side:公望 その2

 同じ形の箱が背中合わせにずらりと並ぶ中でも、自分の靴箱を探し当てるのは簡単だった。なんせ、ここでも〈Psychicサイキック〉が割り当てられた場所を光でマーキングしてくれるからな。えーと……はい、最上段ですね。本当にありがとうございました。


「よーっす、大林。また三年間よろしくな」

「おう、よろしく。分かってると思うけど『小林』な」


 そこに、後ろからやってきたブレザー姿の男子三人組が声をかけてくる。出身校は違うけど町内小中学校伝統の親善試合つながりで知り合い、顔を合わせれば他愛のない話をする程度には交流があるメンツだ。

 そいつらに遠慮してか、川岸と水原は顔を曇らせてしまった。二人とも受け身な性格だから、急に出てきた知らないヤツらに絡まれるのはいい気がしないはず。よし、ここはゴール前の攻防ばりにスマートかつテキトーな会話で切り抜けよう。


「そういえば大林、クラスどこだった?」

「C組の小林だけどなんで?」

「マジか……ご愁傷様。Cは担任ガチャぶっちぎりのハズレらしいぞ」


 オレの答えを聞くと、三人は一様に憐みの目を向けてきた。ハズレ? 先生も人間なんだから、反りが合わない生徒は必ずいる。その評価を下した誰かとは相性が悪くとも、オレや川岸とは上手くいくかもしれないだろ。人から聞いた話だけで判断するなよ。

 と思ったけど、それをそのまま口走るほどオレは空気の読めないヤツじゃない。たしなめるべきことでも、相手によって時と場合と言い方は選ばなきゃ。

 水原は気を遣うのが面倒くさいのか、自分よりバカな人間の顔色をうかがうのがアホらしいのか、ひと手間省いて自分から敵作ってんだよなあ。


「先輩あたりから聞いてないの? 現国の葉山っていう男の先生らしいんだけど、時間とか校則とかに人一倍うるさいんだって」

「いや、それ普通だろ。時間と規則を守るのは集団生活の基礎基本だよ」

「厳しいだけで済めばいいけど、こう……カッとなりやすいっていうか、ヒステリックっていうか。逆鱗に触れたらこっぴどく叱り飛ばされるって話だ」

「パワハラ受けるかもしれないってこと? なら〈Psychic〉で動画撮るか音声録音しといて、信用できるほかの先生に股抜きスルーパスすりゃいいじゃん」

「大林、お前メンタル強すぎない? サッカー班の春合宿で何があったんだよ」

「別に何もないよ小林だよ」


 オレは女子二人に視線を向け「お待たせ。そろそろ行こうぜ」と声をかけた。その様子をニヤニヤしながら眺めていた取り巻きがすかさず茶化しにかかる。


「出たよ、大林の爽やかイケメンムーブ。勘違いオフサイドトラップともいう」

「他校の女子までキャーキャー言わしてた人気者の自覚あんのかよこいつ」

「はいはい、小林感ゼロですいませんね」


 ギャーギャー騒ぐ男三人をその場に残し、靴を履き替えて廊下に出る。正面の壁にはオレの全身が映るほど大きな鏡と、部活やコンクールなんかで獲ったトロフィーや記念品の数々が並ぶ表彰コーナーが設けられていた。


「ったく、バカじゃねーのあいつ……ら?」


 ここを見ても分かるように、強力なライバルがひしめくうちの班はお世辞にも強いとは言えない。でも、なぜか人が集まりざわついているこの一角で、オレはチームへの期待に勝るものを見つけてしまった。


「川岸! 水原! ちょっと見てくれよこれ!」

「ま、待ってよ小林くん! 急にどうしたの?」

「お前の視点から何がどう見えたのか知らないが、私たちは平均的な日本人の女だ。身長マウントのつもりなら今度こそ腹に一撃食らわしてやる」

「そんな意図ないわ! いいから前に出て、展示見てみろ!」


 四段ほどある飾り棚の上から二段目。その左端に、普通の二倍の大きさがある観音開きの色紙が置かれている。大人数での寄せ書きに使われるやつだ。

 真ん中で正方形に区切られた左右のスペースに、二人の人物がサインを寄せている。それらをまたぐ形で余白に記された文字から推測すると、色紙は逢桜高校の開校記念として書かれ、寄贈を受けたものらしい。


「あっ!」

「澪、これは――」


 向かって右側には几帳面な文字で【FC逢桜ポラリス #9 羽田正一】と署名され、教科書のようにキレイな筆記体のローマ字でサインが併記されている。これだけでも珍しいものだけど、注目すべきはその隣に並ぶ適度に崩されたブロック体のサイン。日本語の文面も流れるように滑らかで、明らかにサイン慣れした筆跡だ。

 人波をかき分け、ショーケースの前にたどり着いた二人もすぐ気づいたようだな。ガラスの向こうで一際輝く、雲一つない青空のように鮮やかな軌跡に。


【東海ステラ/FC逢桜ポラリス #11 佐々木シャルル良平】


 あふれ出す「大好き」をポジティブにとらえる風潮が定着した現代の日本社会で、何らかの「推し」を持つ人の割合は実に五割近くにもなるという。よほど人間としてアレな対象でなければ、何を推しても温かい目で見守ってもらえる時代だ。

 オレも例に漏れず、ずっと昔から最推しはりょーちんと公言してきた。何なら「女子にモテたくて」レベルの軽い気持ちで憧れを口にし、サッカーを始めた節すらある。


「……鈴歌、もしかして」

「私も同意見だ」


 直筆サイン色紙を前に、川岸と水原は小声で何事が話している。それもそのはず、今をときめく有名人が学校に来た、ってのは男女問わず話のタネになるもんな。ド定番の名前ネタとサッカーとりょーちんの話題を引っ提げてきたオレとも相性がいい。

 クラスメイトとの話で展開に詰まり、反応に困った二人のピンチに背番号十・小林公望、颯爽と登場。華麗な会話のパスワークで仲を取り持ち、オフサイドでも株爆上がり! なんてことにならないかな。なれたらいいな~。

 そんな希望……妄想? に胸を膨らませるオレの意識を、またしても「小林くん、ちょっといいかな」という川岸の声が現実に連れ戻す。


「え?」

「大事な話がある。黙ってついて来い」


 次いで水原が右腕をつかみ、教室がある廊下の右方向に無理やり引っ張っていこうとしたからさあ大変! さっきの男子三人組にまたデカい声で騒がれてしまった。


「修羅場かな? 修羅場ですねこれは」

「入学初日から二股とか、先が思いやられますよ大林選手」

「やっぱりチャライカーじゃん」

「違うっつの、全員ケツを蹴り上げるぞ! あと、オレは小林!」

「いつ、いかなる時でも名前の訂正は忘れないんだね……」


 注目されるのは嫌じゃない。でも、こんな形で目立つのは勘弁してほしい。まったく状況が読めないままオレは二人に引っ張られ、昇降口のすぐ右側にある階段を上らされた。

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