side:B-2 その1

「あり得ない……〈Psychicサイキック〉のAIは、世界標準規格で能力を統一された汎用型のはず。わたしを超えられるはずがないわ!」

『俺は対応端末を選ばない、少々特殊な仕様でな。極端な話、コイツが生きてさえいれば陸海空極地のどこでも活動できるようになっている』

「デバイス依存ではない? あなた、まさか――」

『おっと、余計な詮索せんさくはやめておけ。多種多様な人間がいるのと同じで、AIもまた千差万別……と、悪いな。アシストはここまでだ』


 マネージャーは額にべっとりついた返り血をパーカーの袖でぬぐい、俺にちらりと目配せをした。その様子に〈エンプレス〉が顔をしかめる。

 バーチャルデータだから洗う手間がないし、必要経費とか言って人の財布で決済した服だからってぞんざいに扱いやがったなこいつ! やっぱり蔵王山に向けて蹴り飛ばすか。


『平静を装ってはいるが、相手はかなりお冠でな。俺を抹殺し、お前を手駒にしようとクラッキングの波状攻撃を仕掛けてきている。今は何とか応戦できているが、緊急対応マニュアルに基づく非常事態宣言を要請したい』

「了解。ここで歓待してやらなきゃ男がすたるってもんだ」

『本当にいいのか? 実際にエスコートするのはAIおれでも、負荷は全部お前に跳ね返ってくるんだぞ』

「そこはほら、乗り掛かった舟というか、一蓮托生というか。静岡県人らしいやらまいかやってみろ精神の見せどころよ」

『まったく……注文の多いクソ理不尽な超攻撃的フォワードですこと』


 言葉の軽さとは裏腹に、俺たちは絶賛がけっぷちだ。AIパートナーによる非常事態宣言は主人の意識を明け渡す手前で張る背水の陣であり、許可すれば脳にとんでもない負荷がかかって、下手すればショック死する危険すらある。

 ほかの三人なら絶対に却下するであろうことを、俺は二つ返事で許可した。傍目はためにはそう見えたとしても、使い慣れてるからって反動への耐性を過信しているとか、自己犠牲的な精神で美談を作りたいとかいう、安っぽい理由じゃない。

 確かな信頼。人間か、AIかなんてどうでもいい。こいつになら背中も命も預けられると、お互いに信じている。それが俺たちの関係性だ。


『コア・プロテクト起動。生命維持機能ライフセーバーオン。精神衛生メンタル保護プログラム、警告アラート無視で警戒レベル最高まで引き上げ。マスターの生存を最優先事項とし、俺の全力を以て防衛する』

「ヤバいこと宣言してるのになんかカッコ良いな、おまえ」

『嬉しそうに目を輝かせるな! 多段式ファイヤーウォール高速修復、全方位展開。全電子兵装、ロック解除。出力制限リミッター撤廃。ホログラム投影中断カット、ステルスモードに移行する』

「じゃあ、しばらく声だけになるってことか?」

『実体化にかかる労力を迎撃に費やすためだ。少々反応が鈍くなるかもしれないが、心配するな。お前の呼び声には応え――』


 いよいよ〈エンプレス〉との本格的な戦争かと覚悟した矢先、ぱん、と何かが弾ける乾いた音がした。

 直後、胸にトラップとは比べ物にならないほどの強い衝撃が走る。目の前で火花が散り、俺は思わずうめき声を上げて路上に倒れ込んだ。

 きな臭さを感じた方向に目を向けると、急に明るさを増した視界へ愕然がくぜんとする自衛官のお姉さんが映った。その手に、熱でかすかに景色をゆがませる凶器を握って。


「……え? 自分、今……何を――」

「り……、××――!」


 ちくしょう、やられた。そういうことか……。体と意識を切り離し、独立して動かすことができるなら、自我を残したままの操り人形もいると考えるべきだった。

 あいつがうっかり(ピー音が入ったとはいえ)俺の名前をバラしてしまったが、そんなミスなど微々たるもの。プロの抜き撃ちは……さすがに……正確、だな……。


『大丈夫です、当たってません!』

「晴海さん! まだ生きてたのか」

『生ぎでるに決まってっぺや! なーぬ何をすづれーな失礼なごど言っでんだ、このおんつぁんおっさん!』


 と、いつしかすすり泣きすら流さなくなり、無音になっていたスピーカーから突然お国言葉全開で怒鳴りつけられた上司さんがびっくりして飛び上がった。

 あの人がビビるなんて珍しいな、誰か動画に撮っててくれないかなあ。


『あわわ、ついなまりが……』

「す、すまない。急に声が聞こえなくなったものだから、最悪の事態を考えてしまったんだ。身体に戻れてはいないが、意識は保っているんだね」

『ちょっと泣き疲れてしまいまして。情けないな、私。しっかりしなきゃ、ディレクターさんに怒られちゃう』

「仕事熱心な人だったんだね、彼は」

『はい。だから――どうか、もう眠らせてあげてください」


 あのリポーター……晴海さん、普段は意図的に標準語しゃべってるのか。驚いたり、酒が入ったりするとうっかり素が出ちゃうズーズー弁女子、と。役に立たない豆知識いただきました~。


「ところで、当たっていないというのは?」

『あ! そうでした。お伝えしたそのままの意味です。弾は命中したけど身体は無傷というか、主力選手がこんなあっさり退場するはずないというか』

「――と、実況解説者は言っているが。いつまで寝ているつもりかな」


 はい来た、弁解の機会を与えると思わせて「ごめんなさい」しか正答を用意してないパターン。俺のこと嫌いな主審かよ……。

 這いつくばった状態から路上に片手をつき、ゆっくりと身体を起こす。中途半端に消えかけた状態で「しっかりしろ!」と呼びかけながら盛んに周囲を飛び回っていたマネージャーが目を見開いた。

 おい。まさかこいつ、マジで俺が死んだと思ってたんじゃないだろうな。


あおりスキルは落第だな、まず撃たれぬように立ち回らねば。何か申し開きは?」

「ありませ~ん……」

『あの女、よくも――え? 生きてる?』

「勝手に殺すな! 死んだのはこいつだ」


 俺はそう言って、ふところに忍ばせていたスマートフォンの残骸を示してみせた。表の液晶画面から撃ち込まれた弾は本体に深々とめり込み、電池を割って裏面カバーを変形させたところで奇跡的に止まっている。

 でも、それは射程距離や風速、入射角などの条件が少しでも違っていたら貫通していた可能性があることの裏返し。無造作に思えるが、計算尽くの射撃だ。

 〈女帝〉が手駒に狙わせたのは、和製コンコルドのエンジンしんぞうじゃない。その陰に隠れて不快指数を増大させる、目障りなハエだったんだ。


『SPさん、SPさん。さっき、よく生きてたなって私に言いましたよね』

「要人警護は専門外だし、そもそも着物に帯刀、見るからに歩く銃刀法違反が警察官だったら世も末だが、似たようなことは確かに言った」

『私が頑張れた秘密はですね……ズバリ! 推し、です!』


 スピーカーの中の人が、どんな顔で放送を垂れ流しているかは分からない。でも、聞こえる声からは負の感情が全部吹っ飛んだポジティブな力が感じられる。

 北極星ポラリス。あるいは、いつか聞いた故郷のことわざ――Le soleil brille pour tout le monde. 太陽は万人の上に輝く、という意味だ。

 偏見も、差別も、格差もなく、誰にでも等しく活力を分け与える。居るだけでチームを照らす道しるべ、ポジティブの権化にしてカリスマ的なリーダー。この人にとっての推しは、それだけデカい存在ってことか。

 すげーな、めちゃくちゃカッコ良いじゃん。俺もそうありたいけど、このザマじゃなあ……あーあ、カッコ悪いことこの上ないわ。


『あ、信じてませんね? 推しの力は侮れませんよ。のためなら身体から追い出されようが、意識だけになってクラゲよろしく電子の海を漂うことになろうが、何だって頑張れてしまうのです』

「分かるとも。推しは力。至高のアイドル。そして尊さプライスレス」

(娘さんのこと言ってるな、この親バカ侍……)

『というわけで、さっさと私の体を返しなさいよ〈エンプレス〉! オフのりょーちんを地元で、しかもこの距離から生で拝めるとかまたとないんだから!』


 ――沈黙。次いで、町中まちじゅうにどよめきが広がった。

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