side A-2
ガールズトーク
――時は、少し前に
「あハっ、あ……アアァああアあ――!」
リポーターの女性は
急病か? どの部位が原因にせよ、迷うことなく救急車を呼ぶべきだ。誤って舌を
ん? 待て。なぜ私は宙に浮いている? 本人の了承も得ず身体を猫のように抱え上げ、後ろに引きずっているこの腕の持ち主は……
「確保!」
「おらっ、おとなしくしろ!」
私の背後を離れたチャラ男はリポーターに飛びかかって片腕を捕らえ、そのまま寝技に持ち込む形で地面に引き倒した。
そこに着物の男も加わり、結束バンドで手際よく彼女の両手首を縛り上げる。なぜ彼がそんなものを持っていたのかはあえて考えないことにした。
彼らは私を助けてくれたようだ。ありがたい。これには私もマイナス寄りに定義した評価を改める必要がありそうだな。
「救急車呼べ! それと警察!」
『無理だ。〈
そんなことを考えながら茜色の空をぼんやり眺めていると、先ほど見かけたスーツの女性が私のそばにやってきて、穏やかな口調で話しかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫、です」
「あちらは男性陣に任せましょう。少し、お話を伺っても?」
「構いません」
彼女は仲間の男たちから目を離さぬまま、私のそばにしゃがみ込んだ。
「本来はきちんと名乗るのが筋ですが、礼儀を重んじる余裕はありません。ひとまず防衛省所属の自衛官とだけ言っておきます」
「……地元の、中学生。逢桜中学校の二年生です」
「中学生? 失礼、あまりに大人びているので高校生かと」
「そうですか」
一方、激しく抵抗していたリポーターが急におとなしくなったことで、二人の男にも一息つく余裕ができていた。金髪のほうは爽やかな笑みを浮かべ、着物の男と「よくやった」のグータッチに興じる。
「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」
「キミには遠く及ばないとも。〝りょーちん〟には、ね」
ほんの一瞬だったが、相方の一言にチャラ男の目が泳いだ。その理由と彼の正体について、これまで得た情報から少し考察してみるとしよう。
本人と周囲の発言から、彼がサッカーを「する」側の人間なのはほぼ確定。人は核心を突かれると動揺するものだ。私の目はごまかせないぞ。
間違いない。金髪男とイケメンサッカー選手らしい「りょーちん」は、十中八九イコールでつながっている。
「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性――市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」
「は?」
ここまで分かれば、本名も遠からず明らかにできる。私は容姿の
『あと俺、団子よりたい焼き派だから』
『マネージャー使い荒すぎだろ、このたい焼きフリークサッカー小僧』
そう、彼の愛してやまない大好物だ。元々高い人気と知名度があるなら、サッカーに詳しくない一般人の間でも「たい焼き好きのアスリート」という認識が根づいて
それなのに、分からない。もう少しでたどり着けそうなのに、頭にもやがかかって思い出せない。記憶の肝心な部分が、すっぽり抜け落ちている。
お前は――あなたは一体、誰なんだ?
「すまない。私たちでは、これ以上手の打ちようがないんだ」
「どうして? 私、こンなこトしたくナい。死ニたクない! お願い、信じテ! だレか、助ケて――!」
リポーターが悲痛な声で訴える。これが、生きながらにして正気を失うということか。自分の身体なのに他人事のような、思いどおりにならない奇妙な感覚。その気持ち悪さがもたらす精神的苦痛はいかばかりだろう。
一方、スーツの女性はというと、何やら〈Psychic〉の仮想デスクトップを前に悪戦苦闘していた。〈テレパス〉の着信を示す画面に発信者の名前はなく、血文字を思わせる真っ赤な字で【この通信は拒否できません】とある。
「……あの、何を?」
「見て分かりませんか? 消防署へ救急要請を試みています」
「〈Psychic〉の外部通信は封じられているはずですが」
「これは緊急事態です。
この人は何を言っているんだ? デジタルの世界は0か1、白か黒かはっきりしている。無理なものは無理という考えには至らなかったのだろうか。
どうやら彼女は、私の抱いていた印象よりもずっと愚かで、単純で、
「大丈夫、決着は私がつける。未来ある若者に手を汚させはしないさ」
「そういう問題じゃないだろ! だって……だって、こんな……」
彼女は不気味な画面に向き合い、細い指で赤い終話ボタンを叩き続ける。当然ながら反応はない――なかったが、何度目かの挑戦の末、その上にあった緑色の通話ボタンが私も見ている前で勝手にスライドした。
彼女の瞳が大きく見開かれる。これは操作ミスでも、誤作動でもない。何者かが外部から意図的に操作したのだ。
「これは……〈テレパス〉が強制受信を?」
「何者かが、私たちと話したがっているようですね」
リポーターが立ち上がり、その場に得も言われぬ緊張が走る。皆、目を見開いたまましゃべろうとしない。数秒間の沈黙が流れたのち、彼女は口火を切った。
「初めまして、逢桜町の皆さん」
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