13. 消えた軽機関銃

 1655年4月某日、帝国首都カエルレウムから北に40キロメートル程の田舎町ファッジェタル・カーラに向けて、4両の貨物自動車が深夜の国道を走っていた。

 荷台を覆うほろには首都近隣のブドウ農園の名前と図柄が描かれていたが、今この時間はその農園の輸送部門が営業しているような時間ではない。

 何より、その4両はまるで軍隊の如く整然と列を成し、一定の車間距離と速度を保ったまま走行していた。


 2月の「ロランド・ゾルガー」号襲撃事件を受けて本格化した大公国内の連邦軍残党勢力掃討作戦の中で発見された、連邦保安委員会の一味の活動情報。

 その潜伏拠点の1つがこの田舎町――カエルム州ファッジェタル・カーラにあると、帝国内務省治安警察局はつかんでいた。

 皇室情報院からの情報提供の下、一味の捕捉からこの田舎町に辿たどり着き、出入りの日程や一味の規模を掴むまで約2か月。長かったものだと、ルシオは小さく溜息ためいきを吐いた。

 貨物自動車の荷台の中は真っ暗で、車内の面々のお互いの表情はうかがえない。否、仮に明るかったとしても窺えなかっただろう。

 しかし、その眼光の鋭さだけは暗闇の中でも分かるようだった。

 灰色の戦闘服に黒い覆面。手には短機関銃、腰には短機関銃の予備弾倉と、陸軍も使っている自動式拳銃に、煙幕手榴弾しゅりゅうだん

 彼らは、国家憲兵隊の介入部隊だった。


「緊張しておいでですか?」


 隣に座る、国家憲兵軍曹がルシオに話し掛けてくる。ルシオは否定の意を示した。


「いいや。もう3度目だ。慣れたよ」


 アーテリア戦争以降、帝国内に潜伏していた連邦保安委員会の諜報員ちょうほういん達の動きは、にわかに活発化していた。

 戦争中から、そして戦争が終わった今も、帝国内務省治安警察局と、その配下で実働する国家憲兵隊がその多忙さにおいて戦時と何ら変わりない程だった。

 ルシオ・コーネット国家憲兵少尉も、国内の恐怖主義者テロリスト掃討作戦に参加するのはこれで3回目だ。

 一昔前ならば、同年代の少尉ではまず実戦経験などなかった。実戦経験なしで年嵩としかさを重ねて内勤に入った者も多かった程だ。

 だが、彼の同期生達はもうほぼ全員が実戦経験者となっていた。


「今回も地方警察には伝えていないんだったな?」

「そのはずです」

「なのに目標は街のド真ん中か。いつもいつも……」


 治安警察局と国家憲兵隊は内務省管轄であり、各行政区の配下にある地方警察とは対を成す存在である。

 基本的に帝国内の治安維持や犯罪捜査は地方警察の職掌となっているのだが、時に州境をまたいだ広域犯罪や、政治犯罪等といった国家の政治上の秩序に抵触すると判断されたもの、そして地方警察の能力を越えたと判断される事件の解決に国家憲兵隊は乗り出し、その為に治安警察局は地方にも目を光らせている。

 そしてその際、特に国家憲兵隊が保有する介入部隊が投入された場合は、現場は大いに。単純な歩兵火力では帝国陸軍に引けを取らない準軍事組織たる彼らが、その持ち前の攻撃力を存分に発揮するからだ。

 この為、各地の地方警察にとって彼らはかなりの厄介者扱いであり、現場で摩擦が生じることもよくあった。口さがない地方警察関係者は彼らのことを「強行解決の最終手段」などと侮蔑的に言うこともある。

 一応このカエルム州は皇室直轄領なので他の地方に比べては少ないが、それでも組織間の軋轢あつれきはある。

 ましてや、今回の強襲作戦は地方警察――州警察にも都市警邏けいら隊にも事前連絡していない、治安警察局と国家憲兵隊の独自工作だ。

 それはつまり、突入から制圧、調査、撤収を全て地方警察が駆け付けるまでに終わらせる必要があることを示していた。

 そもそも法的にはを国家憲兵隊が攻撃することは認められていない。幾ら恐怖主義者といえども、合法的に用意した施設等にただ集まって談義しているだけの者らを充分な証拠なしに襲撃するのは、本来違法行為なのだ。

 本来的な正攻法で解決するのであれば、拠点を調べ上げた治安警察局が地方警察――今回の場合はカエルム州警察に情報を提供し、州警察の方で彼らを逮捕せねばならない。

 しかし、治安警察局はそうせず、敢えて国家憲兵隊を直接投入していた。

 それどころか、戦争以来、度々このようなことが行われている。各地方警察は薄々気付いてはいるが、それで内務省に文句を言うことは出来ない。

 彼らの能力を越えていることが始めから分かっているのだ。


 ――旧来の組織構造じゃ対処出来ないようになってきているんじゃないか?


 ルシオの脳裏にそのような疑問が浮かぶ。

 敵対国の諜報機関という、一般の犯罪者や小規模に活動する間諜組織とは全く性質の異なる者達の相手は、最早地方警察では務まらない。

 しかし現行法に照らし合わせれば、国内の間諜への対処は軍の要請に基づいて地方警察が行わなければならず、地方警察で対処不可と判断されて初めて国家憲兵隊が乗り出せる。

 また、恐怖主義者の摘発も地方警察の仕事だ。地方警察と国家憲兵隊の間には、事件を未然に防ぐのか、起きた事件に対処するのか、という一応の住み分けがあり、行動を起こす前の恐怖主義者の取り締まりは地方警察の職分である。

 つまり、広域的な諜報組織網――ましてや、正規軍並みの火力を持ち合わせて恐怖主義活動を行う諜報機関の存在など、法的に想定されていなかった。


「10分前です」


 国家憲兵軍曹がささやく。

 ルシオはうなづき、一度面々を見渡した。


「目標は把握しているな?」


 無言のまま、肯定の意が返ってくる。ルシオはそれに頼もしさを覚えつつ、改めて説明した。


「目標施設はバレージ果実酒工場。地下酒庫に偽装して物資を保管していると見られる。現地監視院からの報告によれば今日、この時間帯の標的は6名。増えても8名程度だ。90秒以内に制圧し、10分以内に撤収する。ただし、都市警邏隊か州警察がそれより早く勘付くようなら、撤収を更に早める。以上だ」


 事前の作戦会議で通達された内容の再確認。この段階では、最早変更することも質問することもない。


 貨物自動車の列はファッジェタル・カーラの街区の片隅、バレージ果実酒工場の隣の区画に停車した。

 荷台から10名余りの灰装束達が飛び降り、果実酒工場の塀を素早く乗り越えて侵入する。駐車場正門の警備員は彼らに気付いた気配もない。

 灰装束達は短機関銃を構えたまま駐車場横の建物に張り付くと、貨物自動車が停まった区画の建物に向けて4度、手持ちの軽量赤色灯を点滅させた。これから突入する、という隣の区画で待機する班への合図だった。

 数秒。

 駐車場横の建物の鉄扉を爆破し、灰装束が一斉に突入する。


「ッ――!?」


 中に居た男3人は成す術もなく、灰装束らの短機関銃によって撃ち倒された。

 奥の部屋の扉が勢い良く閉められる。

 灰装束達は物陰を手早く確認しながらその扉へと駆け寄り、扉の横に取り付くと、何の迷いもなく扉の上の通気窓に手榴弾を投げ込んだ。

 爆発。

 爆風でこれまた勢い良く開かれた扉から、灰装束は殺到する。

 部屋の中に居たのは4人。息があったのは1人だけで、その1人もすぐに拳銃弾を浴びて息絶えた。


「制圧完了!」

「制圧完了!」


 部下達の声に、ルシオは小さく息を吐いた。時間にして1分弱。ほとんど無酸素運動だった。


「こいつらクラスニア人か?」

「……っぽくないのが居ますね。死体も回収しましょう」


 検分が始まり、突入班ではない国家憲兵隊員もぞろぞろと入ってきた。貨物自動車の発動機の音も聞こえる。駐車場の警備員を排除し、貨物自動車が駐車場に入ってくる音だ。

 最初に突入した倉庫は何の変哲もない倉庫であったが、奥の部屋には書類や通信機があり、この部屋が連邦保安委員会の拠点と見て間違いなさそうであった。果実酒や工具類を入れる木箱も置かれているが、その中身が外面通りとも限らないだろう。

 国家憲兵隊員達はそれらの中でも重要であると目される書類等を回収していく。

 あまり時間は取れない。もう10分もすれば、都市警邏隊が駆け付けてきてしまうのだ。


「少尉、こちらへ」


 奥の部屋の一角を調べていた国家憲兵軍曹に呼ばれ、ルシオはそちらへと歩み寄る。

 そこにあったのは、果実酒を入れる用途とは思えない、長方形の木箱だった。蓋は開かれており、中には緩衝材だけが詰められているのが見える。

 同じ箱が幾つかあり、ルシオが顎をしゃくると、国家憲兵軍曹が1つ開けた。

 そこに入っていたのは――


「ヴォルタ1641……?」


 帝国陸軍が使用する、ヴォルタ1641軽機関銃であった。

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