急転直下(上)

「――あら、まあ。あなたのお洒落しゃれなアクセサリー、うっかり割ってしまったわ」

「白々しいな。初めから壊すつもりだったくせに」

「人気も技術も体力もあるのに、四十五分しかピッチに立てない。不当な扱いにいつまで耐えるおつもり? 今こそ、持て余した真の実力を世に示すべきよ」


 橋の上、河川敷、カメラマンが構えるレンズの向こう。この瞬間、無数の視線が俺一人に注がれている。一挙一動を見逃すまいと張り詰めた空気は、さながら決勝点をけたペナルティキック直前のようだ。

 撮影クルーが小声で「りょーちん、目線こっち!」とささやく。俺は一度深呼吸をし、口を引き結んで、ゆっくりと声のする方へ視線を向けた。


『あれが、本物の……』

「晴海さんもご存じだったか。海外における彼の異名は、あの目の色に由来する。ルーツと俊足にちなんで超音速旅客機扱いするのは日本人だけだそうだ」


 ――天上の青セレストブルー

 サッカーとたい焼きに魂を売り渡した神童として、俺のうわさは早くから遠く離れた生まれ故郷にも届いていた。わざわざ会いに来てくれたスカウト関係者と対面するなり、開口一番そう評されたのを今でも鮮明に覚えている。

 一点の曇りもない天のいただき、いつかそこに至る支配者の青。俺の人間性を象徴するパーツであり、世界へ羽ばたく代名詞になるだろう――と。


「〈種子シード〉よ芽吹け、光を放て。夢のかけらに火を灯せ」

「なんだ? 急に手が光って……」

「大きな、腕輪?」

「――発芽せよ。〈五葉紋ごようもん〉、励起」


 手の甲をく激しい熱と光で、俺たちはそこに刻まれたしるしが変化したことを知った。紋があるほうの手首に光の輪が三つ連なって現れ、輝きを放っている。持ち主の人となりをイメージしたのか、鮮やかなネオンカラーのそれらは多種多様な色と形をとっていた。

 上司さんの右手には真ん丸の輪。この人は着物もイカした抹茶色だし、落ち着いた大人の雰囲気には濃い緑色がよく似合う。

 右手の人差し指を拳銃の引き金にかける自衛官のお姉さんは、右の手首に赤い正方形。キレやす……じゃなくて、熱血仕事人らしいビジュアルだな。

 女子中学生の左手にも、深い青色の正三角形が与えられた。この子も赤黒い空に手をかざし、光りながらバラバラの方向にゆっくりと回るそれを眺めている。


「おや、キミのは少し様相が違うな」

「お兄さんは二人分よ。次元を超えた素敵な友情を祝して、ね」

『俺の分はお前が代執行する仕組みのようだ。つまり実質十画のストックを得たわけだが、負荷は全部お前にかかる。リスクしかないドーピングだと思え』

「殺す気か! 禁じ手ならなおのこと使っちゃダメだろ!」

「右手の紋と五角形、空色のものが本人の分か。マネージャー君のはどこに?」

「おそらく左脚でしょう。接地面に黄緑色の六角形が三つ重なって見えます」


 お姉さんの言うとおり、しるしが現れる部位は必ずしも手とは限らないようだ。俺だけこうなったのは、この危機にで立ち向かえって「神」とやらのお達しか?

 となると、おそらく受ける影響も本業絡み。とんでもない威力の蹴りが出る、なんてのがベタだけど現実的だな。

 直撃すればゴールポストをへし折り、守護神も裸足で逃げ出す迫撃砲シュート……俺にとってサッカーがまだ遊びだった頃、幼なじみとPK三本勝負しながらそんな夢を見たこともあったっけ。


「正確には足の甲よ。両利きと聞いたからどちらに付けても良かったのだけど、わたしのシミュレーションではこれが一番スタイリッシュに見えたの」


 あいつが逢桜町ここの駅前で不動産屋を構えてるって聞いた時から、俺は絶対会いに行こうって決めていた。見張りをいてまでここに来たのは、河川敷の屋台でたい焼きを買って、掛川のお茶で一杯やりながら二人で話がしたかったからだ。

 しばらく会ってないけど、元気にしてたかな。サッカーに限らず、近況でも何でもいいから取り留めのない話をしたいな。

 そしたら、もう一度――昔の俺たちに、戻れるかな。


『おい、りょう×! 聞こえるか?』

「え? ……ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

『しっかりしろ、戦いはもう始まってるんだぞ。ラフプレー上等、ルールなんてクソ食らえ。どんな手を使ってでも勝ちに行かなきゃならないんだ』


 〈エンプレス〉が「休眠打破、スタンバイ」と発した直後、急に視界全体の明度が低下した。あの薄気味悪いチャイムが、再び頭の中を駆け巡る。


 ぴろん、ぴろん。

 ぴろん、ぴろん。


 そうして、新たなメッセージが俺たちの前に現れた。この町にいるというだけで騒ぎに巻き込まれた不運な人間に対する、一方的な死刑宣告が。

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