10. クレーベ伯爵の誤算

 「ロランド・ゾルガー」号の襲撃は、帝国と大公国を揺るがす大事件となった。

 乗っていた第8鉄道連隊と第21師団の将兵37名全員が死亡し、小火器や食糧が強奪され、挙句の果てに貨車2両が爆破されたという、帝国軍史上においても類を見ない失態である。

 指揮車が最初に制圧され、続いて機関車、砲車と制圧された為、外部に連絡することも途中で止めることも出来ず、結局発覚したのは予定通りに到着せず連絡もつかないことに気付いた第21師団と第8鉄道連隊が捜索隊を放った為であった。

 実行犯は大公国内に潜伏する元連邦兵と見られ、その目的は物資の強奪と鉄道への破壊工作であるとされた。貨車の爆破に関しては、書類上の積み荷が砲弾だったので、意図的に爆破したというよりは、事故によって爆発したものと結論付けられた。

 いずれにせよ、帝国軍第21師団はこの報復の為に大公国での恐怖主義者テロリストの取り締まりを強化し、事件後数日で40名以上の元連邦兵を見つけ出して殺害した。


「……」


 第100師団司令部庁舎の応接室。

 新聞の記事を凝視し、胡乱うろんな目で見上げると、胡散臭うさんくさい笑顔のティベリオが座っている。

 ヴィオレッタはわざとらしく溜息ためいきを吐き、新聞を置いた。


「お望みの結果ですか」

「大体ね」


 事件後の大公国内での恐怖主義者狩りは、皇室情報院と大公国親衛隊が放っていた工作員が情報を収集し、第21師団に協力する形で行われた。つまり、皇室情報院と大公国親衛隊としては第21師団に恩を売ったわけだ。第8鉄道連隊にも別の形ではあるがきちんと補填が行われている。

 して、ヴィオレッタ達があの貨車を爆破したのは、第21師団にとってもある意味僥倖ぎょうこうであったとも言える。


「まさか『緑色砲弾』が出るとは思いませんでしたが」


 帝国軍において化学砲弾は「色付砲弾」と呼ばれる。これは帝国軍が使用する化学砲弾がそれぞれ被帽と薬莢やっきょうの縁への着色で識別されている為である。

 「緑色砲弾」は神経剤弾であり、非常に致死性が高い化学兵器だ。神経剤は帝国軍でも最新の部類に入り、先の戦争では糜爛びらん剤と並んで大公国の戦場や連邦の都市に対する空襲等で盛んに使用された。

 「ロランド・ゾルガー」号の8両目の貨車からは通常の砲弾の他に、この「緑色砲弾」が数箱発見されたのである。

 砲弾はいずれも帝国製のものだが、本来第21師団に配備されているものではない。停戦協定で国境部隊に致死性の高い化学兵器を配備することが禁止されているからだ。

 ただ当該部隊指揮官の一つで有耶無耶うやむやに出来る可能性から、こうした部隊が協定違反の装備等をとして勝手に保有しているというのはよくあることだ。当然第21師団の国境部隊も員数外として化学砲弾を保有している。

 今回発見された「緑色砲弾」が密輸の一部だったのか第21師団の員数外装備だったのかは不明だが、どちらにせよ、帝国の化学兵器が持ち出されているというのは露見すると帝国にとって都合の悪い話である。

 なのでヴィオレッタ達は「緑色砲弾」を全て運び出してから貨車を爆砕処分した。そのまま爆破しては周辺が汚染され、それでその存在が露見する為だ。

 本来の積み荷を知っている第21師団の関係者は化学砲弾の存在が露見しなかったことにさぞ安堵あんどし、そして今もその砲弾が行方不明であることに悩んでいることであろう。


「飛行機の方は分かったんですか?」

「担当官によれば西方諸王国連合が共同開発した対地攻撃機だそうだ」


 大物はもう1つある。

 7両目と8両目の貨車の積み荷は、分解された航空機であった。

 大陸北西部にひしめく中小国家群は、帝国ではよく西方国家群と呼ばれるが、実態としては2つの軍事同盟に分けられる。

 1つは北部から内陸部にかけて広い範囲の中小国が加盟するグライア同盟。これはグライア人領邦の経済及び軍事同盟で、約80年前の政変で共和制に移行しながらも未だ拡張主義を隠そうともしない連邦に対抗する為に結成された。

 もう1つは沿岸部の5つの王国で形成される西方諸王国連合。元々は帝国と海上交易で渡り合う為に結成された歴史の長い海上軍事同盟だが、近年は陸空軍の軍事同盟としての側面も持つようになり、航空兵器の共同開発や合同演習等を活発に行っている。

 両者は軍事同盟としては2つだが、経済的には帝国や連邦に対抗する意図から西方経済圏協定によってまとまっている為、帝国では西方国家群と一纏めにされることが多いわけだ。

 発見した航空機は、持ち出すことは出来なかったので写真を撮って機関砲以外は爆砕処分したが、空軍省航空技術研究局が解析した結果としては、西方諸王国連合製の最新鋭攻撃機だった。持ち帰った25ミリ機関砲は現在分析中である。


「クレーベ伯爵の伝手ですかね」

「大方、西方諸王国連合側も乗っかってるんだろう。新兵器の性能を植民地なんかじゃなくて連邦で試せるんなら猶更だ」


 さもありなん。

 帝国にとってグライア同盟と西方諸王国連合の大きな違いは、新大陸や南方大陸における植民地利権の有無だ。陸軍国の集まった新興勢力であるグライア同盟が植民地をほとんど持たない一方、伝統的に外海への進出を進めていた西方諸王国連合は多くの海外領土を持つ。

 今でこそ条約によって目立った敵対関係ではなくなったが、かつて帝国と西方諸王国連合は蒼西洋の経済覇権と新大陸での植民地を巡って激しく対立した時代もある。

 この為、西方諸王国連合は今も軍備増強に余念がなく、特に航空・海上の軍事技術については帝国に匹敵する技術を持ち、連合海軍は帝国西海艦隊と互角に渡り合うと言われている程だ。

 だが近年、植民地での紛争も小康状態に入り、各国の兵器開発はにわかにその実験場を求めていた。最新鋭の戦闘機や攻撃機は南方大陸の植民地ではその威力が過多であり、かといって中央大陸西部では帝国と連邦しかその相手が居らず、どちらも戦争になってはただでは済まない相手だ。

 その帝国と連邦の間で行われたアーテリア戦争が2年足らずという短期で終わってしまったので、西方諸王国連合にとってはその後の連邦内戦こそが絶好の機会といえた。


「ま、証拠は押さえた。あの砲弾は良い手土産になるだろう」


 ヴィオレッタ達が回収した「緑色砲弾」は、現在皇室情報院が確保している。第21師団とのつながりも状況証拠とはいえつかんだ。

 クレーベ伯爵は白を切るだろうが、くぎを刺すには充分だろう。

 ヴィオレッタが知ることの出来る範囲はここまでだ。ここから先は彼女の知らないところで何もかも動いていき、そして知らない内に解決されるのだろう。

 これだから政治は嫌いだ、と彼女は低卓に投げ出した新聞を畳み始めた。



        *        *        *



「失敗した、か」


 窓の外で降りしきる雪を眺めながら、男はつぶやいた。

 「ロランド・ゾルガー」号襲撃事件はただの列車強盗ではない。そんなことは誰もが分かっている。

 だが、関係者にとって問題なのはということだ。

 公式発表の連邦兵などではない。アーテリア北部に潜伏する連邦軍残党にそのような芸当がこなせるわけがない。

 線路を破壊して脱線させたり橋を落としたりするならまだしも、信号に細工をして乗り込み、制圧した上で停車させたのだ。その上、中身が発覚すれば問題となりそうな貨車を破壊している。

 それでは他国の者だろうか、と思うがその線も薄い。帝国や大公国に悪意を持つ者ならば寧ろ貨車の中身を暴露して醜聞にでもするだろう。

 だがそうでないとなると、後に残るのはだけだ。

 男には既に察しがついていた。

 帝国軍だ。本国が駐留軍の密輸への協力に気付いたのだ。

 彼の意図に気付いていたかは不明だ。だが、確かに帝国は彼の企てを阻止しようと動いた。


 硝子杯の中で蒸留酒が揺れる。

 彼――クレーベ伯爵の目的はクラスニア南部、大公国との国境地帯であるファルブロス地方を緩衝国として独立させることであった。その為にこの地方の民兵勢力に支援を行い、西方国家群に情報や資源を売っていた。

 彼とて自身の思惑が帝国政府とも大公国政府とも食い違っていることも、一方で同じように連邦内戦に危機感を抱いていることも理解している。

 しかし帝国や大公国が支援する連邦革命政府が連邦で実権を握ったとして、今後永遠に帝国や大公国に対して牙を剥かないとはどうして言えるだろうか? クラスニア人は所詮クラスニア人なのだ。

 産業と経済を重んじ、契約を信奉する帝国や西方国家群と違い、クラスニア人は約束を守るという習慣がない。大陸東部で不可侵条約を一方的に破棄して他国の領土を強引に併合した事変も記憶に新しい。

 それならば、グライア系住民の多いファルブロス地方にグライア系主体の国を作り、そこを緩衝国とした方がアーテリアの安寧は保たれるのではないか。

 だから、彼はファルブロス地方の独立を既成事実化してしまう為に行動していた。

 しかし、5年目にして帝国から釘を刺された形になる。

 そもそも、戦争前にクラスニア南部を不安定化させる為に密輸していた武器は連邦の諜報ちょうほう機関に逆に利用されてしまっていたこともある。

 北アーテリア紛争とそれに連なるアーテリア戦争で帝国軍が鹵獲ろかくした西方国家群製の兵器類の出所は未だに不明とされているが、彼には分かっていた。彼自身の失策だったからだ。

 だというのに、その時と同じ手を使い続けるのはどう考えても悪手だった。

 自身の心情であるから、そのような愚行を続けた理由は分かっている。

 のだ。注ぎ込んだ金額も少なくなく、期間も短くなく、そして手法自体はかなり有効ではあったのだから。

 だからこそ連邦の諜報機関はそれを見つけた時に目敏く利用したのだろうし、実際連邦内戦が始まってからはファルブロス地方のグライア系武装勢力はかなり伸張することに成功している。

 だが、結局は最初から上手くいき続けるはずもない綱渡りのようなものだったのだろう。

 まったく、ままならないな――と、クレーベ伯爵は硝子杯を仰いだ。

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