15 ハグくらい良いだろう、減るもんでもない


「わぁああ……美味しそうなニオイが」


「あ、声出しても大丈夫なの?」


 料理を持って部屋に入ると、即効バレた。


「マイクのスイッチ切ってて。喋ってもオッケーです」


「良いマイク使ってるんだねー。お、このゲームしってる」


「ほんとですか!?」


「うん。高校生の時にめちゃめちゃやってた」


 一世を風靡したFPSゲームとバトルロワイヤルの融合したゲームだ。

 右モニターには、ましろくんの動きに合わせて体を揺らすモデルが見える。


(わあ、生ましろんだ……感動する)


「強かったんですか! ランクはどれくらいですか!!」


「ランク戦が実装される前だったからなぁ〜。強かったのかな……頑張ってた、って感じ」

 

 ましろくんは最高ランクだから、そんな人を前に強いって言えるヤツはそうそういないだろう。


「それで、ゲームで何かイベントでもあるの?」


「実はGWの最終日の前日に大会があって。それに向けて練習中なんです」


「カジュアル大会みたいな感じ?」


「そうなんですけどー……結構、ガチな雰囲気のある感じで」


「へぇ~……勝てそう?」


「ちょっと厳しいかもしれないです。でも、一緒にやってる人たちも優しくて、有名な人達なので……正直、勝ちたいです」


 事前調査によるとましろくんのチームメンバーは大手事務所に所属する二人。

 男性VTuberのセカイと女性VTuberのモココ。それぞれが登録者数50万人を超える大手配信者だ。

 二人ともゲームリリース時にはプレイしていたが、当時はリリースされるゲームが多かったこともあり、あまり本腰を入れてこのゲームを出来てなかった。

 その間にもゲームはアップデートされるので、仕様が変わってるから苦戦中――という認識。


(ましろくんの個人技頼りで、他の二人をキャリーできないと負けるチーム)


 コーチも確保できず、他の二人が忙しいこともあって練習時間もあまり取れていない。

 正直に言うと、全チームの中で一番勝率が低いと思う。


「でも、勝つためにはボクがもっと頑張らないとダメだ」


 ましろくんの横顔がモニターの光によって照らされ、その瞳に明るい四角形が映る。

 そして、その下にはクマが見える。連日の練習であまり寝れてないのだろう。


「……」

 

 ──頑張ってる子は応援したくなるだろう?


(なるほど……理解できた気がする)


 蒼央さんはましろくんのこういう所が好きなのか。

 

「んまぁ……お姉さんの料理おいしいです」


「ほんと? 作って良かった」


 何かにひたむきに努力をする姿に惹かれるものがあるというか。

 思わず協力をしたくなるような、頑張りが報われて欲しい、と思わせるような。そんな感じ。

 だから、


「料理以外にもやって欲しいことがあったらなんでも言ってね?」

 

 ボクもましろくんを応援しようと思う。


「な、なんでも……っ」


「掃除とかさ、買い出しとか。一人暮らしって大変じゃない?」


 あ、そういう感じか、と小さく呟くましろくん。


「じ、じゃあ……お姉さんの連絡先を聞いてもいいですか……?」


「いいー……けど? そんなのでいいの?」


「はいっ! それが良いんです! ベストですっ!」


「じゃあ……えーと、どれ交換する? 普段何使ってる?」


「THISCORDが良いんですけど、ありますか?」


「おっけー、持ってるよ。じゃあ交換しよう」


「わーい!」


 嫌味もなく、混じり気のない、人を惹きつける明るさ。

 今日、ボクは、他人の顔が少し鮮明に見えるようになった気がした。






「心音くん! GWは家に帰らないのかい?」


「え」掃除機をかけていた手を止めた。「えっ? なんていいました?」


「家に帰りたいと思わないのかい?」


 なんだ、急に。


「べつに……思わないですけど。帰った方がいいです?」


「違う!!!!!! ただっ……働かせすぎなんじゃないかって……」


 あ〜、そういうこと。


「いいですよ、給料無くても」


「ダメだよ!?? お金っていうのは労働の対価! 無料の施しなんてクソ!!」


 ソファに座ってた蒼央さんが身を乗り出してきた。そんなにクッション殴らないでください。


「そんなこと言われても……暇ですし」


「たしかに、たーしかに、心音くんがいないと困るよ!! でも、そういう問題じゃあないんだ。心音くんの善意につけ込んで働かせるなんて……ブラックだ。ブラックは嫌だ……ほんとうに嫌だから……」


 働いてるって感覚はないんだけどなぁ。それはそれでまずいけど。

 元々「心音くんを飼わせてくれ」って言われて始まった関係だし。


「それにGW中はご飯に行く予定がたくさんあるんだ……!! その間、心音くんを一人にするのは……ダメだ!」


(ぼくのことを猫かなにかだと思ってる……?)


「でも……家に帰ってきて心音くんがいてくれる安心感はすごい。『おかえりが返ってくる家』ってキャッチコピーはすばらしいものなんだと実感できる」


 唸る蒼央さんは、ソファの上で足をバタバタとさせる。

 そのタブレットに映ってるのは……『室内飼いのペットは外出させるべき?』というタイトルのブログ記事だった。


(やっぱり、猫かなにかだと思われてる)

 

 蒼央さんがそういうなら、仕方ないか。


「リフレッシュも兼ねて、一旦おやすみにしよう!」


「分かりました。じゃあ、お家に帰らせていただきます」


「あ、いや、う、うん……あ、でも……いや……うん……」


「なにかあったら連絡くださいね。あと、部屋を散らかさないように。ご飯は冷凍してますから、それを解凍して食べてくださいね。来客用のスリッパは靴だなの上に置いてますので」


「はい……ありがとうございます……」


 なんでちょっと凹んでるんだろう。

 掃除機を片付けていると、ンッ、と両手を伸ばしてきた。


「お別れのハグ……」


「……嫌なら家にいますよ?」


「そういうんじゃない!! でも、ハグくらいいいだろう! 減るもんでもない!! したらしただけ長生きできそうなんだ! だからしてくれよお!」


 蒼央さんは自分の可愛さを知っているんだろうか。


「んぐううう……」


 唸るな唸るな。

 

「男性が苦手なのは大丈夫ですか? いま、普通の心音ですけど」


「良い。心音くんは男の娘だから」


「じゃあ」


 と手を広げると、蒼央さんは目を大きくして後ずさり。


「ダメだあああ!!!!! 安売りをするもんじゃないぞ!!!!!!!! 心音くんはアレだ!!!!! 警戒心がなさすぎるぞ!!!! 食われちゃうかもしれないだろう!!!!!」


「誰にです?」


「わたしに!!!!!!!!! 草食動物も!!!!! 肉食になるくらいに!!!!!! 目が横から前に移動するレベルさ!!!!!」


「じゃあ、家に帰りますので。また何かあったら呼んでくださいね」


「あああああああああ……もっと感動的なお別れしたいぃいいいい!!!」


 エントランスまでついてきて、ズビズビ泣きながらお別れをした。


(意図せぬお休みをもらってしまった……)

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