天才と幼なじみ(下)
「その点、お前らの親御さんにはご理解いただけて助かったよ。割高な家賃と管理費に見合った価値は持たせてるつもりだからな」
「役場職員と小学校教諭、総合診療科の医師。いずれも今回の騒ぎで最前線に立ち、地獄を見た職業です。カネで安心が買えるなら安いものでしょう」
「こっちは逆に頭の回転早すぎて怖……ってお前、アイツと一緒に中継映ってた
「そういうことです。つきましては、たい焼き男の居場所を――」
「休日に河川敷のサッカー場でものぞいてみるんだな」
私の素性に気づいて声を上げた男は、メガネの奥で目を見開き、独りごちて納得した。ただ、あくまでも納得しただけで、私の望む答えを返してくれそうにはない。
「大家さんは、これからどうするんですか?」
「どうする、ってーと?」
「サッカー選手と社長さんの両立ってことです。どっちも忙しそうだから」
「どんな仕事にも言えるが、好きなことで食ってけるのはほんの一握り。それこそ実力と才能が服着て歩いてるようなヤツでもなけりゃ、生活の柱にはできねえよ」
車椅子の近くでホバリングしていたドローンは、私たちの家の方角に向きを変えると屋根より高い上空に舞い上がった。送られてくる映像から視線を外さぬまま、大家が進路指導じみた話を続ける。
「実のところ、選手業はさほど忙しくない。チーム全体での合同練習に費やすのは長くて三時間程度だ。午前中に始まって昼前には終わる」
「そうなんですか? なんか意外」
「自由時間の過ごし方がてめえの価値を決める、ってのがサッカー界プロアマ共通のスタンスでな。ちなみに俺のポジションはトップ下だ」
「それって、フォワードが一人の時に真後ろを張る――」
「ナンバーワンはくれてやるが、二番手は誰にも譲らねえ。今はどんなに遠くても、いつか絶対シャルルのヤツを振り向かせてやるって決めてんだよ」
いいぞ澪、そのまま好き放題言わせてやれ。あとは私が自白を引き出す。
「お言葉ですが羽田社長、スクールカースト最上位に君臨する絶対的アイドルに挑むモブ男子のセリフにしか聞こえませんよ」
「なんと……羽田選手はツンデレだった……?」
「だから、そういうんじゃねえっつってんだろーがぁぁぁぁ!」
相手が車椅子というハンデを考慮に入れても、澪に言わせれば「ガチめ」なスポーツ経験のある成人男性と平均以下の女子高校生の運動神経は比べるべくもない。
だが、競技種目が話術――いかに情報を引き出すか、という
「でも、何だかんだでりょーちんのこと認めてるんですね」
「自分より遅くサッカー始めて、あっという間に追い抜かれたら認めざるを得ないだろ。同年代の選手全員まとめて〝シャルル世代〟って呼ばせるくらい格が違う」
「ってことは、大家さんもその一人……」
「あーあー、聞こえなーい! なーんも聞こえねーなー!」
しきりに頭上を飛び回っていた機械仕掛けのクマバチが、仕事を終えて大家の車へ戻っていった。それを見届けた操縦士はタブレットの画面を細かく確認し、時折画像を拡大して見ては満足そうに何度もうなずく。
春の朝の空気は澄み渡り、住宅街は静けさに包まれている。こちらから仕掛けるなら、今が絶好の機会だ。
「はい、アディショナルタイム終了。気をつけて行けよ」
「待ってください。もう一つ」
「ああ? しょーがねーな、これっきりだぞ」
大家であり社長……いや、ミッドフィルダー・羽田正一。お前がひた隠しにするたい焼き男の手がかりを、洗いざらい聞き出してやる――!
「おっと、悪い。仕事の〈テレパス〉だ」
「え?」
「はい、羽田不動産です。このたびはご契約ありがとうございました」
覚悟を決めて口を開きかけた瞬間、どこかから『新世界より』のメロディーが聞こえてきた。大家は仮想タッチパネルを展開し、〈テレパス〉で会話に応じる。
音声のみ、かつ
「鍵お引き渡し時の花束ですね。ご指定のとおり、百合とひまわりを一本ずつ手配いたしました。差し
(行こう、鈴歌)
(……そうだな)
ちっ、いいところで邪魔が入ったな。ここは潔く退散するとしよう。
「当初の予定では、本日午後三時半頃に現地集合となっております。このご連絡をもって最終確認となりますが、不都合はございませんか?」
「では、私たちはこれで失礼します」
「はい……はい? 直筆サインの方がいい? そーいうのは本人に直接書いてもらってください。まあ、ゼロタッチ席のご用意ぐらいは――マジで?」
〈テレパス〉で仕事の話をしているはずの大家の顔が、どんどんニヤけていく。興奮した様子でタブレット端末にスタイラスペンを走らせ、学校へ向かおうとする私たちの背中に向けて、彼はそれを誇らしげに掲げてみせた。
【俺のファン いた!】の一文を目にした澪もにっと笑い返し、心底嬉しそうな大家に親指を立てて応じる。
「シャルルじゃなくて? ホントに、俺……? もちろん、書かせていただきます! 色紙でもレプリカユニフォームでも、お好きなものをご持参ください。はい、ではまた後ほど! じゃあな!」
「行ってきまーす!」
「へ? あ、いや、すみません違います! たまたま
一転して真っ青になり、右手を掲げて謝り倒す彼を尻目に、私たちは自転車の前カゴへ荷物を積んで走り出した。
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