10 慣れたらおっぱい吸わせてくれるっ!?



 その日は大学で誰とも会話をすることなく1日を終えた。

 ラーメン屋さんの油そばは美味しいけど、ラーメンの味は普通だなとは思った。

 ちなみに、今現在のコマ数はこんな感じ。


 月曜日:二限、三源、四限(大講義室)

 火曜日:一限(外国語)、三限、四限

 水曜日:三限、五限(なんか友達作れるっていう講義)

 木曜日:三眼、四限

 金曜日:二限、三眼、五限(外国語)


 こんな感じです。外国語以外は取得単位が2つもらえるのを選んでます。

 一限は極力取りたくなかった。早起きがあまり得意じゃないし。

 そんなこんなで今日は水曜日。最後が五限だから6時に大学は終わった。


(今日の五限にあった、キャリアアップなんとかってのもなぁ……人とは話すけど、仲いい人ができないんだよな)


 最低限の会話を済ませて終わり。相変わらずボッチというかなんというか。

 軽くは話せれるけどその人達が『友人』と呼べるかと言われると否だ。

 

(まぁ……学生の本分は学ぶことだもんね……?)


 うん。そうだ。きっとそうだ。だからボッチでもいい……よね?


 でも大学に行くと、いつもの日常って感じだなぁ。

 とりあえず……学校が終わったら蒼央さんのお手伝いをしにいかないと──


「今日は心音くんじゃなくて、ママね」


「ママ……?」


 部屋に上がるやいなやそんなことを言われて思考停止。

 こめかみをもんでも事態が変わるわけでもなく。案内されるままにソファに座らされて、カラコロと音がなるおもちゃを持たされた。


(なんだこれ……)


 いや、おもちゃは知ってる。あやす時に鳴らすおもちゃだ。

 そうじゃなくて……!


「だっこはしてもらうのまだ恥ずかしいから、ちょっとまっててね。あ、服はそこに用意してるの着て!!」


 まだ……ってことは、今後はさせる予定が……ある? 

 それに用意されてる服って


「……えーと。あーーー……」


 一時期ネットに出てた肩カットのセーター。

 いわゆる『童貞を殺す服』ってやつだ。

 ネットで見て「うわぁ」って思ったのを自分が着ることになるとは。

 

「おカネもらってるからって……」

 

 だが悲しいかな。これも仕事よ。着るしか無いのである。

 サイズもピッタリ。でも、胸がない分、ストンッって平べったくなってる。横とかガラガラなんだけど、こんな服よく着れるな……。


 そうしていると部屋に引っ込んでいた蒼央さんが顔をのぞかせて、心の底からの笑顔を浮かべてこっちにきた。


「おまたせー! ママァ!」


 よだれかけをクビから下げて、隣に座って頭だけをこっちに預けてくる。


「えーと、赤ちゃん……の、そういう、なんか……えーと」


「ストレス社会に生きてたら、赤ちゃんにならねぇとやってけないときがあるもんよ!! だから、今日はママね。わたしは赤ちゃんだから。ハイ復唱」

  

「……ぼくはママ。ぼくはママ」


「そう。ほら、甘やかしてくれ!」


「赤ちゃん……えーと、よしよし……?」


「〜!! ママぁ!!」


「あー(諦め)」


 蒼央さんのこんな姿を見たくなかったというのが近い。

 あんな立派で、キレイだった蒼央さんが見るも無残な姿に……。


「ママ〜?」


「ん〜? どうしたのかなぁ〜?」


「おちごとがんばったからほめて〜」


「よちよち。毎日、お仕事がんばれてエライね〜! 自慢の子どもだー」


 赤ちゃんがお仕事してる設定か? いや、深く考えなくていいか。

 それにしても……こんなんでいいのか? 

 妹が生まれた時になんとなくやった覚えがある。親戚の赤ちゃんくらいか。


「ふ、ふぁ〜。ママだぁ……」


「どうしたのかなぁ〜? ママだよぉ〜。ちょっと眠たいのかなぁ?」


 いや、満足な様子だからこのままで行こう。己を殺せ。

 ぼくはいまママなんだ。蒼央さんのママ。白濱家の心音ママだ。

 ……いやいや、自己暗示もかからんくらい無茶な設定。


「ふ、ふぇ。おなか空いたぁ〜……」


 ん。あ、そうか。今日は五限までやってたから……もう19時か。


「それじゃあ料理をしてこようかな」


「おっぱい!!!」


「お、おっぱい……」


 うわっ、すごい期待の眼差ししてる。キラキラした目を。


「あ、あの。蒼央さん……」


「ばぶばぶ」


「通じないんだ。そっか、赤ちゃん……」


 赤ちゃんの食事ってなったら、母乳……。いや、こんなに体が大きい赤ちゃんは離乳食とか始まってるはずだろう。

 

「哺乳瓶、とか。離乳食とか」


「生まれたばかりの赤ちゃんなので、母乳がいいばぶ」


 膝の上でいごいごと駄々をこねられ、はぁ、とため息をついた。


「……さいですか」


 詰んだか? えっ、本当に自分の胸を……蒼央さんに……? 

 えーと、えー……あ。


 ──まずい。想像してしまった。


「……?」


「……あのっ、蒼央さんっ……胸はさすがに……」


「えー? ばぶちゃん赤ちゃんなのに……」


 ──まずい。まずい、まずいまずい……!! 

 ぼくの太もも、がんばれ。ぜったいにそいつを離すんじゃない。


「まだ……ちょっとレベルが足りなくて。その、もうちょっと慣れてからで……」


 ちょっと姿勢を前に倒した。太ももの上の蒼央さんが変に動くから、ぼくがあんまり動けない。というか、動いたら……死ぬ……!!


「えっ。慣れたらおっぱい吸わせてくれるのっ!?」


「え。あの、いやっ……その……2000円じゃ、ちょっと」


 血液が。意識が。……下半身に。

 反応するな。冷静になれ。大丈夫。深呼吸……。


「ふぅ……っ」


「だったら、慣れて時給を上げたら吸わせてくれるんだね!?」


「ふぃっ!? ちがっ!! あ──」


 ──こつ。


「ンっ」


 蒼央さんの体がぼくの方に少しだけ浮き上がった。

 視線が泳ぐ。

 体があつい。

 蒼央さんの方をまともに見れない……!! 


「…………」


「……」


 蒼央さんは浮き上がった体を確かめるように体重をかけ、ぼくのソレをグイと押して……こちらを見上げてきた。

 ぼくは撫でていた手やおもちゃをもっていた手でかおを隠した。

 逃げ場がないから、こうでもしないと。でも、視界を塞げば、感覚のほうに意識がいっちゃって。


「……」


「え、あ、この背中にあたってるのって」


「ご、ごめんなさい……」


「あ、やっぱり……あ、ははは。男の子だもんね……」


「…………」


「……」


「蒼央さん、ちょっと……提案なんですが……休憩、しませんか」


「うん……」


 蒼央さんに起き上がってもらい、流れるようにキッチンの方に逃げた。

 そして、屈み込んで、男という生物の本能を恨んだ。


「…………だ、だいじょうぶだよ〜? きにしてないしぃ……」


「ちょっと……ひとりに、させてください」


 そりゃあ、ぼくも男だし。大学生にもなれば、その、そういうこともあるのは仕方ないというか。うん。自然現象だから、ちょっとしたらおちつく……。


「…………ぼく、さいていだ……」


 




 私の名前は白濱蒼央。

 小説家として生きている社会人女性です。一応、常識人だと自分では思っています。

 最近、仕事を円滑化にするために男の娘を家に招くことになりました。

 

 その子が本当にいい子で、なんでも言うことを聞いてくれるし、優しいし、家事もできるからって完全に甘えていて。今日はその、ストレス発散のためにネットで見つけた『赤ちゃんプレイ』なるものをしようと思っていたのですが……。


 背中にあたった弾力性のある力強いモノの感触。

 

(これって……そういう、アレ、だよね)


 その部位をさすり……キッチンの方に目を向ける。

 ようやく事態を飲み込めて、キュゥゥと熱が頭にまで登ってきた。


「…………あっつぃ」


 ぱたぱたと手で扇いでも、その熱はなかなか冷めることはなかった。


 

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