11 それを見せろ!!



 蒼央さんに胸を吸われるのを想像してしまい、男の子の部分が元気になってしまったという【罪悪感】は中々消えてくれず、料理をして、髪を乾かしている間も消えることはなかった。


 このドライヤーをかけている格好もどうにかならないのか。

 居間の床でブォォォとかけているのだが、風呂上がりの女性は刺激が強い。


「あのぉ、みおとくん?」


「……今日一日はママです」

 

「あ、まだ守ってくれるんだ。……ありがと」


 ジトォと見上げてきたので、ドライヤーを止めた。


「なんです?」


「いやっ……その、ほんとに気にしなくてもいいからね。ママだけど、男の子ってことは知ってるしで。承知の上というか。うん……」


 ぼくの前にちょこんと座る蒼央さんはそういった。


「だから! 大丈夫だから! 男の子はみんなエッチだし!!」


「……でも、男の人が苦手なんですよね?」


「ま、まぁ……うん。ちょっと怖いかなぁっていうのがある、かな? あ、でも心音くんは大丈夫だよ! なんでかはわかんないけど、嫌な気持ちはしないし、だって、その、優しいし、料理も上手だしぃ……。あとは、やっぱりかわいいから──」


 身振り手振りで話す度に、いい香りが届く。


(色々言ってくれてるけど……今も、やばいんだよなぁ……)


 長いミルクティ色の髪を乾かす時に見えるうなじ。

 ナイトブラの上にある肩掛けの白シャツ。

 完全にリラックスをしている……年上の女性。

 部屋の中だと気が抜けてるのか、全体的にちっちゃくなってるけど……蒼央さんは蒼央さんである。


 ──いままで女性と話してて、そんなこと意識したことなかったのに。


 男は哀れな生き物だ。ほんとうにどうしようもない。

 必死に我慢する。

 危なくなったら目を閉じて、少し上に顔を上げて、深呼吸……。

 よし、問題ない。


「だからっ──」


 今までずっと何か話してた蒼央さんはグイと後ろに下がり、こっちを見上げてきた。

 

「心音くんはそのままでいてくれていいんだぜ?」


 お風呂上がりの温かい皮膚が触れた。

 太ももに置いていた手が股間部に近づき、臀部も密着して。

 ほとんど下着姿の女性が股の間に収まり、こっちを見上げて──

 いい匂いが鼻に届いて──


 電撃が走った。


「!!! 失礼しますっ……!」


 咄嗟に蒼央さんの肩を持って離した。


「お」


 そして、開いたスペースを使って、足をたたみ、そのまま頭を下げた。

 ガチンッと床に頭を擦り付ける。

 そう、ジャパニーズ土下座だ。


「おー……?」


 立ったらバレるし、座ってても前みたいなことが起きる。

 なので、これしかないのだ。不自然だが、知るか。


「ど、どうしたんだい……」


「大丈夫です」


 床と自分の間にできたスペースでゆっくりと呼吸して、そのままの姿勢で応えた。


「ぼくは……小説の執筆を助けるために、お仕事をさせてもらってます」


「そ、そうだね」


「なので、蒼央さんが快適に仕事ができるように務めるのがお仕事です」


 労働条件はまさにこれだ。


 スーパーのアルバイトでは、接客と品出し。それができなきゃ仕事をしてるとはいえない。ではこの蒼央さんとの間に結んだ雇用条件は「仕事環境を快適にすること」だ。


 つまりはあの一件は、環境にノイズを入れてしまったのと同義。


 おカネをいただくということは責任が発生しているということ。

 また、女姉妹きょうだいがいる環境で育ったからこそ、この手の悩みというのは男が勝手に簡単に捉えていいものではない。

 

「男性が苦手な蒼央さんに怖い思いをさせてしまいっ、申し訳ありません」


「いやっ、あの」


「お姉ちゃんや妹がいるから、女性のことは分かっているつもりでした。……分かっているつもりだったんです。雇用条件を満たすように、頑張らせていただきます」


 ぼくが蒼央さんと一緒にいる間、やるべきことは「男性ではなくなること」


 徹して、ママであれ。女の子であれ。

 これがこの職場での木下心音のあるべき姿である。


「……」


 真面目な気持ちになったことで、顔をあげると……蒼央さんは目を大きく見開いてふるふると振るえていた。


「蒼央さん……?」


「また、きみは……っ!」


 むにぃと頬を引っ張ってきて、彼女は感情を乗せて言葉をつづけた。


「わたしは確かに男性が苦手で……ちょっと怖いとも思ってる。でも、心音くんなら大丈夫ってさっき言ったばかりじゃないかあ!」


「えっ、えっ」


「また聞いてなかったんだろう!? もんもんと考え込むのは勝手だがね! キミはわたしの男性の苦手克服をしていくっていう目的も担っているんだよ!」

 

 そういうとぼくが着ている服──童貞を殺す服──の横側から手を入れ込み、胸を触ってきた。


「ほら!! 分かるか!! 揉めるんだぞコッチは!!」


「……は、はい? はい」


「男性のことが苦手だと思ってるやつが、キミの胸なら揉めるって言ってるんだ!!!!!!!!!!!!!!! わかったか!!!!!!!!!!!!!!」


「は、はい……」


 やばい。何言ってるのかわかんない。

 

「要するになにも悪いことじゃないし、今のままのキミでいいって言ったんだ! するとなんだ! キミは変な体勢になってー……ぇ」


「……?」


 なにか気付いたように蒼央さんの視線が、下の方に下がっていった。


「まさか、また、勃っ──」


「!! たってません!」


 にへ、と表情が緩んだ蒼央さんはぼくの手を掴んできた。


「見せろ!」


「嫌だ!!」


「金払ってるんだぞ!! おら!」


「きゃー!! 変態に襲われてます〜!!」


 そのあとすぐに担当編集者さんから電話が来て、無事に事なきを得た。

 蒼央さんは編集者さんには強く出れないから助かる。

 課題をしないといけないから、貸してもらっている部屋に入ってルーズリーフを広げたんだけど……。


 ──「心音くんはそのままでいてくれていいんだぜ」


 あの時の感触と、表情が頭から離れない。


「……集中できない…………」

 

 悶々としたままその日を終えた。ちなみに課題は全く手につかなかった。

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