ魅力なのかな。空のてっぺん、支配者の青に見つめられると、何でも言うことを聞いてしまいたくなる。
強制されるというよりも、そっと背中を押してくれる感じ。進みたいのにためらっていた、あと一歩を踏み出す勇気をくれる。そんな目だ。
「――よろしくお願いします」
「そう来なくちゃな!」
大きな決断をして震える手を、りょーちんがそっと握ってくれた。指先から伝わる鼓動と
現実と非現実がくっついたこの世界において、最優先すべきは自我を保つこと。五体満足で生き延びられても、精神がイッたら元も子もない。
そしてここは、現実でありながら空想科学理論が通じる世界だ。想像力がすべて、妄想こそ力。物理学的にあり得ない夢も、条件次第で実現する。
あたしの世界でバッドエンドなんて、あたしが許さない。気に入らない未来は著者自らボツにして書き換えてやる!
「って……りょーちん、脈おっそ! 遅くない? 生きてる!?」
『俗に言うスポーツ心臓だな。日常的に激しい運動をこなすアスリートの中には、安静時で毎分四十五回ほどしか脈を打たない者もいる』
「ん。ちゃんと生きてるし、実体もあるから大丈夫だぞ」
「そ、そうなんですか。びっくりした……」
手を離してからも、二人はあたしを怖がらせまいと軽い雑談に興じてくれた。その一方で警戒も
『そうそう、葉山とかいうのは放っておけ。
「脅してません。軽~く
手代木さんはリアルタイムで「じきたん」から情報を入手し、〈モートレス〉の位置を推定。同時に「防災結界」とりょーちんの体調のモニタリングも行いつつ、目的地の大講堂に通じる最短で安全なルートも検索中だ。
「あっははははは! あれ、そういう意味だったんですか? やるぅ~!」
『自然に笑いを引き出したな。イケメン様は女の扱いも経験豊富ときた』
「そういうこと言うなって。まだナイトゲーム始める時間帯じゃないだろ」
『ギリギリを狙うのはゴールだけにしてくれませんかね!』
りょーちんはあたしよりもずっと耳がいいらしく、遠くの物音にも反応してすぐに武器を取り回した。初見で拳銃かと思った得物はモデルガンですらなく、体育の時間でおなじみの電子スターティングピストルだ。
分析担当のAIと実務担当の人間、この二人の絶妙な連携によって保健室の平和は保たれている。
『職業柄、お前の場合は手より先に足が出ないか?』
「それはない。格闘家と同じで、俺の脚は凶器になる。自分は理性あるヒクイドリだって言い聞かせて、まともな動物は蹴らないと決めてんの」
「相手が〈モートレス〉だったら?」
「先手必勝、一撃必殺、開幕速攻先制攻撃」
『ホントにオフェンスしか頭にないな、このアルティメットチャラ男!』
そうして何度目かのボケとツッコミが一息ついた直後、二人は急に声を潜めて真顔になった。ただならぬ空気を感じて、あたしも思わず
「――マズいな。来るぞ」
『こちらでも把握した。すぐにここを出よう』
「えっ、そんな急に? 敵は全部倒してきたって話じゃ……」
おかしい。床が規則的に揺れているような気がする。壁はミシミシ音を立て、心なしか窓ガラスも震えている。
りょーちんはピストルを手近な机の上に置き、昇降口のほうに青い目を向けた。
「え~、本日、役場が校内の〝防災結界〟を点検したところ、機械が壊れてるのに正常だと誤表記が出る部屋が見つかったそうです」
「なんですと?」
『物理的な故障かヒューマンエラーかは不明だが、実にひどい話だな』
「わー、怖ーい。ちなみにここのことじゃないですよね」
「俺の口から答え聞きたい?」
「イケメンボイス使ってもレッドカードですよムッシュ佐々木!」
そうだった。自分で決めたプロットなのに、あたしったらすっかり忘れてた!
どこかの教室(これが保健室に割り当てられたようだ)に取り残された主人公は、協力者と合流して間もなく〈モートレス〉に襲われる。
その際、これまで〈五葉紋〉を持ちながら開花しなかったのに、仲間を護るため無我夢中で合言葉を叫ぶと覚醒する、という見せ場なんだけど――
「もしかしてこの流れ、あたしが主力で戦う感じ?」
「でしょうね。期待してますよ、川岸先生」
「無理無理無理! 作者権限で何とかなるレベル超えてるから!」
「そこを何とかするのが作者でしょうが」
あたしの〈五葉紋〉は主人公と同じく、現れた日から眠ったままだ。その役を演じ切るって決めた以上、あたしはやっぱりここで目覚めなくちゃいけない。
あふれ出る想像力とクリエイター魂を武器に、理不尽な現実を妄想で塗り替える異能力者――〈ブルーム〉として。
「気軽におっしゃいますけど、作家の産みの苦しみは半端ないんですよ」
「うんうん。わかるわー」
「いや、りょーちんはわからないでしょ? サッカーじゃなくて、作家!」
「だからわかるって。同業だよ俺」
地響きが近づくにつれ、はっきりと異常が感じ取れるようになってきた。壁にヒビが入り、窓ガラスが割れ始める。
協力者の言っている意味がさっぱり頭に入ってこない。同業? りょーちんが? あたしは作家って言ったんだけど……ん? んんん?
「選手じゃない俺を知ってるんだろ? あとで初版本にサインくれてやるから、作者権限で主人公補正よろしくぅ!」
『以上、〝もろびとこぞりて〟著者で中二病エンタメラノベ作家・佐々木良平先生のありがたくない
「でええええええええ!?」
「誰が中二病だ、腹に蹴り入れるぞおんしゃあ!」
衝撃的な告白を聞いたと同時に、入口の扉から少し上の壁を鋭い爪が突き破る。この薄い木の板の向こうに、ヒトじゃない何かがいるのは明らかだ。
迷っている暇はない。不安がってる場合じゃない。今はただ、自分の可能性を信じるのみ!
「〈
桜の模様が入った左腕に右手を添え、扉に向けて差し伸べる。今まで何度試みても光らなかった五つのひし形が綺麗なピンクに染まり、
目の前に青みを帯びた仮想スクリーンが展開し、ウェブ小説の執筆画面のように今の状況を文章化した言葉が並ぶ。
これから、この続きをあたしが埋めていくんだ。考えたそばから文字に起こしてくれる〈
『さっき、まともな動物は蹴らないって言わなかったか?』
「
『そういう後付け設定、良くないと思います!』
(あ、初めて生でメタ発言聞いた気がする)
休眠打破、すなわち覚醒成功を喜ぶ間もなく、いとも簡単に扉が握り潰される。おぞましい絶叫を伴って、黒い影が保健室になだれ込んできた。
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