09 時給が高くて女性と二人屋根の下、ママ活では?


 バイト先に辞めることを伝えたら「辞める理由はなんだ」と聞かれたので「新しいバイト先が見つかったので」と言ったらめちゃめちゃ怒られた。

 大学生にもなったらんだから〜と課長が登場してガミガミタイム。

 

「でも、軍手を投げる人の下で働きたくはないです。令和ですよ、いま」


 捨て台詞を言ってやったら、軍手投げてきた。

 それが他の上司や店長に見つかって、ギョッとしてた。

 お世話になった惣菜コーナーの他の大学の人や、おばちゃんに挨拶をして制服を返して終わった。


「あ、久しぶりに兄ちゃんの顔を見た……」


「一応は昨日も帰ってきてたんだけどね。もう寝てたから」


 家に帰ると、居間からひょっこりと顔をのぞかせたのは妹。


 木下思音きのしたもね

 今年の春から高校に入学したばかり。制服がまだ見慣れないのは、ボクが通っていた高校とは違うとこに入ったからだ。妹は勉強熱心だからなぁ。


 黒色か青色か微妙のラインの髪の毛を肩の上で切り揃えている流行りの髪型らしい。髪留めもクロスさせちゃって、オシャレさんだ。といっても、思音もボクもお姉ちゃんのマネキンみたいなもんだから、必然的に流行に乗れているという状態。


 居間に入って、冷蔵庫にあったラップのかかったご飯を温める。

 その間に自室に入って教材なりなんなりをリュックに詰めていく。

 布団はもっていくのもなぁ、買ってもらうか。買ってもいいって言ってたし。


「なにしてんの。家出?」


「んー……なかば、そんな感じかも」


「えーーー、大学生になったからって不良になっちゃったの……? お母さんにいいつけるよ?」


「おかあさんもおとうさんも自由にさせてくれるでしょ」


「だったらお姉ちゃんに」


「いや、それは……黙っててもらえると」


 お姉ちゃんにバレたら、色々と突っ込まれそうだ。

 一通りの準備が終わって、温め終わった夕食をテーブルに持って行くと思音が反対側に座った。


「で、なに。おもしろい話?」


「ただ友達の家に行くだけ」


「バイト辞めたんでしょ? なんかさっき電話来てたよ? 中村って人から」


「あーーーー、課長だ。怒ってたでしょ」


「うん。なんか、わたしにも怒ってきた。あそこでしょ? 近くのスーパー」


「そ」


「うげぇ。お母さんに行かないようにって伝えとこ」


 これで、近くのスーパーで買い物ができなくなった。

 飲食店でアルバイトをしてたら、厨房裏の清掃具合を見ていけなくなるって聞いてたけど、スーパーでも同じことが起こるとは思わなかった。


「じゃあ、新しいバイト先でも見つけたんだ」


「そんな感じ」


「どこ? どんなとこ? 何系?」


「…………まぁ、どうせ、バレるからいいか」


 思音にとりあえず、喋れるところまで喋った。

 新しいバイトは小説を書く手伝いということ。

 そこに寝泊まりをする予定で、給料がそっちの方がいいという話。

 最初の方は興味津々に聞いていた思音の顔が段々と神妙になっていく。


「──という感じ。まだ、みんなには内緒にしててよ」


「分かった……けどさ。その人は女性……なんだよね?」


「うん」


「時給は2000円で、3000円にもなるかもって」


「そう」


 思音は腕を組んで悩んだ末に、人さし指をたてた。

 

「それって、ママ活じゃない?」


 ママ活……ままかつ……。


 ママ活とは──若い男性が『ママ(女性)』と共に過ごし、その対価として報酬を貰う行為のこと。


「……あ、そうかも」


 





「ママ活なんですか? これ」


「えええっ。なにを言い出すかと思ったら……健全な行為だよ!! だから手を止めないでくれ!」


 女装をさせたボクの膝の上でタブレットをぽちぽちしてる蒼央さんの頭を撫でる。これも健全な行為らしい。健全とは。絵面がやばい。鏡とか置いて無くてよかった。気が狂うところだ。

 タブレットで何してるのかと思ったら、なんか小さな帯をあっちに移動させたり、こっちに移動させたりしてる。小説の作業かなにかかな。


「コレはプロット作成。小説の構成だね。骨組み! アウトラインって感じ」


「へー……」


「私流のやり方なのさ。フフフ、プロの小説家の生態を見れるなんてそうそうないぜ〜」


 見せてもらってもよく分からない。

 書きたい話を予め適当に書いておいて、それを起承転結になるように配置していくのだと。

 説明を聞いても分からん。


「……ンにしても。ミオちゃんはさ……あ〜、やっぱりまだ口がモゴモゴしちゃう。心音くんにしよ。心音くんはさ、なんか変に慣れてない?」


女兄弟おんなきょうだいがいますからね」


「え〜、女性耐性があるのはそれなの?」


「……じゃないんですかね?」


 女兄弟で周りに女性がずっといたから、特段女性に話しにくいって感じたことはない。むしろ、男の方の話に混ざっていくのが難しいと感じる。だから孤立しがちなんだけど……。


「あとは……蒼央さんは平気です。気持ち的に」


「ふ〜ん? ふーん??」


 あ、ちょっとうれしそうな顔。


「でも、私的に心音くんの余裕は彼女がいるからとかって思ってるけど……?」


「いないですって」


「うぇへへ……いたらいたで、背徳感が味わえたんだけどなぁ〜……」


 すごいなぁ。蒼央さんは、いつもボクの想像以上のヤバさを見せてくれる。

 っと、そろそろこんな時間か。


「18時30分になったので、この後の予定をいいますね」


「うむっ!」


「蒼央さんのこの後のスケジュールは」


 19:00にミオちゃんが作るお料理をぱくぱく。

 20:00にお風呂。

 21:00から夜のお仕事が始まる。

 22:00には編集者さんとの電話ミーティング(ぷち)

 03:00に就寝


「となってます」


「うむうむ!」


「これ、ボクいります?」


「いるよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?????????」


 うわー、迫真。声でか。すごいや。突風が吹いたのかと思った。


「だったら、料理を作らないといけないので」


「あと三分はこのまま!!」


「わかりました。風呂は一人で入れますね?」


「うん。髪乾かすの手伝ってね」

 

「お仕事の間はなにをしたら?」

 

「お勉強タイムってことで。用事があったら呼ぶかもだけど、基本は大丈夫!」


 よかった。一日中つきっきりで世話をしないといけないのかと思った。

 

「でも、ベッドは1つしか無いから眠たくなったら先に私の部屋で寝ててね。わたしも眠たくなったら寝るから。あ、寝るときは肌着でも大丈夫だから! 寝間着がいるならこんど寝間着を一緒に買いに行こう!!」


「っス……」


 勢いがすごすぎて運動部みたいな了承の仕方をしてしまった。

 結局、ご飯を食べたり髪を乾かすのに時間かかったせいで夜のお仕事の開始時間が押して、編集者さんとのミーティング時間がギリギリになってたりした。

 課題を終わらせて部屋にお邪魔すると、小さな光の中で真剣にパソコンを打っている蒼央さんがいた。


(ボクが入ってきたことも気がついてないみたい)


 イヤホンでなにか聞きながら作業してるのかな。


「…………だまってたら、いつもの蒼央さんなのになぁ」


 蒼央さんの匂いがするベッドに潜り込み、できるだけ端っこの方による。

 いま思うと、不思議な生活だ。

 あったばかりの女性の部屋で、それもその人のベッドでこうやって寝るなんて……。


(って待て。同じベッドで寝る……? 普通にマズいのでは?)


 そう思って、課題をやっていた部屋に戻って横になった。

 毛布とか持ってくるべきだったなぁ。でも、運ぶには大きいし。

 目を閉じて寝ようとしていると、扉が開いて、蒼央さんの顔が見えた。


「いっしょ、ねる。こっち、こい」


「さすがにマズいと思うんですが」


「マズくない」


「ソファで寝ますので」


「じゃあ二人で雑魚寝しよう。それで決まり」


 眠気が限界な蒼央さんに連れられ、ベッドの布団を床に敷いて二人で寝た。

 朝起きたらもちろん隣に蒼央さんがいた。今日は服が脱げてなかった。


(今度、布団持ってこよう。そうしよう)


 起こさないように降りて、毛布をかけておいて、足元に落ちてたエナジードリンクを拾って居間のゴミ箱に捨てておいた。


 このマンションの鍵はスマホで管理してるらしく、パスコード(実質合鍵みたいなもの)を受け取っていた。荷物をまとめて、家を出る時に鍵をロックしておく。


「うん。こんな感じなら、大丈夫そう。これで、2000円はいいお仕事だ」


 それに、誰かの家で手伝いをしてお金を稼げるなんて理想の生活……。


「って、そうじゃん。猫とか犬みたいな生活だなコレ」


 まさか、望んでいた環境が手に入るなんて。

 石油王じゃないにしろ、お金持ちの家で暮らす。それもお金をもらいながら。

 念願の生活を手に入れた喜びを胸に、ボクは大学に向かう。

 

 ──まぁ、そんな簡単なものではない、という訳で。


「ママァ!! ママァ!!」


「おー、よしよし、おー……よし、よし……」


 なんだこれ。地獄か?


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