第2話先人の技法は、その歴史は抹消され技術のみが残る。例え、それが神のトリックだと しても。

僕には1人の幼馴染が居た、彼女の名は矢田寺色葉、

天真爛漫で、僕とも趣味が合う人間だった。

幼ない頃からいつも隣には彼女が居た。

ある日は共に学校で談笑をし、ある日は互いの家で遊んだ。彼女は今何をしているのだろう...

僕がこの地で起きたのが2日前の12月1日、高校1年の二学期期末テストが終わり、雪が降り始め、もう少しで冬休みに入ろうかという時だった。

嗚呼、彼女に会いたい、いつも隣で無邪気に笑っていた彼女の顔をもう一度見たい...

人間いつもある物が無いと不安になるとは聞いたが、これ程とは想像もつかなかった。

いつ着くのかも分からない虚無感に覆われたまま

先導者に付いて歩き、彼女を思い浮かべる度に

胸が締め付けられる。しかし、そんな僕にも今は

一応心の拠り所が居る、

それがこの僕の前を歩く先導者だ、

僕が起きた時、僕の隣に居た、驚いた様子も無く彼は無表情で木の器に入った温かいスープを差し出して

きた、彼は喋らなかった、

彼はまさしくロシア人というような風貌で、長い髭と年季の入ったシワが特徴の老人だった。僕はスープを受け取ると、一気に飲み干した。

自分でも驚くほどに体力を消耗していたようだ。

彼は問う、

「何故ここに居る。」

僕は答う、

「分からない、だけどこれだけは分かるんだ、ここは日本じゃない。」

「やはりとは思ったが、シベリアの人間では無いな?」

「はい、僕は日本人とロシア人のハーフです、ここで起きる前は日本に居ました、でも目が覚めたら何故かここに...」

僕はどちらかというと日本人顔の方だ、

通常の人間なら信じられることなはずも無い。こんなシベリアの北部で日本人が横たわっていたなんて事は。

しかし、やはり彼は驚いた様子を見せない。

「君を故郷に返そう、とはいえ、今は日本とソ連は戦争中だ...さて...どうしたものか...まあとりあえず私の家に泊まりなさい、これからどう帰るにしろ、休息は必要だ...」

僕は耳を疑った、

(おかしい、日本が戦争中?そんな馬鹿な...)

しかし僕は動揺を抑えつつ彼に聞いた、

「今、何年ですか?」

「1944...いや、1945年だな...何か気になることでもあったか...?」

「いえ...少し気になっただけです。」

「...?、そうか...」

2013年から60年以上も前の丁度WWIIの終戦期までタイムリープしたという有り得ない事態が、既に混乱している僕の頭を更に複雑化させた。

そして僕は思考を放棄し、彼の行動に完全に従う事に徹した。

「この近くに家が?」

「今日は遠出だ、最近付近の湖ではなかなか魚が取れなくてな。」

そして僕は彼が通りできた雪道を歩いた。

野宿を挟みつつ3週間ほど歩くと街...いや、小さな村に着いていた、少し歩くと、丸太が積み上げられて

できた家...日本で言うログハウスのような見た目の

家だった、中にあるは薄暗い部屋と火のついていない暖炉、積み重ねられた厚く、古そうな本ぐらいで、誰も居なかった、彼は1人でこの家に暮らしているようだった。今思うと、村を歩いている時、生気が感じられなかったような気がした。

「家族は...?」

「妻は病死、ここには居ないが、息子と孫娘が居る。息子は官吏で何処にいるかは聞いておらん、だが、まあ、娘と共に今モスクワ辺りに居るはずだ...」

彼の寂しげな表情と共に伝えられた彼の孤独な状況とモスクワという現実味の無い地名を挙げられ、

僕はここがロシアのシベリアであるということを

再認識した。


それから彼は僕を日本に返すべく、策を考じてくれた。

日本の少年兵として、ソ連の捕虜になり、

帰国を待つことだ。

彼はこの案を伝える時、いつも無機質で無表情な顔を歪ませ、少し言いづらい様子で伝えてきた。

勿論その理由は、捕虜となる事で労働による苦痛が与えられる事が確定するような事だからだろう。

しかし、僕はその案を呑むしか選択肢が無かった。

彼が三日三晩考え、やっとの思いでその案を打ち出したからである。最早これ以上の良案は見つからないだろう...

そこからは早かった、彼は僕をモスクワに送る為にモスクワへと繋がる鉄道の駅へと向かった。

クラスノヤルスクという場所にその駅は有るのだが、

問題は彼と共にはモスクワへ行けないという事だった。

彼と策を練っている時に彼は言った。

「私はこの家を離れられない...」

「何故です?」

僕は聞いた。

「牛....」

思いも寄らぬ返答に僕は困惑したが、考えてみれば当然だった。こんな得体も知れない日本人とロシア人のハーフを日本へ届けるために生活を捨てれる人間がいる筈も無い。

しかし、彼は提案してくれた。

「ふむ...モスクワに私の孫娘のエリーナという娘が居る...」

彼は手近にあった紙に何かを書きながら言った。

「モスクワに着いたら、この手紙を彼女に渡しなさい、

そこからの手助けは彼女がしてくれるだろう...」

彼は手紙を封筒に入れ、赤い蝋を垂らし、判子を押して封をし、僕に渡した。

その日は早めに床に就き、クラスノヤルスクへ行く為に身体を休めた。その日は不思議と不安感が無く、ぐっすりと眠れた。彼という存在あってそだろう。


翌日の目覚めは良好だった。

空も晴れ、雲ひとつない晴天だった。

彼は僕をクラスノヤルスクまで送り届けてくれた。

彼は鉄道の乗車券と少しの現金、弁当と「目立ってはいけないから」とくれた白いローブのようなものをくれた。

そのローブは彼のお下がりで、僕には少し大きかったが、何故か少し安心する暖かさがあった気がした。

彼に感謝の気持ちと娘さんによろしくと伝えてくれと約束を交わすと、鉄道は出発の汽笛を上げた。

鉄道は徐々にスピードを上げ、ロシアの大地を駆け行く。

少しも変わらない景色の大地の知らない匂いに

何故か、


懐かしい思い出が巡った。

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