side B

悪夢の幕開け(上)

 ぴろん、ぴろん。

 ぴろん、ぴろん。


 頭の中で反響する不気味なチャイム。それもただの音階じゃない、本能的な危険を連想させる不協和音だ。緊急地震速報を耳にした瞬間の背筋がざわつく感じ、といえば想像がつくか?

 そしたら突然、カメラのフラッシュみたいに強く白い光が点滅してさ。俺は反射的に両腕で顔を覆った。


【強制入電中 この通信は拒否できません】


 で、「もういいかな」って恐る恐る防御を解いたらこれだよ。意味不明な警告、真っ赤なフォント。こういうの、ドッキリ企画でもやっちゃいけないやつだろ。


 ぴろん、ぴろん。

 ぴろん、ぴろん。


『くそっ……と思ったらそういうことか。一時休戦だ石頭』

業腹ごうはらですが同意しましょう、根暗変態穀潰し。この警告は一体何なのですか?」

目下もっか分析中だ。話しかけるな』

「は?」


 ギスギスした連れの会話を聞きながら、俺はいくつかの仮説を立ててみた。

 まず、警報音が頭の中で聞こえたのは、これが〈思念通信テレパス〉を使って脳に直接届けられた情報だから。

 あ、〈テレパス〉っていうのはその名のとおり、人工テレパシー技術のことな。頭の中で考えたことを発信し、相手の頭の中で音声情報として脳内再生するやつ。

 これを使えば……気になるあの子のハートにいつでも、こっそり、直接フリーキック仕掛けられるんだぜ? いい時代になったよな~。


「発信者不明の〈テレパス〉か。非通知ではなく〝不明〟という表記で察しはついたが、案の定どうやってもこの画面を消去できない」

『おたくは理解が早くて助かりますよ。ちなみに今の状況、どう見ます?』

「控えめに言って人類史上最悪の危機だ」

「はあ?」


 次に、この警報が届いたのは誰か。地元民っぽい黒髪ロングのクール系女子……高校生? 中学生か? とにかく、さっきからこっちを見てた制服姿の女の子も、突然出てきた仮想ディスプレイに目を奪われている。

 となると、この町の町民から桜まつりの観光客まで、情報通信手段を持つすべての人間にあまねく届いたと考えるのが妥当だろうな。


『やっぱりな。有りていに言うとマジでヤバい』

「ここからは私の推測だが、この警告音を聞いた人間――すなわち我々はもれなく、外部から〈Psychicサイキック〉経由で脳をハッキングされている。現在進行形でね」

「はああああああ!?」


 そして最後に、結局どういう状況なんだ……という話だが、これについては着物のおっさんがあっさりネタバレしたので省略。

 「は?」の三段活用を披露してくれたキツめのお姉さんだけはイマイチ理解してないっぽいけど……要するに俺たち、大事件に巻き込まれてま~す!


「スタジオ、聞こえますか? 電子音、何かの警告音でしょうか。私にも発信者不明の〈テレパス〉が届いています!」

『聞こえます。市川いちかわさん、引き続き現在の状況を伝えてください』

「仮想ディスプレイには、血のように赤い文字で【この通信は拒否できません】と書かれたメッセージウィンドウが表示されています。黄昏たそがれ時を迎えたこの町で、一体何が――」


 近くにいたメディアの取材班が緊急特別報道を始めてすぐ、車道のほうからイヤな音がした。桜まつり会場の駐車場に入るため、橋の上で空きを待つ車列の最後尾に停まってたセダンが、アクセルベタ踏みで急加速したんだ。

 それが前の軽自動車に勢いよく追突し、その軽自動車も前の車に……って調子で、橋の上はたちまち多重玉突き事故に発展。トドメとばかりに、衝突の弾みで斜めに傾きスキーのジャンプ台みたいになった現場に向けて、駅の反対側の大通りから猛スピードで迫ってくる暴走車が見えた。


(おいおい……あれ、こっちへ突っ込む流れじゃん!)


 白い商用バンが宙を舞う。巨大な鉄塊てっかいは予想どおり、まっすぐこっちへ飛んできた。

 撮影クルーは悲鳴を上げて逃げ出したが、リポーターはその場から動かない。逃げたくても足が言うことを聞かないんだろう。


(だったら、俺が――!)


 けれど偶然、スローモーションのように時間が流れるこの世界には、俺と同じ結論に達した人間がいた。そして、スタートダッシュも一歩早かった。

 自転車が倒れる音を合図に、体感時間が元に戻る。愛車のハンドルから手を離し、脇目も振らずに全力疾走する影は俺たちの前を通り過ぎて、マイクを持ったまま固まるリポーターに渾身こんしんの体当たりを決めた。


「危ない、伏せろ!」

「きゃああああっ!」


 ふたりはもつれ合いながら歩道の上に転がった。これがアメフトかラグビーなら、お手本のようなタックルだったともてはやされたことだろう。

 バンは俺たちの頭上を越え、街路灯のポールに衝突して車道側に跳ね返された後、きりきり舞いしながら駅のほうにあるデカい石碑の近くに落ちた。金属の潰れる音と甲高い悲鳴で、周囲一帯がパニックになる。

 なのに、こんな大事故が祭りのメイン会場目前で起きても、お巡りさんや関係者は誰一人すっ飛んでこない。いやいや、一体どうなってんの?


「あ、う……」

「すみません。車がこっちに飛んでくると思って、つい」


 地面に叩きつけられた痛みに耐えながら謝る女子生徒の横で、リポーターがよろよろと上体を起こす。二人とも大きなケガはしていなさそうだ。顔も名前も知らないけど、カッコ良かったぞ。ファインプレー!

 居合わせた誰もが胸をなで下ろしたのもつかの間、緩んだ空気は一瞬にして粉砕されることとなった。

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