side C

おかしな三人組

「――水原」

「言うな」

「サッカーのサの字も興味ないヤツだから、いつかやらかすと思ってたけど」

「警告したぞ。笑えば殺す」

「まさか、オレとりょーちんを間違えるとは……ぶはっ、ははははははは!」

「どうやら命が惜しくないようだな!」


 天才は恥ずかしさのあまり、オレの腹めがけ右ストレートを繰り出してきた。おろしたての黒い学ランにへなちょこパンチがめり込むすんでのところで、オレはとっさに背負っていたバックパックを前に抱え盾にする。

 ぼすっ、と鈍い音を立てて衝撃が伝わり、サイドに寄せたファスナーにつないであるアクリルチャームが大きく揺れた。


「おおっと! もしかしてオレ、新たな才能に目覚めちゃった感じ?」

大林おおばやし公望きみたか。陽気でうるさい社交性の権化、コミュニケーション能力バケモノ級。相変わらず図体と態度のデカい男だ」

「違うから。陽気でデカくてコミュ力高いのは合ってるけど、至ってマジメな小林こばやしだから」


 そういえば、自己紹介がまだだったな。オレは公望、スポーツ科学専攻の普通科一年生。同級生から頭ひとつ抜け出る背の高さと名前をもじった「大林」が鉄板のあだ名だ。

 逢桜中アサチューではサッカー部に所属。主将で10番、フォワード、エースストライカーやってました。もちろん、高校ここでも活躍する予定の大型新人(物理)でございます。

 そんな感じでおどけてみせて、みんなの生温かい視線とツッコミを誘い場をなごませるのがオレの得意技だ。本当に名前間違っておぼえてる人もたまにいるけど、「サッカー班の大林」で通じる領域までくると逆にアドバンテージだよ。


「ま、まあまあ二人とも……」

「川岸も大変だな、高校でもこいつの通訳させられるなんて」

「通訳だと? 失礼な、私は生粋の日本語話者だ。日本人のお前が理解できないとするなら、それは語彙ごい力あるいは読解力の不足によるもの。義務教育からやり直せ」

「鈴歌!」


 この一匹おおかみとなんで接点があるのかって? そりゃあ、さっきから黙って話を聞いてくれてる川岸のおかげだよ。中学の時、水と油くらい違うオレらが共通の目的で手を組む仲立ちをしてくれたんだ。

 悪質なタックルよりひどい天才さまの毒舌には最初こそドン引きしたが、今ならただ単に思いやりがない(そして改める気もない)だけだと分かる。敵も味方もよく知らないから怖いのであって、知ればいくらでも対処のしようはあるだろ?

 そう、例えば「悔しかったら言い返してみろ、サッカー馬鹿め」と言いたげな顔をしているこいつのご期待に応えてやるとか、さ。


「その義務教育すらサボり常習犯だった不良ギフテッドには言われたくないな」

「世間の常識が変わったならまだしも、なぜすでに広く知られた普遍的事実を改めて習う必要がある? 授業に出ろというなら、その有用性と必要性を示せ」

「勉強する場だと思うからつまんないんだよ。見方を変えてみたらどうだ? ほかの人間の思考と行動を観察する場、ってさ」

「興味ないな。お前のボール遊びにしても、何が面白いのかさっぱり理解できん」

「そんなんだから友達できないんだぞ水原」

「はいストップ! ストーップ! 小林くんもピッチ外でバチバチしない!」


 川岸がたしなめるように声を張り、両手を広げてオレたちの間に割って入った。ふと我に返って周りを見ると、さっきまでバーチャル掲示板に集まっていた多くの視線がこっちに向いてしまっている。


「お前のせいで澪に怒られたじゃないか。どうしてくれるんだ」

「どうもしません。さっさと名前探して教室向かおうぜ」


 入学初日から騒ぎを起こしたとして、先生に目をつけられでもしたら一大事だ。第二ラウンドはまたの機会に取っておいて、オレと水原はひとまず和解することにした。


「えーっと……あった! C組だって。鈴歌は?」

「Aだ」


 まわりが一喜一憂する中、三人でクラス分けに目を通す。特進科の生徒だけを集めたA組は最初から無視、B組も「工藤」の次は「佐藤」だ。そうして五十音順に並んだC組のか行を追っていくと、川岸の名前から三つ下に【小林 公望】と書かれていた。

 名前の頭についている桜のマークは、推薦と一般入試の成績優秀者上位三名を示す模範生の印。水原には確かめるまでもなくそれがあった。

 オレはというと、宮城を代表する私立のサッカー強豪校・青葉あおば俊英しゅんえいからスカウトされた実力はまぐれじゃないことを証明した形だ。


「鈴歌は納得だけど、小林くんも模範生なんだ」

「運動神経の良さは皆が認めるところだからな。私のつくば行きは議論にすらならなかったが、奴は最悪のタイミングで〈五葉紋ごようもん〉を手にした」

「あ……っ」

「それに輪をかけ、奴に興味を示していたユースチームからも音沙汰がなくなったらしい。泣きっつらはちとはこのことだな」


 中三の秋、合格の知らせを受けたその日の夕方に〈五葉紋〉が出なければ、オレは選手寮に入るという名目で仙台に脱出するはずだった。

 嫌いになってしまう前に町を離れ、いつか名を上げた時に胸を張って「宮城の逢桜町出身です」と言えるように。


 どうしてオレなんだ? なんでオレの手に桜が咲いた?

 これが……このしるしが、この手さえなければ、オレは――!


「小林くん?」


 ――っ!? オレ……今、なんかヘンなこと考えてた?

 あっぶねー、全然まわり見えてなかった。川岸が話しかけてくれなかったらどうなってたか……。友達に心配かけるのは良くないな。

 よし。ここはいったん落ち着いて、いつもどおりに振る舞うとしよう。


「何? オレの顔になんかついてる?」

「髪、染めたんだね。スポーツ推薦なのに大丈夫なの?」

「校舎の壁と同じレンガ色、テラコッタっていうんだってさ。ここの校則は見た目と成績を結びつけない政教分離、金髪メッシュツーブロックまで攻めてもノーファウルだって先輩に聞いたから思い切っちゃった」

「そうなんだ、よく似合ってるよ。小林くんらしいね」

「マジ? よかった~、ダサいって言われたらどうしようかと思ったわ」


 水原にドヤ顔を向けると、あっちも親指を下に向けて「くたばれ」のハンドサインで応じる。やっぱオレ、こいつとは一生わかり合えないわ。

 唯一の功績は、川岸と知り合う機会をくれたことだ。あまり目立たない印象の女子だと思ってたら、これがなかなか面白い。

 マンガにアニメ、ゲームも好きだけどオタクっぽい陰気臭さはない。趣味は小説を書いてネットに投稿すること、だそうだ。好きを極めて自給自足に走る系の人、オレのまわりでは珍しいからすげー新鮮。


「それより、今日から同じクラスだな。よろしく川岸!」

「ふえっ!? う、うん、よろしく……!」


 右手を差し出し、笑顔を向けて握手を求める。川岸はちょっと顔を赤くしながら応じてくれた。その背後から呪い殺さんばかりに突き刺す水原の視線が痛い。


「澪に触るな、エースチャライカー。一服盛られたいか?」

「誰がチャライカーだ! オレはエースストライカーの、こ・ば・や・し!」


 オレたちの掛け合いを見て川岸が吹き出し、こっちもつられて笑い声をあげる。水原もほんの少し、ほんの少しだけ口の端を吊り上げていた。

 大丈夫。オレたちなら、この先何があっても大丈夫だ――。気を抜くとこみ上げてくる霧のような不安を振り払い、オレたちは昇降口の中に入った。

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