第3話 王都貴族


 「マーカスの奴は死んだのか?」


「ええ、最前線から戻らないのを見ると生きてはいないと思われます。」


「これで邪魔者は消えたな。」


とある王国内の屋敷で、公爵家当主アルノルドは不適な笑みを浮かべていた。


「これでジョセフィーヌは俺の物だ。マーカスごときが俺が狙った女に気に入られたのが運の尽きだったのだ。」


「ええ、その通りです。アルノルド公が光栄にもジョセフィーヌ様に求婚なさったのにもかかわらず、マーカスが許嫁であったといだけで、異を唱えた。死んで当然です。」


「ふん。おとなしくジョセフィーヌを俺に譲れば命だけは助かったものを。馬鹿な奴だ。」


「しかし、あいつは腐っても子爵家の長男。王立士官学校でも主席だった男です。排除するにも一苦労でした。陛下の覚えもめでたいのですから。」


「確かに、あいつは我が公爵家傘下に属する子爵だった。本来であれば、私が堂々と粛清しても問題はない身分のはずなのだがな。あのように、王都で将来を期待されている若者を一方的に処罰すると私の地位もただではすまなかったかもしれぬ。お前の助言には本当に助けられたぞ。」


「陛下暗殺を企てた主犯にしたてあげるのも一苦労でしたよ。奴は冤罪で、貴族位を剥奪され、死地へ追いやられた。しかし、奴にとっては処刑よりも恐ろしい最期でしたな。」


「ああ。陛下のご慈悲で、指揮官として前線で死ぬ役割を与えられたのだ。自分を信じなかった王国のために死ぬまで敵軍と戦う。こんな残酷なことはないだろう。」


「さすが、アルノルド様です。そのように陛下へ助言したのも見事というほかありません。」


「陛下は暗愚だ。忠臣と奸臣の区別がつかない。この国の中枢にいる私の傀儡にすぎないのだから笑いが止まらぬわ。ワハハハハハハ!」


「私はこれからもアルノルド様に従います。」


「お前は使える男だ。これからもわしの役に立てば、出世させてやる。」


「ありがたき幸せ!今後もご命令に従います。」


「うむ。悪いようにはせぬ。デマ子爵。」


デマ・ホラフキ子爵。彼は元々男爵家の三男だった。


爵位を継げぬ立場の彼は若くして、騎士として活躍し、アルノルドに気に入られた。


マーカス・フォン・リヒター子爵亡き今、彼の領地はデマ・ホラフキ子爵が運営することとなる。


冤罪によって無念の死を遂げた若き秀才マーカス・フォン・リヒターの最期を知るものは本人を除き誰もいない。


英雄となるはずだった若者の命は冤罪によって失われた。


彼が生前恋仲だったジョセフィーヌは、彼の死を大いに悲しみ、アルノルドの妻とされた後も他者に心を開くことはなかった。


「ジョセフィーヌ!もう、貴様はわしの女だ。マーカスのことは忘れよ。」


「殺してください。私は生涯マーカス以外の男性に心を許すつもりはありません。」


「頑固な奴だ。だが、それはそれでとても良い。お前がわしに屈服するのが楽しみだ。そうだ。良いことを教えてやろう。お前の言う通りマーカスは冤罪だ。あいつはわしが仕組んだ罠にはまって死んだのだ。」


「!!」


「良いぞ。その悲痛に歪んだ顔が見たかった。」


「この人でなし!」


「また来るぞ。お前たち、ジョセフィーヌが自殺できぬよう、しっかりと見張れ。万が一、ジョセフィーヌが死んでいたら、お前たちの家族は無事ではすまぬ。」


ジョセフィーヌの軟禁部屋を見張る使用人たちにアルノルドはドスのきいた声で命ずる。


「お任せください。」


その直後、ジョセフィーヌは耐えられず、嗚咽をもらしながら、立ち崩れる。


「マーカス。ごめんなさい。私がもっと賢ければ。もっとあなたを信じることができていれば。」


この時は誰も知らなかった。無念の死を遂げた男に成り代わった一人の元奴隷の男という新たな復讐者が生まれようとしていることに。

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