09. 大列車強盗(後)

 今回の「ロランド・ゾルガー」号は1両目が砲車、2両目が機関車、3両目が指揮車、4と5両目が貨車、6両目が対空砲車、7と8両目が貨車、9両目が砲車、10と11両目が郵便車で、12両目が今彼らの居る緩急車という編成だ。

 事前情報によれば7と8両目は「」であり、密輸に使われているとしたらこの車両である可能性が高い。

 ヴィオレッタ達は緩急車から11両目の郵便車に乗り移り、警備用に詰めていた2人の兵士へと襲い掛かった。


「ん? 誰だ?」


 露台の扉を開いた者を認めた兵士は最初味方だと思ったのか警戒を緩めたままだったが、その姿が味方の兵士ではないことに気付くとすぐに手元の小銃を構えようとした。しかしその前にヴィオレッタの片手に口を押えられ、もう片手に持った銃剣に脇腹を2回、顎の下を1回と素早く刺される。

 もう1人の兵士もヴィオレッタの部下である曹長に銃剣を突き込まれて壁に押し付けられ、悲鳴を上げる前に喉を蹴り潰された。


「な、何だお前ら!?」


 影が動いたのが見えたのか、10両目の郵便車に詰めていた警備の兵士2人がやってくる。

 彼らは一応警戒して半自動小銃を構えていたが、狭い車内ではまともに照準することもままならず、1人は発砲する前に銃剣のさびにされ、もう1人は最初から連結部の扉を照準していた消音小銃の弾丸に脳幹を破壊された。


のない連中だ。ヴィトリー、ソブール。前の車両を見てくれ」

「了解」


 ヴィオレッタから指示を受け、ソブール曹長は死体から銃剣を引き抜くとそれを構えたまま10両目の郵便車へと侵入する。ヴィトリー大尉が援護としてそれに続いた。


「制圧完了」


 数十秒の後、ヴィトリー大尉の声が聞こえたので、ヴィオレッタ達は10両目の郵便車へ移り、そのまま素通りして露台の扉を開いた。

 9両目は砲車であり、連結部から直接車内に入る方法はない。


「ドヴォス」

「はい」


 「ロランド・ゾルガー」号の砲車は、自走能力はないが重機関銃に耐える装甲を持ち、屋根に70ミリ砲2門と機関銃座1基という武装を備えた車両だ。前方と後方に砲塔、その間に機関銃座がある。

 車両内部は兵員室も兼ねており、砲手を除いて10名前後の将兵が乗り込むことが可能である。


「あの機関銃座を片付けろ」

「了解」


 ヴィオレッタに呼ばれ、分隊の最後尾についてきていた男、ドヴォス軍曹が前に出てくる。持っていた短機関銃を近くの仲間に預け、砲車の屋根に顔と狙撃銃をのぞかせる。

 銃声が響き、狙撃銃の槓桿こうかんを引きながらドヴォスが合図したのでヴィオレッタから順番に砲車の屋根へと上っていった。

 砲車の弱点は、当然と言えば当然だが、歩兵に取り付かれると反撃出来なくなるという点だ。70ミリ砲は徹甲弾も榴弾りゅうだんも使えるので威力こそ高く、それこそ戦車も撃破出来るが、自車の屋根の上に居る敵兵の排除には使えない。機関銃座も射手が屋根出入口から身を出している必要があり、単純に危険だ。側面の扉から歩兵を降ろして展開させることも出来るが、勿論もちろん走行中には不可能である。

 ドヴォスは機関銃の射手を正確に撃ち抜いていた。内部の兵士が異常に気付き、すぐに死体を車内に下ろして代わりの兵士が銃座に顔を出したが、ヴィオレッタの持つ連邦製短機関銃がその顔を弾丸で耕した。


「敵襲! 敵襲だ!」

「単なる狙撃じゃない! 屋根の上に居るぞ!」

「クソッ、いつの間に!」


 銃声を聞いて車内の兵士達が慌て出した頃にはもう遅く、ヴィオレッタ達が機関銃座の屋根出入口から手榴弾を放り込んでいた。

 爆発を確認した後は屋根出入口に短機関銃の銃口を突っ込んで乱射する。戦車等の装甲車にも使える手管だが、貫通力の低い拳銃弾を使用する短機関銃を装甲車内等に乱射すると、跳弾によって内部の人間を殺傷することが出来るのだ。

 ヴィオレッタの指示で2人の分隊員が車内に下り、数発の銃声の後に2人はまた屋根出入口から出てきた。

 次の2両が目標の貨車だが、作戦としてはこれらの先にある対空砲車も制圧しなければならない。10人は砲車から8両目の貨車に飛び移り、そのまま屋根を駆けていく。

 が、その直後、重々しい銃声と共に、光の筋がヴィオレッタ達の近くを通り抜けた。音は連続し、光も風切り音を立てて飛んでいく。曳光えいこう弾だ。


「やばい! 対空砲だ! 伏せろ!」


 ヴィオレッタが叫ぶが早いか、行動するが早いか、全員がその場で伏せた。頭の上を15ミリ機関砲弾がすり抜けていき、後方の砲車の砲塔に当たって甲高くも鈍い音を立てながら光の帯が空へと跳ね上がる。

 前方の対空砲車が異常を察知したらしく、15ミリ対空機関砲座の最大俯角ふかくをとって水平射撃を行ってきたのである。貨車は対空砲車より背が低いので伏せれば当たらないのが幸いか、もし直撃されたら人間の身体など紙切れのように引き裂かれてしまう。砲車の砲塔は15ミリ弾では貫徹出来ないので、誤射も恐れていないのだろう。


「勘の良い奴が居るな……前の連中大丈夫なんだろうな」


 この列車強盗作戦の要点は大きく2つある。

 まず目標を確保し、貨物を確認すること。これは列車を制圧してどこかに止めれば増援が来るまでという時間制限があるが、比較的ゆっくりと物色出来る。

 もう1つは、乗っている将兵を誰一人逃がさないこと。帝国軍部隊の仕業であるという証拠を残さないことと、一方でこれを第21師団やクレーベ伯爵に対する警告とする為だ。彼らはこの件について、と気付くだろう。

 ただこれを実現する為に、制圧完了を確認するまで列車を止めるわけにはいかなくなり、そしてそれが時間的な制約となった。手早く片付けなければ列車が目的地に辿たどり着いてしまうのだ。

 作戦としては信号機へので列車を足止めし、その時に最後尾の緩急車と3両目の指揮車に乗り込んで制圧することによって、まず外部との連絡を絶つ。

 ヴィオレッタ率いる後方の分隊は緩急車を制圧したら後ろから前へと制圧していき、セッラ大尉率いる前方の分隊は指揮車の次は機関車を、続いて先頭の砲車を制圧したら後ろへと進んでいく。

 この為、実はもう既にこの列車の機関士と機関助手は機関車の中で物言わぬ死体となっており、この列車は警備側か強盗側のどちらかが勝利して機関車で制動機をかけなければ終点まで走り続けてしまう状態だ。それどころか誰も制動機を掛けなければ終点を突っ切ってどこかに突っ込むという大事故になる。

 前方の分隊と後方の分隊との間で常時連絡を取る手段はないのでヴィオレッタには後方分隊を指揮しながら、無事を祈ることくらいしか出来ない。


「あれ吹っ飛ばせない? 爆薬持ってきたろ?」

「無茶言うな。あれ吹っ飛ばす威力じゃ脱線して全員あの世行きだ」


 ヴィオレッタの提案に反論したのは戦闘工兵のミローネ大尉。彼は陸軍士官学校でヴィオレッタの同期生で、子爵家の次男という立場もあって何かと交流があった男だ。戦争中は帝国北部の師団に属する戦闘工兵として、度々国境を越えて連邦軍の航空基地等を爆破する任務に就いていたという、特殊作戦の専門家である。

 彼ら戦闘工兵達は貨車の扉をこじ開けること、そして列車制圧後に貨車を爆砕処分することの為に今回の作戦に連れて来られていた。加えて歩兵隊よりも隠密行動に慣れていた、という事情もある。


「ドヴォス、機関銃が見えるか?」


 対空砲車の構造は基本的に砲車と同じだ。車体自体は装甲で覆われ、2つある砲塔は対空見張りがしやすい硝子張りになり、砲も15ミリ機関砲に換装されている。それと砲塔と砲塔の間に機関銃座がある。

 車両に対して縦方向に向けた際の対空機関砲の最大俯角は0度であり、対空砲車の屋根より低い位置に居れば直接撃たれることはないが、機関銃座は違う。銃架に歩兵用の汎用機関銃を据え付けているだけなので、かなり俯角を取れるし、何なら取り外して直接撃てる。


「銃手は居ますな。ただ機関銃は向いてます」

「誤射防止だな」


 機関銃は短機関銃と異なり、標準型の小銃弾を使用する。対空砲車の砲塔は硝子張りとはいえ航空機用防弾硝子を使用しており、拳銃弾程度には耐えるが機関銃で撃たれれば貫通されてしまう。この為、機関銃座は砲塔の向こうに居るヴィオレッタ達を撃てないのだ。

 だがそれは強盗部隊にしてみれば気休めにしかならない。

 彼らの武装は近距離戦に向いた短機関銃や散弾銃で、中距離戦において最も威力があるのは7.8ミリ弾を使用するドヴォスの狙撃銃か他2名の持つ帝国製半自動小銃だ。いずれもあまり連射が出来るものではなく、対空砲車の砲塔の硝子を撃ち抜くには地道に撃ち込みまくるしかない。


「取り敢えず撃ってビビらせろ。匍匐ほふくのまま前進! 前へ!」


 ヴィオレッタの号令で、分隊員達は砲塔への射撃を繰り返しながら、匍匐前進で貨車の屋根の上を進んでいった。

 対空機関砲は反撃してきたが、貨車の屋根で伏せる強盗犯達に命中させることは出来ず、そしてヴィオレッタが対空砲車の屋根に手をかけて頭を出した時には、砲塔内部で砲手が死んでいた。小銃弾の数発くらいなら耐えられるが、何発も撃ち込まれればいくら航空機用防弾硝子でも耐えられなかったのだ。

 機関銃座の射手をドヴォスが狙撃すると、ヴィオレッタは硝子が割れて穴の開いた砲塔の中に手榴弾を投げ込み、中に短機関銃を乱射した。そして機関銃座の屋根出入口から車内に飛び込む。死屍累々ししるいるいの警備兵の中で、まだ反撃してくる元気のある者が2名居たが、彼女は事も無げに短機関銃で撃ち、殴り、とどめを刺した。

 また、前方の貨車の屋根目掛けて盛んに撃っていた前方側の対空砲も、背後から数十発の小銃弾を浴びせて沈黙させた。


「対空砲車制圧だ。前の班は?」

「あちらも制圧完了のようです」


 ヴィオレッタが対空砲車内から顔を出して屋根の上のヴィトリーに尋ねると、彼は前方へと手を振りながら答える。前方の指揮車と砲車を制圧した別動隊の面々を率いていたセッラ大尉が手を振っているのが、彼女からも見えた。

 列車が速度を落としていく。

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