最推しの軌跡

 ところで、オレたちは今からどうやって自分の靴箱を探し当てると思う? 実はここでも〈Psychicサイキック〉が大活躍。風景をざっと眺めるだけで、割り当てられた場所が光ってマーキングされるんだ。

 えーと、オレは……安定の最上段です。本当にありがとうございました。


「よーっす、大林! また三年間よろしくな!」

「おう、よろしく。わかってると思うけど〝小林〟な」


 そこに、後ろからやってきたブレザーの男子三人組が声をかけてくる。出身校は違うけど町内中学校の交流戦で知り合い、顔を合わせれば他愛のない話をする程度にはつき合いのあるメンツだ。

 そいつらに遠慮してか、川岸と水原からは少し距離を置かれてしまった。二人とも受け身な性格だから、知らない男子に囲まれていい気はしないはず。

 よし! ここはオレがゴール前の攻防ばりにスマートかつテキトーな会話で切り抜けてみせよう。


「そういえば大林、クラスどこだった?」

「C組の小林だけどなんで?」

「マジか……ご愁傷様。Cは担任ガチャぶっちぎりのハズレらしいぞ」


 オレの答えを聞くと、三人は一様に憐みの目を向けてきた。ハズレだって? 先生も人間なんだから、反りが合わない生徒は必ずいる。その評価を下した誰かとは相性が悪くとも、オレや川岸とは上手くいくかもしれないだろ。

 人から聞いた話だけで判断するなよと思ったけど、それをそのまま口走るほどオレは空気の読めないヤツじゃない。たしなめるべきことでも、相手によって時と場合と言い方は選ばなきゃ。

 その点、水原は気をつかうのが面倒くさいのか、自分よりバカな人間の顔色をうかがうのがアホらしいのか。ひと手間省いて自分から敵作ってんだよなあ。


「先輩あたりから聞いてないの? 現国の葉山はやまっていうおじさん先生らしいんだけど、時間とか校則とかに人一倍うるさいんだって」

「いや、それ普通だろ。時間と規則を守るのは集団生活の基礎基本だよ」

「厳しいだけで済めばいいけど、こう……カッとなりやすいっていうか、ヒステリックっていうか。怒らせるとこっぴどく叱り飛ばされるって話だ」

「パワハラ受けるかもしれないってこと? なら〈Psychic〉で動画撮るか音声録音しといて、そいつより偉い先生に股抜きスルーパスすりゃいいじゃん」

「大林、お前メンタル強すぎない? サッカー班の春合宿で何があったんだよ」

「別に何もないよ小林だよ」


 オレは追撃を無視し、女子二人に「お待たせ。行こう」と声をかけた。その様子をニヤニヤしながら眺めていた野郎どもがすかさず茶化しにかかる。


「出たよ、大林のイケメンムーブ。勘違いオフサイドトラップともいう」

「チャラいところまでりょーちんリスペクトなんだ……」

「他校の女子までキャーキャー言わしてた人気者の自覚あんのかよこいつ」

「はいはい、小林感ゼロですいませんね」


 ギャーギャー騒ぐ男三人を尻目に、靴を替えて廊下に出る。正面の壁にはオレの全身が映るほど大きな鏡と、部活や学校として獲ったトロフィーや記念品の数々が並ぶ表彰コーナーが設けられていた。

 もしかして、サッカー班もいい線いってる? 期待を胸に、オレは棚の中をのぞき込んだ。


「ったく、バカじゃねーのあいつ……ら?」


 残念ながら、県内に強力なライバルがひしめくうちの班はお世辞にも強いとはいえないらしい。俊英みたいな強豪からは敵とすら認識されないやつだ。

 でも、ナメたプレーしてくる相手を返り討ちにできたら、きっと最高にカッコいいよな。スポーツ界では時にそうした下剋上、奇跡と称されるジャイアント・キリングが起きるから、オレたちも――って希望が持てる。

 そして、この場所にはさらに心を奮い立たせるものが飾られていた。


「川岸、水原! ちょっと見てくれよこれ!」

「ま、待ってよ小林くん! 急にどうしたの?」

「お前の視点から何がどう見えたのか知らないが、私たちは平均的な日本人の女だ。身長マウントのつもりなら今度こそダウンを奪ってやる」

「そんな意図ないわ! いいから展示見てみろ!」


 四段ほどある飾り棚の上から二段目。その左端に、普通の二倍の大きさがある観音開きの色紙が置かれている。大人数での寄せ書きに使われるやつだ。

 そこに、二人の人物がサインを寄せている。余白に記された文字から推測すると、色紙は逢桜高校の開校記念として書かれ、寄贈を受けたものらしい。


「あっ!」

「澪、これは――」


 向かって右側には几帳面な文字で【FC逢桜ポラリス MF #9 羽田正一】と署名され、お手本のようにキレイな筆記体のローマ字でサインが併記されている。

 これだけでも十分価値あるものだけど、注目すべきはその隣の適度に崩されたブロック体のサイン。日本語の文面も流れるように滑らかで、明らかにサイン慣れした筆跡だ。


【東海ステラ/FC逢桜ポラリス FW #11 佐々木シャルル良平】


 あふれ出す「大好き」をポジティブにとらえる風潮が定着した現代の日本社会で、何らかの「推し」を持つ人の割合は実に五割近くにもなるという。よほど人間としてアレな対象でなければ、何を推しても温かい目で見守ってもらえる時代だ。

 オレも例に漏れず、昔から最推しも目標も憧れの選手も、全部りょーちんだと公言してきた。本気でサッカーをやるようになったのは、この人に会って叶えたい夢ができたからだ。


「……鈴歌」

「私も同意見だ」


 直筆サイン色紙を前に、川岸と水原は小声で何事が話している。それもそのはず、今をときめく有名人が学校に来た、ってのは男女問わず話のタネになるもんな。ド定番の名前ネタとサッカーとりょーちんの話題を引っ提げたオレとも相性がいい。

 同級生との話に詰まり、反応に困る女子二人のピンチに小林公望きみたか選手、登場。見事な会話のパスワークで仲を取り持ち、オフサイドでも株爆上がり! なんてことにならないかな、なったらいいな~。

 そんな妄想に浸るオレの意識を、またしても「小林くん、ちょっといいかな」という川岸の声が現実に連れ戻す。


「ん? 何?」

「大事な話がある。黙ってついて来い」


 次いで水原がオレの右腕をつかみ、無理やりどこかへ引っ張っていこうとする。それを見たさっきの男子三人組にまたデカい声で騒がれてしまった。


「修羅場かな? 修羅場ですねこれは」

「入学初日から二股とか、先が思いやられますよ大林選手」

「やっぱりチャライカーじゃん」

「違うっつの、全員ケツを蹴り上げるぞ! あと、オレはストライカーで、小林!」


 注目されるのは嫌じゃない。でも、こんな形で目立つのは勘弁してほしい。まったく状況が読めないままオレは二人に連れられ、教室とは逆の方向に足を進めた。

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