side:B その3

「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。目の前であんな行いをされたら問いただしたくなるのは当然だが、これ以上まともな答えは望めない」

「はい? たった今、ちゃんと受け答えしてたじゃないですか。死ねばいいのにって思ったのか、っていたら〝そのとおりよ〟って」

「この顔を見てもそう言えるか?」


 促されて足元に目を落とし、俺はぎょっとした。ついさっきまでニヤニヤ笑いながら悪びれる様子もなかった女が顔をゆがめ、歯ぎしりをし、涙を流しながら白目をむいて、ワケのわからないことを言い出したからだ。


「ごめんなさいごめンなさィ! ワたシ――えへっ、残念……残念ダわ。皆さン、潔く死んデくれレバ――あ、違う、私……あアああアあ!」

「彼女は、犯人による脳への直接的なハッキングで自我を失い始めている。精神保護プログラムを突破され、深層意識にまで影響が及んでいるんだ」

「じゃあ、あの子をぶん殴ったのは……」

「無論、彼女の意思じゃない。心の底から子どもを嫌っていない限りはね。身体の支配権と運動機能を第三者に掌握され、自分ではどうすることもできないはずだ」


 あんまりムカついたんで「女」だの「あんた」だのと散々言っちゃったけど、やっぱり他人が苦しむ様は心が痛む。本当は私も被害者なんです、なんてオチだったとか精神的にキツいわ。

 だけど、だからといって、それが現実から目を背ける理由にはならない。

 激しく複雑な感情が胸を焦がす。相手を追い詰めた罪悪感? 違う。こっちの言葉が相手の意識に届いてるかすらすでに怪しかった。俺が問い詰めたせいでこうなったとは思えないし、きっとみんなもそんな風には思ってない。

 怖いもの見たさの興味本位? 違う。マネージャーが自分のことを棚に上げて「いいか、AIは何をしでかすかわからないクソガキだと思え」と言っていた。俺たちみんな犯人の手のひらの上で転がされてるってだけでも信じられないのに、最悪の結末なんて興味本位で考えて思いつくものじゃない。

 なら、この想いは――


「かなり言動がバグってきたな。犯人はリポーターであるキミの立場を悪用し、情報発信源として支配下に置くつもりのようだ」

「いヤ……ワたシ、そんナこと、シたく……あハァ」

「だが、あいにく私たちには電脳戦でAIを打ち負かす技量もなければ、解毒薬に相当するアンチプログラムもない」

「そうデしょウ。人間が敵ウわけ……違う、嘘。なニ、言っテるの?」

「すまない。私たちでは、キミを助けられないんだ」

「どうして? 私、こンなこトしたくナい。死ニたクない! お願い、信じテ! だレか、助ケて――!」


 目を逸らしたくなる悲壮感。何もできない腹立たしさ。つらい事実を被害者本人に直接伝えるという苦行がもたらす、圧倒的な無力感。そういうのが全部、ごちゃ混ぜになって襲ってくる。

 それは上司さんも同じようで、「なんで」とか「どうして」って言いたそうな顔をしていたであろう俺の肩に右手を置くと、首を静かに横へ振った。

 ポーカーフェイスに隠した本音、触れた手から伝わる身体の震え。ああ――この人も俺と同じ、血のかよった人間なんだ。


「その代わり、約束しよう。最後までキミを信じると」

「……エ?」

「信じよう。そして証言しよう。たとえ口から犯行声明が飛び出し、私たちに敵対する行動を取ったとしても、それらはすべてキミの意思に反するものであったと。それが――それだけが、私にできる償いだ」

「償い、って……」


 その言葉の意味さえわからないほど、俺はバカじゃない。冗談だろ? だって、相手は同じ人間。百歩譲ってゾンビならまだしも、意思があって生きてるんだぞ。

 ずっと気になってたけど、その腰に差した刀……まさか、な?


「大丈夫、決着は私がつける。未来ある若者に手を汚させはしないさ」

「そういう問題じゃないだろ! だって……だって、こんな……」


 上司さんが離れると、リポーターは片膝を立てて起き上がり、歯を使って手首の拘束をきつく締め直した後、自分のすねに向けて縛られたままの腕を振り下ろした。

 ばちん――と音がして、プラスチックのコードが弾け飛ぶ。あとで聞いた話によれば、これは結束バンドを引きちぎるときに限らず、ガムテープにも使える護身術の一種なんだそうだ。報道関係者だけあって、物知りだったんだな。

 完全な自由を手に入れたことで、また周囲の誰かを襲いやしないかと警戒する俺たちを尻目に、彼女は……いや、彼女の姿をした黒幕がゆっくりと口を開く。


、逢桜町の皆さん」


 不思議なことに、俺は追い詰められるほど勘が働く男らしい。

 ほかの選手や報道陣に語ると「何言ってんだこいつ」って顔をされるが、ボールを持って敵のディフェンダーに追い回されていると、急にゴールへつながる「道」が見える時がある。その軌道をなぞるように蹴ると、難しいシュートも決まるんだ。

 俺は地道な練習に加え、こうした直感にも頼って実力至上主義の世界を勝ち抜き、たまに青いユニフォームの十番を任せてもらえるまでになった。

 そして今、よく当たるその第六感が〈Psychicサイキック〉もなしにこう告げている。


 この試合、そもそも「道」が無い――と。

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