第2話 奴隷、名を手に入れる


 いつから奴隷だったのかはわからない。


ただ一つだけ確かなことがある。


物心ついたころには、既に底辺を生きてきた。


親や兄弟がいるのかもわからない。


自分が何者なのかもわからない。


58番という番号だけが、俺を指し示す呼び名であった。


奴隷に名前は許されない。


奴隷同志で、各々を呼び合う際にも、国家が定めた番号で呼び合わなければならないのだ。


「お前、その金をどうするんだ?お前みたいなガキが持っていてもしょうがないだろ。俺がもらってやるよ。」


「やめて!これは、僕が必死に稼いだお金なんだ。今日は義姉さんの誕生日なんだ。暖かいスープをこれで用意するんだ!」


「うるせえ!」


ドガ!


頭が重い。


あれから、どのくらい寝てたんだろう?


義姉さんも心配するだろうな。そろそろ帰るか。


「ただいま。」


「!!」


傷だらけの僕を見て義姉さんは青ざめた顔をしている。


義姉さんは泣きながら、僕へ抱き着いた。


「義姉さん、ごめん。お金盗られちゃった。」


「いいのよ。それより、どこか痛む?」


義姉さんは僕の姿を見て、悟ったのだろう。


貧民街は治安が悪い。


弱者がカモにされるのは日常茶飯事なのだ。


黙って、僕を慰めてくれた。


僕は義姉さんに育てられた。


血のつながりもない。


それでも、僕らは本当の家族以上に強い絆で結ばれている。


義姉さんが僕を食べさせてくれた。


花売りの仕事をして、僕を養ってくれた。


そのことを知ったのは、14の時だった。


でも、義姉さんは僕の誇りであることに変わりはなかった。


彼女は誰よりも強く、優しく、気高い。


貧民街という弱肉強食の世界で、僕を育て上げたのだから。


どれほどの覚悟がいるだろうか?


女手一つで、弱音を吐くことなく、いつも優しかった。


だから、僕はいつか、義姉さんに楽をさせる。


僕の人生の唯一の目標となっていた。


僕は文字を覚えた。


義姉さんの客は教養人も多い。


彼女はあらゆる伝手を使い、僕のために本をもらってくるのだ。


僕はいつか、この恩を返してみせる。


でも、もうそれは叶わない。


軍服に袖を通した俺はマーカスの軍服に手帳があることに気づいた。


そこには、彼の所属部隊などの情報が記されていた。


―――――――――――――――――――――――――


 夢を見ていた。


マーカスとなって、一日が経過した。


今、俺は敵地の陣地付近の森で野宿をしている。


マーカス・フォン・リヒター


彼が何者なのかは未だ、わからない。


唯一の手掛かりは砲兵隊所属の少尉ということだけだ。


彼がなぜ、前線にいたのかも今は知り得ない。


「さてと、これからどうするか。」


敵地のど真ん中で死んでいたのだから、彼が生還したとしても、奇跡と言えるだろう。


いっそのこと、激戦の末、記憶障害になったという設定にして、敵地をさまよっていれば、保護されるのではないか?


まずは、腹ごしらえだな。


幸い、マーカスの荷物から携帯食が出てきた。


俺はそれをむさぼり喰らう。


その後、俺は一縷の望みを託し、行動に移した。

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