07. 車上逢引き

「アンセルミ少佐。少し出掛けないか」


 1月も下旬に差し掛かる頃。

 年明け以来初めて首都駐屯地にある第100師団司令部を訪問してきた空軍少佐――ティベリオ・パトロニ第2皇子は、唐突にそんなことを言い出した。

 最初の訪問から、軍人同士の私信のやり取りという形で連絡を取り合っていたが、こうして直接訪ねてきた挙句に外出を誘ってくるとはどういうことか、とヴィオレッタは内心思った。

 しかし、生憎と予定として時間をかなり長めに取っていた為、余程の遠出でもない限り問題がない。

 彼女は溜息ためいきを吐いてみせ、室内の下士官に車両の手配を言い付けようとした。


「ああ、いや。車は用意しているんだ。来てくれ」

「そうですか? 軍曹、やっぱり車両はなしだ。手間かけたな。それと少し出掛ける。不在中のことはヴィトリーに一任する。あと――」


 簡単な引継ぎを済ませ、ヴィオレッタはティベリオに連れられて司令部庁舎を出る。

 向かった先には空軍が雑役によく使っている乗用車が停まっており、扉の前には空軍将校の冬用外套がいとうに身を包んだ男女が立っていた。

 ティベリオとヴィオレッタが近付くと、男の方が後部座席の扉を開き、ヴィオレッタに乗車を促す。彼女も慣れたものなのでそれに従った。反対側の扉から乗り込んだティベリオが隣に座ると、彼の為に扉を開けていた女は後部座席の扉を閉め、すぐに運転席に乗り込んだ。男の方も助手席に乗り込んでいる。


「出してくれ」


 ティベリオの号令で、車はすぐに走り出した。駐屯地の営門を抜け、川に架かる橋を渡ればすぐに首都の市街地に入る。

 窓の外を流れる景色を横目に、ヴィオレッタは口を開いた。


「……それで? こうして連れ出したということは、ただの『打ち合わせ』ではなさそうですね?」

「話が早くて助かるよ。2人とも、自己紹介してくれ」


 じとっとした視線でにらまれるのを気にした様子もなく、ティベリオは前席の2人に命じる。助手席の男が後部座席に振り向いた。


「皇室侍従武官のバシュレット大尉です。運転席のは皇室情報院のセッラ大尉。お会い出来て光栄です、アンセルミ少佐」


 人の好さげな顔で微笑むバシュレットを流し目で見て、ヴィオレッタはまたジトリとティベリオを睨んだ。


「侍従武官と情報将校をご紹介いただくような案件に心当たりはないのですが。今日もジルド皇子殿下の関係ですか?」

「半々だな。少々厄介な問題が発生してね。君の手を借りたい」

「……伺いましょう」


 ヴィオレッタは政治嫌いだが、政治的判断力に欠けるわけではない。一般的な貴族令嬢と同じように政治が理解出来る。その思考法は一般的な令嬢に比べていささか軍人的ではあるが。

 なのでこうしてここに連れ出され、彼らの自己紹介を聞いた時点で既に事態に巻き込まれているのだと即座に理解した。


「先の戦争の少し前から、アーテリア解放軍に西方国家群や連邦の武器を流していた者が居る」


 そのうわさはヴィオレッタも知っている。

 元々アーテリア戦争の原因はアーテリア北部で発生した内乱だ。

 1650年9月、アーテリア大公国軍の閲兵式で、とある大公国軍人が突然大公夫妻に発砲する事件が発生した。

 大公夫人は難を免れ、その軍人はその場で他の兵士達に射殺されたが、銃弾を受けた大公は重傷を負い、必死の治療空しく2日後に命を落としたのであった。

 この事件は当初、親帝国である守旧派の軍人が暴走したものと考えられていた。

 当時の大公は先代大公の病死により、20代半ばにしてその座を引き継いだばかりだったのだが、大公夫人は帝国の公爵令嬢を差し置いて西方国家群の小国から嫁いできた女性であり、その件で帝国から夫人を迎え入れるべきとしていた国内の守旧派からは反感を買っていたのだ。

 しかし、翌月に大公国北部で「アーテリア解放軍」と称する武装勢力による叛乱はんらんと、それの鎮圧に派遣された大公国軍の一部部隊が叛乱側に寝返り、更に北方の大国クラスニア連邦が「クラスニア人の保護」という名目で連邦軍に部分動員令を発して北部に侵攻するという事件が発生すると、事態は一変した。

 守旧派と国粋派で割れかけていた国内世論が、反連邦で却ってまとまったのだ。

 また、帝国軍が連邦軍の動きに部分動員とはいえ即座に対抗したのも大きい。

 元々守旧派が大公夫人の座に帝国貴族を推したのも、帝国との関係を重視する為だった。なので大公国の危機に、きちんと帝国が対応してくる様子を見て安堵あんどしたともいえる。

 帝国側からしてみれば、歴史的に帝国領だった時代が長く、民族主義者の反発を抑える為に分離独立した後も親帝国路線を取り続けてきた大公国に、連邦の影響力が及ぶことを良しとしない為のアクションではあったのだが。

 かく、大公国軍とそれを援護する帝国軍、アーテリア解放軍とそれを援護する連邦軍の軍事衝突という構図になった北アーテリア紛争は、約2か月間続いた。

 その後、12月に連邦大統領が「大公国政府による不当な統治からの解放」を宣言する演説を行い、連邦軍の総動員令を出すという事実上の宣戦布告により、その紛争はそれから2年近く続く戦争へと昇華したのである。


 して、この戦争中に連邦軍に吸収されるような形で自然消滅したアーテリア解放軍は、当初から大公国だけでなく西方国家群や連邦で製造されている兵器類を非常に多く使っており、彼らは実はだったのではないかという噂が実しやかにささやかれていた。

 ヴィオレッタは歩兵将校として、ティベリオは戦闘機操縦士として従軍していたので、真相は兎も角、それを肌身に感じていた。

 同時に解放軍の持つ兵器に関しては別の噂もあった。大公国か帝国に、この武器調達を手引きした者が居るのではないか、という噂だ。それも、その下手人は貴族なのではないかという。

 こちらは内容が内容なだけに、帝国軍情報部や内務省治安警察局、大公国親衛隊等といった情報機関が調査を続けていた。

 他国の仲介人や武器商人が流している程度の話であればまだ簡単な話なのだが、仮に大公国や帝国の貴族がその下手人で、それが露見した場合、大公国ないしは帝国の自作自演を疑われて同盟関係にひびが入りかねない。

 帝国からしてみれば大公国は対等な同盟国ではなく衛星国に過ぎないが、他の衛星国や植民地の離反をも招くような事態は避けたい。大公国からしてみれば帝国に見限られるようなことがあってもらっては経済的にも安全保障的にも非常に困る。

 この利害の一致が双方の情報機関を結び付け、慎重に行われていた調査の結果がある程度形を持ってきたのだという。


「戦争前、解放軍に武器を流していたのは連邦の諜報ちょうほう機関だ。恐らく連邦保安委員会だな。だが、そもそも彼らが調達した西方国家群の武器を連邦に流していたのは、クレーベ伯爵だったようだ」

「クレーベ? 『鉄道伯』の?」

「そうだ。どうやら大公国のの方だな」


 クレーベ伯爵家といえば、鉄道を中心に物流関連で大きな影響力を持つ一門だ。かつて帝国内に広がる鉄道網を整備した功績から「鉄道伯」と呼ばれることもある。歴史的に重要な家に違いないので、ヴィオレッタも名前くらいは知っていた。

 その本家は大公国の分離独立時に帝国から離れ、現在帝国にあるのは分家である。

 当然、だからといって帝国に従順でないわけではない。寧ろ大公国内では守旧派の重鎮として有名だ。

 そんなクレーベ家が帝国と大公国の同盟に傷をつけるようなことをするとは考えにくい。

 胡乱うろんな目をするヴィオレッタに、ティベリオは苦笑した。


「私も最初は驚いたさ。だが、実際に今回の戦争が帝国と大公国の結束を寧ろ強めたのも事実だ。それを狙っていた可能性もあった」

「……その仰られようですと、どうやら違うようですが?」

、というだけの話だ。ただ奇妙なことに、北アーテリアにはまだ西があるようでね?」


 成程、とヴィオレッタは合点がいった。

 ティベリオが述べたような理由であれば、戦争が終わった今、クレーベ家がアーテリア北部に武器を流し続ける必要性は皆無だ。もう目的は達成されているのだから。

 だが、現にそれは今も続いているという。

 一般的にそうした武器の流入の目的は、地域の不安定化工作であることが多い。アーテリア北部の不安定化は一体誰に利益があるものだろうか。


「恐らくだが、クレーベ伯爵の目的は連邦への武器の流入だ。北アーテリアで摘発された密輸武器は、その大半が連邦へと向かっている途中だった」

「革命政府への支援なら、方法はどうあれ、大公国政府にも有益なことでは?」


 実は、アーテリア戦争は未だ終結していない。

 帝国軍は動員を解除しているが、帝国も大公国も政策的には戦時体制を維持しており、西方国家群や周辺諸国が戦争勃発時に始めた対連邦経済封鎖も継続されたままである。停戦協定が結ばれて、参戦国間の交戦が停止されているだけで、講和条約が結ばれていないのだ。

 これは戦争末期に連邦で叛乱による内戦が勃発し、クラスニア連邦という国家が事実上消滅してしまった為に起きた事態である。

 元々、北アーテリア紛争とそれに連なるアーテリア戦争は、連邦政府が国内の不満を国外へ向けさせる為に起こした無軌道な戦争だった。

 そもそも連邦は、多民族国家でありながら連邦国民を一律にクラスニア人と規定して少数民族の文化を否定し、平等主義をうたいながら財力も地位もほとんど貴族の血縁者や関係者が占め、連邦憲章に民主主義を明記しながら世襲の終身大統領が国家元首として独裁するという、矛盾だらけの国である。

 連邦国民の不満は政府主導の対外戦争如きで覆るようなものではなく、前線での敗北の連続による動員の強化とそれに伴う労働力不足、天候不順と例年の化学農法の限界による地方での飢饉ききんも重なり、周辺諸国からの経済制裁もあって国民生活は急速に困窮し、最終的に反政府勢力が大統領府を襲撃するに至ったのであった。

 こうして誕生した新政権である連邦革命政府と講和条約を結ぼうとした帝国と大公国であったが、この革命政府軍は彼らの想像を絶する弱兵の集まりであった。

 彼らが首都を維持出来たのは僅かに9日間で、それ以降は旧政府軍や軍閥化した近隣の連邦軍等が首都を奪い合う状態となったのだ。それから2年間、革命政府軍は首都への入城すら出来ていない有様である。

 だが、連邦の内戦を繰り広げる勢力の中では、帝国と大公国にとって最も「」相手であることも確かであり、2国は最終目的を「連邦革命政府による早急な内戦終結と講和条約の締結」と設定して革命政府を支援してきた。

 なのでクレーベ家が武器密輸という手段で革命政府を支援するのは帝国としても歓迎すべきことであり、とがめる必要はない。違法行為であることに違いはないが。


「それなら良かったんだがね。どうも支援先は革命政府ではなさそうだ」


 北アーテリアで出現した西方国家群製の兵器は連邦国内に入った後、革命政府ではなく南部の民族主義勢力に渡っているようだった。

 つまり、帝国と大公国の方針に反しているのだ。


「国賊では?」


 ヴィオレッタが自身の目尻をみながら言うと、ティベリオは「君が言うと恐ろしいな」と苦笑する。


「ま、目的と行き先がどうであれ、今我々が一番知りたいのは、西だ。北アーテリアで作れるわけがないから、どこからか持ってきていることになる」

「西方国家群からの輸送網、ですか。陸軍情報部に話を持って行かれてはいかがです?」

「そう出来れば良かったんだけどね。親衛隊が随分探して、皇室情報院に泣きついてきたんだ。相手が悪い、とね」


 そこで言葉を切るティベリオ。答えを察してしまったヴィオレッタは天井を仰いだ。

 大公国内で、大公国親衛隊が手を出せず、帝国陸軍情報部にも相談し難い相手。


「……ですか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る