戦闘開始

「せ――りょーちん!」

「つかまれ!」


 敵の姿を視認する前に、りょーちん……佐々木先生はあたしを抱え上げて横に跳んだ。踏み切る寸前、机の脚に右足で軽く触れると、土台が急に動いた反動で上に置いてた電子スターティングピストルが宙に舞う。

 それを右手で回収し、崩壊した出入口に向けて立て続けに二発。発砲に合わせて銃火がひらめき、先生の腕も反動で跳ね上がって見えたのに、銃声として聞こえたのはおもちゃのような電子音だった。

 イマーシブMRによる錯覚って、こんな感じなんだ――。自分の考えた空想科学理論で実際に攻撃が成立する瞬間を目にし、あたしはその再現度に舌を巻いた。


『賢明な判断だが、方向が悪い。実に悪い』

「右は地上二階の窓、左と後ろは厚い壁。そして前から化け物ってか?」


 立ち込める土煙の中、巨大なシルエットが絶叫し大きくのけぞる。「銃の形をしたもので撃たれた」という客観的事実により、相手の心身は本当に傷を負ったと信じ込んでいるようだ。

 とはいえ、国から災害扱いされるようなモノがその程度でたおれるなら誰も苦労しない。銃と青い瞳をそちらに向けたまま、ベッドが三つ並んだ部屋の奥まで飛び退いたご主人様と合流した手代木さんの短い講評が、それを物語っていた。


『ものの見事に行き止まりだな』

「さあ、どうする?」

「あたしにかないでください!」


 煙幕の中から、太いロープのようなものが三本飛び出してきた。蛇のように素早い動きで迫るのは、あたしの見間違いでなければヒトの大腸だ。

 先生が近くの病床から拝借した枕と掛け布団を投げつけると、二本はおとりをがんじがらめにして煙の中へ引きずり込んだ。


「セナ!」

『これでも食らえ!』


 残り一本はまっすぐあたしに迫ってきたけど、手代木さんがカーテンレールに取りつけられた自動開閉機をハッキングして、病床エリアにあるすべての間仕切りカーテンを一斉に引いた。

 触手が混乱した一瞬で、全員窓際へ退避成功。幸いにも敵の感覚は鈍いようで、人間とAIの代わりに一番手前のベッドが脈打つはらわたに捕まった。


「よーし、よくやった。ナイスアシスト」

『当然の結果だよ。この俺をマネージャーに持った幸運をみしめるがいい』

「はいはい、すごいすごーい。セナさん神ってる~」

『感謝する気ゼロだな、このチャライカー日本代表!』

(そういえばこの人、小林くんの元祖でもあるんだった……)


 〈モートレス〉にとっても鉄のフレームは重いのか、生体ロープは獲物を持ち上げようと骨組みをきしませながら耳障みみざわりな音を立てている。

 でも、男性陣はその様子に違和感を覚えたらしく、相手の動向をうかがいながらあたしにこっそり耳打ちをした。


『妙だな。奴らにしては力が弱い』

「ああ。しかも、獲物を取り逃がしたのに追撃してこない。こいつは手加減してるか、あるいは――」

『嫌な予感がする。気をつけろ』

「は、はい!」


 煙が引いていく。夕日が当たり、闇が消え、倒すべきモノをあぶり出す。

 俗名を生命無き者――〈モートレス〉、法律上は〈特定災害〉と呼ばれる奇妙な生物を目にした瞬間、あたしは全身から一気に血の気が引くのを感じた。


「あ……朝、の……っ」

? しまった、知り合いか!』

「そいつはご愁傷さま。でも、たぶん名前じゃないぞそれ」


 目に飛び込んできたのはヒト三人分、後頭部でくっついた阿修羅像のような頭。そのすべての顔に、あたしは面識があった。

 大家さんをけなし、小林くんに絡み、昇降口であたしたちの行動をはやし立てた同級生男子三人組。その彼らが、変わり果てた姿になって現れた。


「見づゲダ……見ぃヅげだぁぁアぁア!」

『見つけた、と言っているな。身に覚えはあるか?』

「今朝、昇降口で初めて会いました。違う出身校だから深くは知らないけど、たぶん別のクラスの同級生です」

「ん、特に親しくはないのか。あの中に彼氏がいます、とか言われたらどうしようかと思った」

『仮にそうだとしても、ああなった時点で破局するだろうよ』


 首がなく、ダイレクトに頭とつながっている胴体は肉々しいピンク色で、保健室の外まで長く伸びている。そこから細長い手足が無数に生え、なぜかおでこを起点として前に垂れた二本の長い舌も、言いようのない気持ち悪さを増幅させる。

 ああ、何かに似てると思ったら触角だこれ。同級生がムカデになった。そんな感想が頭に浮かんだ瞬間、思考回路が木っ端微塵みじんに吹っ飛んで――


(――生理的に、無理)


 彼らに恨みはない。なんなら思うこともない。

 でも、頭に浮かんだたった一言、おぞましい嫌悪感の表現が、三人に対するあたしの好感度を不快害虫並みに下げてしまったのだ。


「りョーヂん……みぃヅげダぁァアぁア!」

「ぎゃあああああああ! こっち来るな――ッ!」

『ははッ、こいつは傑作だ! 化け物にもモテたって自慢できるぞ良平!』

「さすがにゲテモノはオフサイドだよ!」


 あたしが絶叫したのと、化け物の巨体が突進してきたのはほぼ同時だった。

 逃げる? どこへ? どうやって? パニックで頭が真っ白になる。どうしよう、どうすればいい? 様々な思考が脳裏をよぎる。

 「書け」「物語を進めろ」っていうけど、さっきから目の前に見えているスクリーンには今の状況が刻々と文章で実況されていくだけ。何をどうやっても入力できない。

 やっぱり、書いて未来を変えるなんてできっこないよ――!


【緊急執筆モードを起動します】


 あきらめて目をつぶろうとしたちょうどその時、赤字のカットインと〈Psychicサイキック〉のシステム音声でそんな一文が表示された。

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