06. 黒髪のロジーヌ
帝国では1月1日から3日にかけて、新たな年を迎えたことを盛大に祝う。
各地で新年を祝う催し物が行われ、首都カエルレウムでは毎年1月1日は帝国軍による大々的な閲兵式も開かれる。
1652年はアーテリア戦争の影響で規模が縮小されたが、停戦した翌年からは元の規模に戻され、今年も地上を各地の陸軍部隊と海軍歩兵が練り歩き、その頭上を空軍の戦闘機や爆撃機が彩ることでその威容を示した。
先の戦争での功労者が多い第100師団第1001歩兵大隊も当然ながらこの行進に参加しており、ヴィオレッタは大隊長として皇帝夫妻と観客に敬礼して見せた。
そして、閲兵式が終わると彼女は大隊の帰営を次席指揮官に任せ、着替えもせずに国立高等学校へと向かった。貴族将校や予備役部隊ではよくあることで、事前にそう頼んでもいたので、誰も彼女を
国立高等学校における年始式典は、主に1月1日の昼下がりから行われる学生音楽隊による演奏行進と、夕方から学校会館で開かれる夜会で構成される。
学生音楽隊は練習が厳しく、学業成績での優秀さも求められるので所属するのは大変だが、こうした行事の際に活躍して目立つことが出来る他、卒業後に軍隊に入隊するのに有利に働く為、軍人を志す学生達に人気だ。ロジーヌの友人の中では陸軍一家な男爵令嬢、ダニエラ・ロレンツォが所属している。
「お疲れー!」
「ありがとー!」
後片付けが粗方終わったダニエラをロジーヌ達が女子寮の廊下で出迎えると、彼女は弾けるような笑顔で一人一人と抱擁を交わした。
「ひゃっ! もう、すっごい汗! お風呂行ってらっしゃい!」
「ひっどーい! でもありがと、行ってくるね!」
学生音楽隊の制服姿のままの彼女は真冬にも関わらず汗だくで、抱きつかれた時にそれに気付いたフラヴィはすぐにそれを指摘した。ダニエラは笑いながら手を振り、浴場へと駆けていく。
それを見送ると、彼女はロジーヌへと向き直った。
「ね、ロジーヌさん。今夜の夜会は出るのよね?」
「え、ええ」
「付添人は誰かいらっしゃるの?」
フラヴィの質問に、ジーナ・ザナルディも
淑女協定を結んだとはいえ、彼女は積極的に兄の存在をロジーヌにアピールしてきている。
「ヴィト兄様……兄が来てくれるの」
「そうなんだ……ジュリアン様じゃなくて?」
「ジュリアン兄様の弟よ。郵政局の飛行士をしているんだけど、今日はお休みを取ったらしくて」
ジーナだけでなく、フラヴィの瞳も輝いた。
「その、ヴィト様はご結婚なさっているの?」
「えっ……いや、してないよ。クレア姉様が釣書をいっぱい持ってきてはいるみたいだけど……」
「じゃあ――」
「はいはいはい、それは会場でご本人に言いなよ。ロージー、そろそろ着付けしよ?」
「あ、うん」
ずいっとロジーヌに迫りかけたフラヴィとジーナを、ロジーヌの親友ベルナデッタが遮った。「ロージー」とはロジーヌの愛称だが、ベルナデッタ以外にそう呼ぶ者は居ない。因みにロジーヌも彼女のことを「ベルナ」と呼ぶが、これまたロジーヌ以外にそう呼ぶ者は居ない。
フラヴィ達はベルナデッタにぶー垂れながらも、女子寮の玄関に向かっていった。自分達の準備がある為だ。
ロジーヌの友人で、彼女と同じく女子寮に入っているのはダニエラだけだ。しかし部屋の階層が違う上に食事や入浴の時間もズレている為、驚く程接点がない。フラヴィを通して友人になる前は、お互いに多少顔を見たことがあるかなと思った程度であった程である。
「いつもありがとね、ベルナ」
「いいのよ」
国立高等学校の女子寮は全員に個室が与えられる。個室といっても寝台と収納庫と勉強机があるだけの簡素なもので、部屋自体もかなり狭いのだが、町屋敷を持たない地方の下位貴族や平民出身の生徒には有難い。
ロジーヌはアンセルミ家の町屋敷から通っても良かったのだが、寮の方が手間もかからないし、使用人が居ないので将来の練習にもなる。他の寮生の面倒を見ることで将来貴族等の使用人になった時の為の練習とする者も多いのだ。
また、入寮者には入寮者の交友関係網があった。同じ寮生として、特に部屋が近かったり生活時間帯が被っていたりする者同士で友人になりやすい。
生憎と、ロジーヌはジルドとの件が始まってから少々敬遠されがちで、寮内ではダニエラくらいしか親しく話す相手が居なくなってしまったのだが。
寮内には基本的に使用人が居ないので、こういった礼装の着付け等、一人で出来ないことは寮内の友人同士で手助けし合ったり、その時だけ親や使用人を呼び出したりするのが普通だ。
ロジーヌの場合はベルナデッタがやってくる。1年生の最初の頃は母のカミラが来ていたが、ベルナデッタと仲良くなったことでいつの間にか彼女が来るようになっていた。
無論、ロジーヌが一方的に手伝ってもらうわけではない。ベルナデッタは自分が出席する為の礼装をロジーヌの部屋に持ち込んでおり、ロジーヌは彼女の着付けを手伝う。お互いに助け合うことが、ロジーヌは好きだった。
* * *
「ロジーヌ」
「あっ、ヴィー姉様、ヴィト兄様!」
ドレスの着付けを終えたロジーヌ達が女子寮から出ると、塀の門の前にヴィオレッタとヴィットリオが居た。
この2人は目鼻立ちや髪の色がよく似ているが、ロジーヌとは似ても似つかず、共通点といえば
「お初にお目にかかります、ロンディクス子爵家の娘、フラヴィと申します」
「ロレンツォ男爵家の、ダニエラと申します!」
「ジーナ・ザナルディと申しますっ」
……主に、ヴィットリオに向けて。
半目で3人を見るベルナデッタと、苦笑するアンセルミ家の3人。ヴィットリオが目配せすると、ヴィオレッタが一歩前に出た。
「ヴィオレッタ・アンセルミです。こちらは弟のヴィットリオ・アンセルミ。いつも妹のロジーヌがお世話になっています」
彼女は軍の式典が終わったその足でこちらに来ていた為、式典用の華美な軍服を身に着けていた。その胸には戦傷勲章と、「生きたまま受賞することが難しい」とまで言われている銀星突撃勲章が輝いている。その他にも戦功を称える勲章の
ダニエラはヴィオレッタの顔を二度見した。
「ヴィ、ヴィオレッタ・アンセルミ少佐……!? 貴官の武勇は聞き及んでおります! こうして直接お会いすることが出来て、光栄です!」
「ありがとう。帝国市民にそう言ってもらえることが、軍人としての何よりの誉れです」
ヴィオレッタがにこやかに返すと、ダニエラは飛び上がりそうな程の笑顔を弾けさせた。
それを横目に、ヴィットリオがジーナへと目を向ける。
「ザナルディ、というと、まさかあのザナルディかい? 自動車の?」
「えっ? う、うちの会社のことご存知なんですか!?」
「いやいや、今その名前知らない帝国人居ないでしょ。僕らも今乗ってきたよ」
ザナルディ社は、帝国で五指に入る自動車製造会社である。
創業時からの方針として特に大衆車に主眼を置いており、平民に人気が高いので街中で見かけることも多い。
軍でも主に陸軍の貨物自動車や雑役用の乗用車等に採用されており、ヴィオレッタもかなり親しみのある会社だ。
高級車を普段使いしたくないという下位貴族にも人気で、アンセルミ家は領地での荷役用以外に自家用車として同社の乗用車を2台保有しており、主に首都での足としてヴィットリオやヴィオレッタが頻繁に乗り回している。今もヴィットリオの運転でここへ来たばかりだ。
創業一家であるザナルディ家は、爵位こそ持っていないが財力はそこらの貴族より上であり、いつも付き合っているフラヴィ達の中では一番の富豪だ。
「しかしロジーヌ、黒髪も似合うね」
「そうかなっ?」
ヴィオレッタがそう言うと、ロジーヌは
そう、今のロジーヌはカツラを被っており、髪の色も髪型も普段と違う。化粧も普段の彼女とは印象の違う、少しばかり釣り目に見える化粧を施されていた。
今ならヴィオレッタやヴィットリオと並んでいても、普通のきょうだいに見えるだろう。
「そういえば、フラヴィさん達の付添人は?」
「私は会場前でお父様と落ち合うの。ダニエラとジーナはお兄さんよね?」
「ええ。士官学校の式典が終わったらすぐに来る
「あ、私の付添人は父さんよ。兄さんは学生委員だから大学の式典が忙しいんですって」
「そうなのね。って、
不意に会場へ続く石畳の道の方を見遣ったフラヴィの視線を追うと、
士官学校の制服を着ており、その肩章が兵科色であったことから、同じく士官学校の出身者であるヴィオレッタはすぐにそれが士官学校の3年生か4年生であることが分かった。
要は青年と言って良い年齢の筈なのだが、その顔立ちはどうにも青年とは呼び難い雰囲気だったのである。
彼は7人の前で立ち止まると、まず一礼し、続けてヴィオレッタに敬礼した。
「陸軍士官学校砲兵科、ロレンツォ3年生であります!」
「陸軍第100師団、アンセルミ予備役少佐だ」
彼女が敬礼を返すと、ロレンツォと名乗った士官候補生は手を下ろす。
彼に比べるとヴィオレッタは幾分小柄だが、軍人の表情をする彼女はどこか気迫があった。
「兄さん」
ダニエラが駆け寄ると、青年はそちらを見遣ってその強面に柔和な表情を浮かべる。
しかし、すぐにヴィオレッタへと視線を戻した。
「戦争の英雄、アンセルミ少佐にお会い出来るとは光栄です!」
「運が良かっただけだよ、ロレンツォ候補生」
そう
ヴィットリオもロジーヌの付添いに立った。
会場である学校会館前まで歩くとフラヴィとジーナ、ベルナデッタもそれぞれ父親と合流し、会場へと入っていく。
ヴィオレッタの用事はそこでお終いだ。このまま陸軍の将校親睦会へ顔を出し、それをまた適当な時間に切り上げてここへヴィットリオ達を迎えに来るだけである。
将校親睦会での挨拶はどんな調子でしてやろうかなどと考えながら振り向き――思わず「おっと」と小声で驚きながら道を譲り、臣下の礼をした。
ジルド皇子だ。横にはエミリアが付き添っているが、彼の表情は不機嫌そのもので、ずんずんと歩き、本来付添いをすべきであろうエミリアには手も触れていない。
彼らが通り過ぎた後、ヴィオレッタは少しずれた帽子を整えながら顔を上げる。
「やれやれ」
ティベリオ
その後姿を見送り、ヴィオレッタは口角を上げた。
「ま、あの子らも今夜は楽しめるでしょ」
ヴィットリオと共にアンセルミ邸に帰ってきたロジーヌが、皇子に気付かれることなく夜会を楽しめたと嬉しそうに報告したのは、それから数時間後のことであった。
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