おいしい料理の作り方

物部がたり

おいしい料理の作り方

 れいは無料と謳うチラシにつられて、料理教室にやってきていた。

「本日は『おいしい料理の作り方』教室にお集まりくださりありがとうございます」

 白いコックコートに身を包んだ先生が、集まった参加者に挨拶した。

「私はイグ・ニシュラン三ツ星シェフのピッチ・コックと申します」

 という随分クセが凄い! 先生だった。


「このお料理教室にお集まりになられたということは、みな様お料理がお下手くそであらせられると思いますが」

 勝手に決めつけないで欲しい。

「安心してください。私がみな様のお料理スキルを一日で鍛えてさしあげます」

 そして随分口が悪い。

「では、みな様に質問ですが、おいしい料理を作るために必要となるものはなんでしょう。そうです」

 まだ誰も答えていない……。

「食材ですね。ということで早速、本日使う食材をみな様に買っていただきたいと思います」


「え……無料じゃないんですか。チラシには無料と書いていたんですが……」

 れいはチラシを先生に突きつけた。

「よく見てください、参加費無料と書いているだけで、食材は別料金とちゃんと書いているじゃありませんか」

 確かによくよく見ると(※参加費)というところだけ小さく書かれて無料と続いていた。

 詐欺だろ……と心の中で思ったが、どうせ食材の料金など知れているだろうから、諦めることにした。


「では、本日使う食材はキャビア、ホアグラ、トリュフ、松茸、タラバガニ、クエ、金箔です」

「高級食材の宝石箱! ちょっと待ってください、百歩譲ってキャビア、ホアグラ、トリュフ(以下省略)ならわかりますよ。でも金箔は食べ物じゃないじゃないですか!」

「何をいってます! 金箔は食べ物ですよ。食べ物じゃないと認めてしまったら、大変なことになりますよ! あなたは多くの店を敵に回す覚悟はありますか!」

「うっ……」

 れいは遺憾ながら言葉を噤んだ。


「はい、ということで『おいしい料理』を作るために必要なものは後にも先にも、高級食材です。高級食材さえ使っていれば、みんな『旨い旨い』鼻水たらしながら食べてくれます」

 何という侮辱。

 だが参加者たちは「おお~」と感銘をあげて、先生の言葉に深くうなずいた、がれいだけは納得していなかった。

「そ、そうでしょうけど、そんな食材押し売るなんて詐欺です。わたし帰らせてもらいますっ」


「冗談ですよ。そんな高級食材、家庭的ではないじゃないですか。私の料理教室は家庭料理ですからね」

 面倒くさい先生だ……。

「場も温まったところで、みな様に買っていただくのは家庭的なこの食材」

 先生が取り出したのは「カップ焼きそば」だった。

「様々なメーカーのカップ焼きそばを用意しているので、お好きなものを選んでください」

「ちょっと、待ってください!」

 れいのツッコミが冴えわたる。


「カップ焼きそばが料理ですか」

「カップ焼きそばは料理です!」

「どこが料理なんですか!」

 先生はカップ焼きそばが料理たる根拠を説明し始めた。

「タイトル『おいしいカップ焼きそばの作り方』。多くの者はカップ焼きそばを料理でないというが、カップ焼きそばはカップラーメンと違い、湯切りというひと手間をかけているため、料理である。容器に五十度でも、百五十度でもなく百度の湯を注ぎ蒸らす。そのことによって乾燥した大地が水を吸うように、カップ焼きそばはお湯を吸い込み、様々なうま味が生命の大爆発を引き起こす」


「『も〇文豪たちがカ〇プ焼き〇ばの作り方を書〇たら』みたくなってるんですけど!」


「麺が柔らかくなった瞬間を見逃さず、湯を捨てる。湯切りが料理人の腕の見せ所。料理が下手な者が湯を切ると、野菜が蓋にくっつき、湯がしっかり切れていない場合がある。右手で蓋をしっかりと固定し、左手は添えるだけ。あとは重力に任せて湯を切る。すべての下準備を終え、最後の仕上げに特製のソースを絡め、薬味ふりかけ、後はお好みでマヨネーズや青のり、紅ショウガ、天かす、そして金箔をふりかければ完成だ」

 

 そこまで堪えて聞いていたれいも、しびれを切らした。

「長いよ! いったい何文字使ってんだよ! 百歩譲って、カップ焼きそばを料理と認めましょう。でも、カップ焼きそば作って、食卓に並べたんじゃ不満が出るでしょ!」

「その点は心配ご無用、デパ地下とかスーパーで惣菜をいっぱい買ってきて、皿にもりゃあわかりゃしませんって」

「あんた、料理人の風上にも置けないですよ!」

 だが、怒り心頭のれいと違い、他の参加者たちから共感の声が湧き上がった。

「そうだそうだ! うちの旦那なんて精魂込めて作った料理にかけ醤油や、マヨネーズをぶっかけるんだから!」


「うちのもよ。完成した料理の味付けが薄いっていって、調味料をかけるんだから!」

「うちの旦那なんて、牛肉と豚肉の区別すらつかないのよ!」

「うちなんて酒ばっかり飲んで、あたしが作った料理を食べてすらくれないんだから!」

 次第に愚痴り合いに発展し、収拾がつかなくなった。

「もう! いい加減にしてください!」

 れいの一言で、みんなは黙った。

「ふざけてばっかり! ちゃんと、料理教室しないのなら、わたし帰らせてもらいます!」


「ふざけていたわけではないんですよ」

 れいは先生を睨んだ。

「で、では、わかりました。一つちゃんとした料理教室をやりましょう」

「始めからそうしてください」

「そうですね。何を作りましょうか」

 先生は巨大な冷蔵庫の中を漁って、卵を取り出した。

「目玉焼きを作りましょう」

「ちょ、待てよ! 目玉焼きって!」

「目玉焼きは立派な料理ですよ」

「そうですが、もっとほら、料理っていったら手の込んだものじゃないですか……」


「料理を極めると、みんな時短に行きつくものです。簡単な料理でも『愛』がこもっていれば何でも美味しいのです!」

 愛だ、何だですべてが解決すると思っている、れいの一番嫌いな主張だった。

「料理に大切なのは『愛』ではありません!」

「いえ『愛』です! 例えカップ焼きそばでも、総菜を盛り付けただけでも、目玉焼きだって、愛が込められていれば美味しいのです!」

 この先生とはとことんわかり合えないようだ。


「いえ、料理に大切なのは『愛』ではなく『再現性』です! フィクションでは、殺人級の不味い料理を作るキャラが愛情を込めて料理を作ることが称賛されていますが、なんですかあれ、『不味い料理を一生懸命作ってる私って可愛い♡』とでも思ってるんですか? フィクションなら許されますが、あんなの現実でやられたらいい迷惑です」


「あなたも大概、口が悪いですね……」

「余程の技術を必要とする料理ならともかく、普通の家庭料理は完成されたレシピさえ守っていれば、誰でも美味しい物が作れるんです。それが再現性です。愛なんてナンセンスです!」

「あなたはまだ、料理をわかっていないのね」 

 どう考えても、カップ焼きそばや目玉焼きを料理といい、愛さえあればどんな料理も美味しいという人よりは、料理のことをわかっている。

「もういいです。帰ります!」


  *             *


「と、いうことがあったのよっ」

 その日の夕食の席で、れいは恋人のはじめに今日あったことを愚痴っていた。

「それは災難だったな……」

「まったくよ! 何が『あなたはまだ、料理をわかっていないのね』よ! 絶対あの人より、わたしの方が料理のことをわかってる」

「れいの料理は美味いもんな」

「当然よ。レシピに忠実に作っているんだから、不味いわけあるもんですか」

「う~ん……だけど、おれがレシピを再現したとして、これほど美味い料理は作れないと思うけどな。れいの料理が美味いのは、おれに美味い物を食わせてやろうって愛がこもっているからじゃないかな」


 れいは箸を持つ手を止めて、顔を真っ赤にした。

「な、な、何をいい出すのよっ……」

「違うか?」

「ち、違くはないけど……そんな非科学的な『愛』なんて調味料は入れてない。料理は科学、レシピを忠実に再現すれば、誰だって作れるの!」

「そうかな~……」

「そうなの」

 本人はこういうが、れいの作ってくれる料理が美味しいのは、レシピ再現だけではない非科学的な調味料があるからだと、はじめは思った――。

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