第42話 男装の公爵令嬢

「おい、カイル、本当にこんな場所にリリアーナがいるのか? さっきから見てれば裸みたいな格好した女たちが踊っているじゃないか」


リリアーナが楽屋で準備している頃、客席にはカイルとビクトールがいた。まだ学生の身分にもかかわらず、カイルは慣れた様子でキャバレーの扉をくぐった。こういう場所は何度か経験があるらしい。一方、何もかも初体験のビクトールは背を丸めてカイルの後を着いて行くしかなかった。


「大丈夫だよ。リリアーナは男の子ということになってるじゃないか。それにこれほどの色気もないし」


ビクトールは黙ってカイルを睨みつけたが、カイルは気付いてないようだ。周りを見ると、客層は裕福な商人か地元の貴族ばかりである。どんなに着飾っていても所詮男は男、一皮むけばみな同じだ。リリアーナがこのような場所にいるなんて思いも寄らなかった。しかも、公爵令嬢とあろう者がキャバレーの舞台に立っているなんて。よほど辛い思いをしたに違いない。大変な目に遭っていたらどうしようと胸が潰れる思いだった。


やがて踊り子たちのパフォーマンスが終わり、芝居のパートへと場面が変わった。若き美剣士が将来を誓い合った姫を助けに行く話らしい。これまた陳腐な……とビクトールは冷めた思いでいた。それよりリリアーナはいつ出てくるんだ。こんな三文芝居を見に来たんじゃない、とイライラしていたところに、まだ声変わりしていない年頃の金髪の少年が颯爽と登場した。


ビクトールは、それを見て雷に打たれたように動けなくなった。レースのクラバットをひらひらさせ、腰には細身の剣を携え、ほっそりした身をマントで包んだその姿。髪型が変わっても見間違えようがない。


「リリアーナだ……あいつ何やってるんだ?」


ビクトールは口をあんぐり開けたまま、悪役に啖呵を切り華麗な剣さばきを披露するリリアーナを見ていた。呆気にとられながらも舞台で華麗に舞う彼女から目が離せない。ズボンにブーツ姿は初めて見るが、腰から足にかけてのラインがくっきりと見え、男性と同じ格好をしているのになぜこうも艶めかしく映るのかと混乱した。


似た格好をしているレディ・ナタリーには何とも感じないのにどうしてなんだろう? やっと見つけたという安堵感に包まれるはずだったのに、目の前の貴公子に目が釘付けになって何も考えられなくなっていた。


「おい、キャプテンブラックベアード、姫を返せ!」


リリアーナは、袖のドレープをはためかせながら、海賊に扮したライラとつばぜり合いをした。勝負の結果は決まっているが、リアル感を出すには必死にやっているように見せなければならない。


死闘の末、キャプテンブラックベアードを倒した貴公子は、無事に姫を助けだし、二人で優雅に踊って永遠の愛を誓う。恋人が仲睦まじく寄り添うラストに客席はどよめいた。いつもと趣向が違うこの出し物はなかなか好評らしく、こんなに人気が出るとは誰も予想してなかった。


この日は、初舞台を踏んでから1週間が経過した頃だった。この頃になるとだんだんと勝手が分かって来て、リリアーナも緊張が取れて来た。いつものように無事に舞台をこなせたことに安堵のため息をもらし控室へと戻る。ディーンに呼び止められたのはそんな時だった。


「ねえ、ビック。ちょっといいかな?」


ディーンが張り詰めた声でリリアーナを呼んだ。いつも飄々とした彼にしては珍しく緊張した面持ちだ。


「既に貴族というのはバレバレだし、女の子ということも知っている。でも公爵令嬢なんて聞いてなかったよ!? なんでそんなお姫様がうちにいるの?」


声を潜めて早口で言うディーンを見てリリアーナは青ざめた。そしてディーンの背後にいる二つの影。


「こっちは心配して必死で探し回ったと言うのに、お前何やってるんだよ」


呆れた表情を浮かべたカイルがそこに立っていた。そして隣には、なぜか顔を赤らめて視線を逸らせるビクトール。


「ふ、二人ともどうしたの?」


二人に会えた喜びと舞台姿を見られてしまった恥ずかしさで混乱したリリアーナは、すっかり慌てて咄嗟に言葉が出てこなかった。こういう時どんな顔をすればいいのか、何を言えばいいのか分からない。泣きたくなるくらい嬉しいはずなのに、同時に死にたくなるほどの恥ずかしさに相殺されて、訳が分からなくなった。


「ギャレット家の諜報能力をなめんな。王室やオズワルド家よりも上だ。そっちこそ隠れていなきゃいけないのに、どうして舞台なんか出てるんだよ。しかも拍手喝采まで浴びてるし。心配して損した」


「損したは余計よ! こっちだって苦労したんですからね! 気づいたらこうなっていたのよ! 私だって知らないわよ!」


「二人ともいいから」


ビクトールが慌てて制した。さっきからビクトールの様子がおかしい。顔を真っ赤にして口に手を当てうつむいている。何か変なことがあったのだろうか。


「どうしたの、ビクトール?」


「あ、あのさ、いつから舞台に立っていた?」


「えーっと……1週間前くらいかしら?」


「1週間!? 1週間もその姿で?」


ビクトールにまでそんなことを言われてしまうと更に恥ずかしくなった。好きでしたことではないのに。うつむいてもじもじしているとビクトールが更に声を被せて来た。


「駄目じゃないか、男を誘惑してるのが分からないのか?」


ビクトールの絞り出すような声に、リリアーナもカイルもぽかんとして彼の方を見た。


「リリアーナは自分の魅力が分からなさすぎる。こういう場所は下心ある奴だって来るんだぞ。そんな格好してたら変な奴に目を付けられるじゃないか」


「あの……ビクトール? それはどういう?」


「男装とかそういう倒錯的なの余計にそそられるんだよ! 無防備すぎてハラハラする。これだから目が離せない!」


顔を真っ赤にして思いも寄らぬことを口走るビクトールを、そろそろ止めた方がいいとカイルは判断した。


「あー分かった分かった。ビクトールはそういうのが好きなのはよーく分かった。でも俺たちショーを見に来たわけじゃないから。リリアーナに大事な話があるんだろ? 俺は引っ込んでるからお前らだけでどうぞ」


そう言ってカイルはビクトールとリリアーナの二人きりにした。そんなこと言われてもどうしたらいいか分からない。二人ともまるで初めて会ったかのように、お互いの顔が見れずソワソワしていた。


「……中庭なら誰もいないからそこ行こうか」


「お、おう……」


二人は爽やかな風が流れる中庭に出て、半分打ち捨てられたようなベンチに腰を下ろした。空を見上げると王都よりは星がまたたいているのが分かる。中ではショーがまだ続いているらしく拍手の音や楽隊の音楽がこちらまで聞こえていた。

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