side B-2

信じているから

「あり得ない……わたしが汎用AIごときに出し抜かれるなんて!」

『あり得るさ、俺は少々特殊な仕様でな。マスターが生きてさえいれば陸海空極地のどこでも活動できる』

「どういうこと? デバイスに依存しないというなら、は――」

『余計な詮索せんさくはやめておけ。多種多様な人間がいるのと同じで、AIもまた千差万別……と、悪いな。アシストはここまでだ』


 マネージャーは顔にべっとりついた返り血をパーカーのそででぬぐい、すそでメガネのレンズを拭いた。服装データの汚損は脱げば直るし、必要経費とか言って俺に買わせた服だからってぞんざいに扱いやがったなこいつ!

 ……やっぱりあとで、蔵王山ざおうさんに向けて蹴り飛ばすか。


『さて、マスター。相手はかなりお冠で、サイバー空間から波状攻撃を仕掛けてきている。緊急対応マニュアルに基づく非常事態を宣言したい』

「了解。ここで歓待してやらなきゃ男がすたるってもんだ」

『待て待て落ち着け、快諾するな! この先は命の保証もないんだぞ!』

「なんでおまえがビビってるんだよ。そこはほら、乗り掛かった舟というか、一蓮いちれん托生たくしょうというか。静岡県人やらまいかやってみろ精神の見せどころよ」


 軽い口調とは裏腹に、俺たちはがけっぷちだ。こいつの非常事態宣言とは、すなわち俺の意識を明け渡す手前で張る背水の陣。許可すれば脳に凄まじい負荷がかかって、こっちがショック死する危険すらある。

 ほかの三人なら却下するであろうことを、俺は二つ返事で許可した。決して反動を甘く見ているとか、自己犠牲的な精神で美談を作りたいとかいう安っぽい理由じゃない。

 確かな信頼。人間か、AIかなんてどうでもいい。こいつになら命を預けられると、お互いに信じている。それが俺たちの関係性だ。


『コア・プロテクト起動。セキュリティレベルをAからSへ。生命維持機能ライフセーバーオン、意識水準警報アラートカット。マスターの生存を最優先事項とし、最大戦力で防衛する』

「ヤバいこと宣言してるはずなのにカッコ良いな、おまえ」

『嬉しそうに目を輝かせるな! 多層式ファイヤーウォール、全方位展開しつつ緊急修復開始。全電子兵装、ロック解除。出力制限リミッター撤廃。ホログラム投影中断カット、ステルスモードに移行する』

「じゃあ、またしばらく声だけになるってことか?」

『迎撃に専念するためだ。心配するな、呼ばれたら返事くらいは――』


 いよいよ〈エンプレス〉との直接戦闘を覚悟した矢先、ぱん、と何かが弾ける乾いた音がした。直後、胸にトラップとは比べ物にならないほどの強い衝撃が走る。目の前で火花が散り、俺は思わずうめき声を上げて路上に倒れ込んだ。

 きな臭さを感じた方向に目を向けると、急に明るさを増した視界へ愕然がくぜんとする自衛官のお姉さんが映った。その手に、熱でかすかに景色をゆがませる凶器を握って。


「……え? 自分、今……何を――」

「り……、××――!」


 ちくしょう、やられた。そういうことか……。体と意識を切り離し、それぞれを独立して動かすことができるなら、自我を残したままの操り人形も用意されてたっておかしくない。

 あいつがうっかり(ピー音が入って聞こえたとはいえ)俺の名前をバラしやがったが、そんなミスなど微々たるもの。プロの抜き撃ちは……さすがに……正確、だな……。


『大丈夫です、!』

「晴海さん! まだ生きてたのか」

『生ぎでるに決まってっぺ! なーぬ何をすづれーな失礼なごど言っでんだ、このおんつぁんおっさん!』


 と、いつしかすすり泣きすら流さなくなり無音になっていたスピーカーが、突然お国言葉全開で上司さんを怒鳴りつけた。

 あのおっさんがビビって飛び上がるとか、珍しいもの見たわ。あとで〈Psychicサイキック〉の視覚連動レコーダーに残ってないかチェックしてみようかな。


『あわわ、つい仙台弁が……』

「す、すまない。急に声が聞こえなくなったものだから、最悪の事態を考えてしまった。身体に戻れてはいないものの、意識だけの形で残っていたのか」

『ちょっと泣き疲れちゃいまして……情けないな、私。しっかりしなきゃ、ディレクターさんに怒られちゃう』


 あのリポーター、普段は意図的に標準語しゃべってるのか。動揺するとうっかり素が出ちゃうズーズー弁女子、と。役に立たない豆知識いただきました~。


「ところで、当たっていないというのは?」

『あ! そうでした。お伝えしたそのままの意味です。弾は命中したけど身体は無傷というか、主力選手があっさり退場しては面白くないというか』

「――とリポートされているが。いつまで寝ているつもりかな」


 はい来た、弁解の機会を与えると思わせて「ごめんなさい」しか正答を用意してないパターン。俺のこと嫌いな主審かよ……。

 いつくばった状態から路上に片手をつき、ゆっくりと身体を起こす。中途半端に消えかけた状態で「しっかりしろ!」と呼びかけながら盛んに周囲を飛び回っていたマネージャーが目を見開いた。

 おい。まさかこいつ、マジで俺が死んだと思ってたんじゃないだろうな。


「挑発スキルは落第だな、まず撃たれぬように立ち回らねば。何か申し開きは?」

「ありませ~ん……」

『ん? 俺は幻覚を見ているのか?』

「勝手に殺すな! 死んだのはこいつだ」


 俺はそう言って、ふところに忍ばせていたスマートフォンの残骸を示してみせた。液晶画面から撃ち込まれた弾は本体にめり込み、電池を割って裏面カバーを変形させたところで奇跡的に止まっている。

 でも、それは射程距離や風速、入射角などの条件が少しでも違っていたら貫通していた可能性があることの裏返し。無造作に思えるが、計算尽くの射撃だ。

 〈女帝〉が手駒に狙わせたのは、和製コンコルドの心臓エンジンじゃない。その陰に隠れて不快指数を増大させる、目障りなハエだったんだ。


「ところであなた、××××さんっていうのね。フランス生まれのシズオカ育ち、世界中から引く手あまたのJリーガー。なのに、なぜか3部でくすぶるワケありエース」

「な……、俺の名前とサングラス! いつの間に――」

「わたしはを拾っただけよ」


 ハッとして〈エンプレス〉へ目を向けると、その指先が見覚えのある物体をつまんでいた。あれだけ絶対外すなって言われてたものが、敵の手中にある。

 そういえば、撃たれた瞬間目の前がパッと明るくなった。衝撃で飛んで見えるメルヘンチックなお星様のせいじゃなかったのか、あれ!


「勝利給をたい焼きで払う東海ステラの悪口はそこまでだ。入った当時はJ1でトップチーム狙える一角だったし、身元を引き受けてくれた恩義もある」

「気分を害したならごめんなさい。だけど、事実でしょう?」

『最後の一言ですべてを台無しにする、誰かさんのドリブル並みにキレッキレのトークセンス。俺には到底真似できないな』


 マネージャーに茶々を入れられた〈エンプレス〉は、再びいら立ちを見せ始めた。相方とその手綱たづなを握る俺に、明らかな殺意を向けてくる。


「そこまでお望みとあらば、二人仲良く殺してさしあげようかしら」

「俺は芝生の上でサッカーと心中する予定なのでお断りします。おまえは?」

『専属マネージャー兼フォトグラファーとして、最高の一枚を撮るまでは死ねない。ゴール裏のアンチは黙ってろ』

「だよな!」


 俺たちが思いのほか動揺しなかったのがご不満だったのか、〈女帝〉はにっこり笑って指を離した。かしゃん、と音を立てて足元に転がったサングラスの上へ、真っ赤なハイヒールが振り下ろされる。

 一瞬、ただ一度だけ目の前に【E-00:認識阻害無効 デバイスが破壊されました】というエラーメッセージを吐いて、俺を護る最大の盾は砕け散った。

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