Phase:03 ガール・ミーツ・ストライカー
side A
救援者
ぴろん、ぴろん。
ぴろん、ぴろん。
どれくらいの時間、意識を失っていたんだろう。頭の中で反響する不気味なアラームによって、あたしは人生最悪の寝覚めを迎えた。
(今の……聞き間違い、じゃないよね)
嫌悪感を刺激し、緊張感を持たせる音。この町に住んでいれば、一日一回は耳にする。それも、決まって必ず夕方五時に鳴る時報のあとに。
ベッドから飛び起き、間仕切りのカーテンを開け放つ。保健室の窓から差す光は、朝よりも明らかに赤みがかっていた。
なんでもう夕方になっているのか、あたしは本当にほぼ丸一日寝ていたのか。じっくり考えるのはあとにしよう。
『――し』
磁気嵐警報が出たら、やることは決まっている。まずは〈
具体的には「防災結界」の電波を拾って、結界があるか、起動しているかどうかをチェックする。どっちもNOなら、あたしは今すぐ避難しなきゃいけない。
『川岸! 聞こえているなら返事をしろ』
電波が混み合っているのか、なかなか検索が進まない。しびれを切らして仮想スクリーンを叩いていると、知らない声で〈テレパス〉の着信が入り、あたしは思わず飛び上がった。
発信者名を見ると【1-C 葉山】とある。初登場時点ですでにブチ切れていた担任の先生だ。どこから連絡してるんだろう。
「え、と……葉山、先生?」
『入学早々死なれちゃ困るんだよ。私の評価が下がるだろう』
そして開口一番この発言。前半部分でやめときゃ生徒思いの先生だって誤解されといてやったのに、本音言っちゃうか~。
小林くん。お友達から聞いた評判、どうやらガチっぽいです。
「すみません。たった今目を覚ましたばかりで」
『なんだと? 冗談も休み休み言え』
「冗談なんかじゃありません。起きたら夕方になってたんです」
『
うーん、この自意識過剰な被害妄想。本心じゃないけど「そうだよバーカ!」って返事してやりたい。
とはいえ、相手は腐っても先生。目上の人間、大人である。あたしはもう少しだけ話を聞いてあげることにした。
『そんな不良生徒に残念なお知らせだ。保健室には誰もいない』
「でしょうね。不良じゃなくてもわかりますよ」
『だが、幸いにもそこは〝防災結界〟と物資が潤沢にある場所だ。独りなら一週間は
先生のご高説を聞き流している間に検索が終わった。警報が出ているのはここ、敷地全体が結界でカバーされているはずの逢桜高校キャンパス内だ。
【局地的磁気嵐警報(レベル5・緊急避難)
対象地域:宮城県逢桜町 宮城県立逢桜高校敷地内
発生時刻:午後五時○三分
甚大な被害をもたらす災害が間近に迫っています。
急激な体調悪化、電子機器やAIパートナーの故障に厳重な警戒をしてください。
ただちに、命を守る行動を取ってください。
対象地域の方は、速やかに頑丈な建物の中へ避難するか――】
どうしてこんなことになっているのかは、「じきたん」の情報を見てもわからなかった。町も学校も戦時体制で、調査が追いつかないらしい。
そして、葉山先生の言うとおり、保健室は結界で囲まれていた。仮に怪物がすぐ外まで来ても、ここには入れない。入れないと思い込まされている。
つまりあたしは、ここにとどまり警報の解除を待てば良し。労せずして死亡フラグ回避、生徒に死なれたら困る担任もニッコリ。万事解決と思ったんだけど……
『そんな安全地帯を独り占めして、皆に申し訳ないと思わないのか?』
「……なんで?」
あたしは言葉を失った。警報発令当時、たまたま独りで安全な場所にいただけなのに、なんで悪者扱いされてるワケ?
確かに、一度作動した「防災結界」は外から解除できない。人間はこの部屋の存在を認知できるけど、開かずの部屋と思い込まされるのは化け物と同じ。もし誰かがここへ来たら、あたしが内側から入口を開けなきゃいけない。
『負傷した者は、保健室を目指す。その時、お前が結界を解いて化け物に見つかることを恐れ、ドアを開けなかったら?』
「そんなこと――!」
『しない、とは言い切れないだろう? 誰しも自分が一番可愛いからな。いいか、私は確かに注意したぞ。そのうえでどう動くかはお前次第だ』
ケガの程度がひどければ、その人はきっと部屋の前で死ぬ。尊い命が喪われたのは、自分勝手な新入生が独りで閉じこもったせい――。
このクズはそういうシナリオを組み立てている。何かあったら徹頭徹尾「私は悪くない」って言い張るつもりなんだ。
『入学早々、面倒事ばかり起こしやがって。クソガキといえばもう一匹、生意気な頭痛の種がいて嫌になる』
「あたしレベルで生意気とか言ってたら、世の中生きづらくないです?」
『う、うるさい! あのバカも〝逃げ遅れた生徒たちを避難させる〟などとほざいて自分から外に出て行った。せいぜい犬死にがオチだろうになァ!』
目の前にいたらぶん殴りたくなるほどムカつく念話相手の顔を、あたしははっきり覚えていない。でも、きっとそれでいい。覚えてたら憎しみが増すだけだから。
っていうかさ、ほかの人までけなすのはどうなの? きっと、自分は安全地帯にいるから好き放題言ってるんだな。居場所の結界破れてビビり散らかせ!
冷静な第三者の声が割り込んできたのは、そんな呪いの言葉を吐いてやる寸前まであたしの怒りが煮えたぎった時だった。
『は~……いい加減にしろよおんしゃ。ぶっさらうぞ』
「え?」
『川岸、だっけ? 葉山先生の悪口はぜーんぶ録音しといたから、あとで学年主任と町の教育委員会にダイレクトシュートお見舞いしようぜ!』
『な……!』
『残念でした、足の速さとしぶとさにかけては定評のある俺です。二分もあれば合流できるから、それまで息を潜めて待っててくれよな』
声の主はそう言うと、一方的に通信を切った。若い男の人の声だったように思う。ここへ来てくれるというその言葉を、あたしは信じてみることにした。
葉山先生が『覚えてろ、……木!』とか何とか言ってたけど、希望に出会うと細かいことはどうでもよくなって、すがりつきたくなるのが人間というもの。担任とも連絡を絶って、あたしは内開きのドアの前に移動した。
いつもならあっという間に過ぎる二分。カップラーメンが出来上がるよりも早い、ごくごくわずかな二分間が、これまでの人生で一番長く感じられた。
――そして。
『これで最後だ、道を空けな!』
曇りガラスがはめ込まれた入口の向こうで、青白い光が見えた。何か軽いものがぶつかる音がした直後、強い衝撃に伴う縦揺れが建物全体を襲う。
「うわあああああ!」
『今だ、開けろ! 戸締まりは俺がやる!』
ドアノブに触れると、すぐ上のつまみが白く光って見えた。この扉を開けたら、内側から鍵をかけるまで一時的に「防災結界」が解除されることの警告だ。
自分の身の安全を第一に考えるなら、このまま開けずに無視すればいい。外にいる人の命は、あたしの行動にかかっている。
震える右手で内鍵をつかむ。力が入らない。回せない。やめなよ、と悪魔の声が聞こえる。だってあたし、助けてほしいとは言ってないよ? と。
歯を食いしばり、誘惑に耐える。大丈夫だ、できる。開ける、開けろ、
「よーし、いい子だ!」
開いた戸の隙間へ身体をねじ込みながら、救援者は廊下の向こうに右腕を向けた。発砲音を数発聞いて、その手に握られているのが銃だと気づく。
急いで内側からドアに鍵をかけ、再び「防災結界」が有効になったことを確かめると、彼は西日を背に受けるあたしのほうへ顔を向けた。
「よく頑張ったな。締め出されるの覚悟で来てみたが、すんなり通してくれるとは。今度は俺がその勇気に応えよう」
キラキラと輝くツートンカラーの髪。二次元でしか見ないような青さの目。四月上旬の夕方に着て歩くには、ちょっと寒そうな半袖短パン。この人は年がら年中、これが仕事着であり勝負服でもあるんだけど。
「
突然「神」にされたあたしと、ワケありの天才ストライカー。のちに世界を変える二人はこの日、出逢うべくして出逢いを果たした。
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